第八回 ギスギスオンライン
『世界説明』
イデア王国内では金の保管口座が外国人でも持てる。口座はゲームとの連携が可能なのでプレーヤーは現実世界の金の移動により資産を移動できる。
地下三階に下りた。石造りで灯がある状況は地下二階と変わらない。地下三階の地図はない。気を付けて進むぞ、と気を引き締めていると、シャオリーが頼んできた。
「時任は部屋の隅に行くね。リリサと少し話がしたいね」
シャオリーの顔には険しさが滲んでいる。なんの相談だか知らないが、除け者になるのはいい気がしない。ただ、リリサが機嫌の悪い顔ながらもシャオリーの話に乗った。
「私もシャオリーと話がしたいと思っていたわ。最後で揉めて後ろから刺されたらたまらないわ。今の内に話しましょう」
時任も話に加わったほうが、喧嘩別れの可能性は少ない。だが、下手な提案は危険な気もする。
「手短に済ませてくれよ。地下三階のクリアに時間制限があったら困る」
嘘だ。時間制限があるとは思えない。シャオリーとリリサの話し合いが拗れたら、「時間だ」としてヒートアップを止められる。時任が部屋の隅に行くと、二人は反対側で密談を開始する。
会話の内容が気になるが、入口を注意しないわけにはいかない。奇襲がないと甘えるほど時任は能天気ではなかった。二人が密談をしている間に考える。
ザ・ゲイブの発行済み株数はわからない。百億株も発行しているなら、一株を手に入れても経営にタッチできない。未公開株なので値段もたいして付かない。
株主総会の招待状や有価証券報告書は送られてくるので、普通のプレーヤーなら知ることが不可能な情報が手に入る。
「ニルヴァに人生を捧げている奴ならほしいところか」
もし発行済み株数が千株なら、一株の入手でも価値は格段に上がる。ニルヴァの人気からすれば、百万ドル、下手すると一千万ドルを超えてもおかしくない。だが、それほど価値があるのなら、簡単には手に入らない。
「モルルンの秘宝が手に入ったら、色々と調べねばならないか」
問題はモルルンの秘宝が分けられない場合だ。おそらく、奪い合いになる。シャオリーとリリサは相手を殺してでも手に入れるかもしれない。
「殺し合いに発展した時に俺はどうする?」
リリサの動きを見たが、一対一なら分が悪い。古代魔術師では苦戦は必至。シャオリーは未だ手の内がわからない。
一般論から言えば、対人戦闘を見越した時に、人形遣いは古代魔術師よりは戦える。だが、リリサのような速度重視の近接相手では不利である。
「シャオリーは俺に助けを求めてくるかな」
予想はできるが簡単には承諾はできない。シャオリーは信用できるかどうかは未知数。リリサを倒した時に、「次はお前ね」とばかりに襲ってくるかもしれん。なにせ、今回のお宝は価値が馬鹿高い場合もある。
「一千万円なら裏切らないが、一億円もらえるなら裏切るのが人間だからな」
こうなってくると、同士討ちでの死亡は魔物の特殊能力でも、罠でもなく純粋に配分を巡っての争いだったとも考えられる。
「強い敵より、躊躇なく襲ってくる仲間のほうが怖いよな」
まさかとは思うが、地下三階への道が開けたのでまずは用済みとなった時任から処分しようとか、リリサとシャオリーが相談していないよな、と少し不安になった。
シャオリーとリリサの相談が終わった。平静を心掛ける。でも、いきなり攻撃されてもいいような心構えで対峙する。
リリサが提案した。
「時任には宝の権利を放棄してほしい。この提案を飲んだ場合は私とシャオリーから金塊で三㎏を渡すわ」
補償金を渡すから宝から手を引け、か。合計で金塊六㎏ならかなりの価格だ。だが、モルルンの秘宝の価値がわからないので、高い、安い、妥当の判断が付かない。
「俺が二人の提案を飲んだ場合だが、モルルンの秘宝はリリサとシャオリーで宝は山分けか?」
シャオリーが冷たい顔をして答える。
「違うね、私とリリサはボスを倒したあとに決闘する。勝ったほうが総取りね」
疑問が湧いたので尋ねる。
「勝ったほうが弱っていたら俺が襲ってくるとは考えていないのか?」
シャオリーがふんと鼻をならす。
「やりたければやるといいね。ただし、その場合、時任には宝の持ち腐れになるよ。時任には宝の真の価値を手に入れられない。また、評判も落とす」
シャオリーの顔には確信が滲んでいた。モルルンの秘宝を株に変えるにはなにか手続きがある。または、株の所有権の移転には規制があるのか。どのみち、俺はこの場で手に入れても、後で困るとの二人の判断だ。
どうする? 今回は諦めて、ゲーム内の秘宝と株に関する情報を集めておくのが正しい、か。迷っていると、リリサが詰め寄る。
「この場で決断して。金塊の受け渡しには劉を噛ませるわ。それなら問題ないでしょ」
劉の総資産の詳細は知らないが、金塊の六㎏で劉は信用を売ったりはしない。劉の築いた資産はもっと多い。
「了解だ。俺は秘宝の権利を放棄する」
シャオリーとリリサは顔を見合わせると、システム画面を呼び出して操作する。画面の内容は時任からは見えないが、おそらく劉に依頼文を送っているのだろう。
ダンジョン内からは外にはメールは届かない。ただし、送信済みにしておくと、ダンジョンから出た十分後にメールは送信される。
二人が画面を閉じると、部屋の出口を見る。
「行くぞ」と時任は覚悟を決めた。
部屋から出ると十ⅿ先に扉がある。慎重に開けると小部屋だった。小部屋の左右には扉がある。
正面にはプレートがあり『悪魔と戦う上で』と書かれた説明文があった
一:どちらの扉を進んでも悪魔のいる部屋に辿り着きます。
二:どちらの部屋の先にも悪魔の従者がいます。
三:従者を二体倒せば悪魔は弱体化します。
四:どちらに進んでも一方通行で戻れません。
五:チームを分けた場合ですが、悪魔と戦う前には合流が可能です。
「明らかにここでチームを分けたほうが良いとのヒントだが……」
プレートの文面は嘘ではないと見ていい。だが、これは罠だ。合流できるとあるが、別れた後に会ったのが別れる前の仲間とは限らない。
片方が全滅して魔物が化けて合流。そのまま悪魔戦に突入となれば、難易度は上がる。また、二体の悪魔の従者を倒したタイミングが同時とはならない。
先に前室に到達したチームと偽者が合流してボスの悪魔戦に突入すれば、悪魔はプレーヤーを各個撃破できる。
「メリットはあるが、デメリットのほうが大きいな。固まって進んでほうがいいか」
時任の判断は決まったが、シャオリーの判断は違った。
シャオリーは不遜な顔で宣言する。
「私はリリサと一緒に戦いたくない。私は右を行くね」
時任が止めようとすると、皮肉を浮かべた顔のリリサが先に口を開く。
「珍しく意見が一緒ね。私も一緒に戦いたくないわ。なら、私は左に行くわ」
「ちょっと待てよ」と時任が止めようとしたが、二人は構わずに歩き出して、扉を開けた。このままでは置いて行かれる。時任はシャオリーの後を追って扉を潜った。