あたしって、悪役令嬢らしいのよね
始まる前に終わらせる話
「あたしって、悪役令嬢らしいのよね」
幼馴染の公爵令嬢がいきなりそんな砕けた口調になったのに驚かされた。
「ベルリーエ。何その下町の女性っぽい口調」
似合わないからやめたらと思わず言ってしまうと。
「いや、これが前世の記憶が戻ったら妙にしっくりくるんだ。今更、お嬢さま口調に戻れなんて野暮なこと言わんで」
そう言われてもお前のその口調を聞いたらお前の両親が卒倒するぞ。
「それよりもっと言うことあるんじゃないの?」
ジト目で見られて、それ言わないといけないのかとあえて避けていた話題を渋々口にする。
「前世とか、悪役令嬢ってなんなんだ?」
言ってすぐによくぞ聞いてくれましたと目を輝かせてくる様にああだから言いたくなかったと溜息をもらす。
そこから語られる悪役令嬢という役割。
物語りを彩るためのスパイス。悪役令嬢がいかに悪であるかによって主人公たちが輝き魅力的になっていき、物語は素晴らしいものになっていく。
「悪役令嬢がいない作品は味噌煮込みうどんに七味がないような物なのよ!!」
味噌煮込みうどんとか七味というのも知らないけど、それを聞いたら面倒になるから放置しておく。
「でもさ、王命によって決められた婚約者。しかも、一応公爵令嬢。そんな相手を放置して浮気していた方が悪いのにいろんな罪を犯したとして処刑される……そんな人物を次の王にしたいと思える?」
「まあ、先行き不安だよな」
「でしょ!! 大事な契約をしていたのにその契約の間に契約会社のライバルに媚び売って、どっちにも甘い顔をして契約を一方的に切っていく。そんな不義理をする相手を信用しろって言っても信用できないわよっ!!」
怨念みたいな恨みがあるみたいだけど、触れたら面倒なことになりそうだな。
「と言うことで、王命が降りる前に誰かと婚約……いや、婚約していてもそれを解除させられるパターンもあるから結婚する!!」
そんな拳を作って宣言されても。
「という事で誰かいい人いない? 事故物件だからさっさと片付けたいと言えば通りそうだし」
事故物件って、自分のことを言っているのか。ああ、だから公爵令嬢らしさをぶん投げたのか。
(いきなり人格が変わったように貴族令嬢らしさを失った令嬢。気がふれたかと思われるだろうな)
そんな人物をおいそれと外に出せない。ましてや王家に嫁ぐなど……。
「………なら」
そんな彼女を見ていて魔が差した。
「なら、俺と結婚する?」
事故物件を名乗っているのなら分家の使用人、兼遊び相手である自分でも手が届きそうな気がしたのだ。
「「…………」」
沈黙が流れる。
「……な、な~んて」
「それ、良い!! 採用っ!!」
冗談だと言おうとしたが遮られて、指差された。
「うん。事故物件になったわたくしを押し付ける相手としたら確かに分家だと都合がいいと判断するわね。うん。とてもいい!! …………って、オシリスはいいの? 好きな子がいてもその子と結婚出来ないわよ」
変なところで気を遣うやつだ。でも、気を使うとこが違うだろう。
「いいんだよ。これで」
諦めていた片思いが叶うのだから。
それから数年後。
ベルリーエを悪役令嬢と名指しして、婚約破棄を叫んだ王子が居たそうだけど、その頃には結婚して、立派に主婦をしていたから学園に通っていないベルリーエが居たので、王子の発言は王子が頭が病気と言うことで静かに片付けられたらしい。
その際、
「なんで悪役令嬢がいないのよ。こんなのおかしい……」
とぶつぶつ呟く同じく頭がおかしい平民が居たとか。
「まさか、本当に悪役令嬢にしようとしていたなんてな……」
話し半分に聞いて悪かったなと反省しておく。それでも無事回避できたからいいだろう。
「オシリス~♪ 味噌煮込みうどん作ったよ~♪」
思いだしたら味噌煮込みうどん食べたくなったと公爵令嬢としての教養と前世の知識を活用して、試行錯誤して作り上げたうどんは我が領地の名物になった。だが、いまだに分からない。
「うどんに七味を入れる意味が分からないんだが……」
「分かりなさいよっ!! 味に深みが出るでしょう!!」
「七味よりもチーズと卵を入れた方が好みで……」
「ああぁぁぁぁ!! 確かにそれも美味しいわよっ!!」
悪役令嬢は味噌煮込みに入れる七味という表現はいまだ理解できず、今日も彼女の作る味噌煮込みうどんに舌鼓を打つのであった。
前世は名古屋圏民