第七回 壊れる夢
用語解説
『中の人』ニルヴァ内の一部NPCは人間が演じている俳優である。
中ボスが無傷で倒せたが、本来ここにいるはずの人肉ゴーレムよりははるかに厄介だった。果たして、地下二階のボスはどんな風に変わっているのか。
リリサが時任とシャオリー先を促す。
「次に行くわよ。私たちはまだスタートラインにすら立っていない」
地下三階の調査に来たのだから指摘はリリサの通りである。
シャオリーが恐れることなく歩み出した。
「次は何が出迎えてくれるのか、ちょっと楽しみね」
頼もしい助っ人ではあるが、慢心ではないかと注意したい。されど、ここで「油断するな」「気を抜くな」と説教するのもおっさん臭いので嫌だ。
リリサやシャオリーの中身がおっさんかもしれないが、こういうときは空気が大事。ゲームの規約上は取り返しの付かない事態になることがあるが、ゲームであるなら楽しんでこそでもあると恰好を付けてみる。
扉を開けると、ボスがいる玄室に出る。玄室は広く縦横二十五mはあった。玄室の奥には仮面を付けた巨大な石像があり、前には一つの石棺と古びた六つの木棺がある。
本来なら大司教の亡霊が石棺の上に現れる。次いで木棺から司祭の亡霊が出て戦闘になる。されど、今回はボスの大司教の亡霊が出現する気配がない。気配がないから敵がいないと思い込むのは迂闊過ぎる。
時任は用心するが、リリサとシャオリーは気にせず棺を通りこして石像の台座を調べる。
リリサが事務的な口調で命令してきた。
「ここに窪みがあるわ。以前になかったものよ。キーになるアイテムを出して」
何も起きないのは拍子抜けだった。念のために用心しながら、台座に近付き、木のメダルを嵌めるとピッタリ嵌った。メダルと嵌めると、天井から男の声が響く。
「力を示せ」
石棺と木棺の蓋が飛んでくる。三人とも用心していたので当たる奴はいない。
木棺からミイラが起き上がる。ミイラの数は六体。ミイラは接触により呪い状態にしてくる。
「離れて!」と時任が叫んだ時にはリリサとシャオリーは既に入口に到達していた。
離れるように指示した時任だが、納得がいかない。
「俺に任せるのが早すぎだろう」
起き上がったミイラからすればリリサとシャオリーまでは遠く、時任までの距離が近い。ミイラはキョロキョロと数秒迷ってから時任に向かってきた。ミイラが迷っていた時間のうちに、時任は『分身』の魔法を完成させる。
分身を含む七人の時任が散り散りになり、光線攻撃を開始する。いきなり増えた時任にミイラは困惑した。だが、迷っている間にも光線が次々とミイラを撃つ。分身の光線は偽物なので威力はゼロ。
ミイラが痛みを感じれば、どこから飛んでくる光線が偽物かすぐにわかる。だが、痛みを感じないので判断に遅れていた。ミイラが時任の分身に触れると分身が消える。
その間に本物のオーブから出る光線は着実にミイラを破壊する。
最後の分身が一体になった時には最後のミイラも破壊された。時間はかかったがノーダメージで処理できた。オーブのマナ回復効果によりマナもほとんど消費していない。
石棺の上に青い炎が現れた。炎の中には一人の小男がいる。男は王冠を身に付け、白の貫頭衣を着ていた。腰布は広く、サンダル履きである。威厳を出すために髭を生やしているが、あまり貫禄がない。
顔は知っている、霊廟に祭られているモルルン王だ。
モルルン霊廟と呼ばれるがモルルン王が出現しないのがモルルン霊廟の謎とされていた。
モルルン王には敵意がない。
リリサとシャオリーはすぐに戦闘にならないと踏んだのか入口から歩いてくる。
その間にモルルンが勝手に喋りだす。
「勇者よ、この先には悪魔がいる。悪魔を倒して私を解放してくれ」
モルルン霊廟の物語はニルヴァではメジャーな話である。要約すると、不老不死を望んだモルルン王は大司教に騙されて悪魔の生贄になった。以来モルルン霊廟は魔物の巣窟となり、災いを呼ぶようになった。
「設定通りだな。それで悪魔は強いのか?」
精一杯に威厳を出すそうとした声でモルルン王が答える。
「悪魔は強い。悪魔は人の心に入り込み誘惑する」
劉の事前情報にあった、仲間同士が殺し合う情報と合致する。どうやら、悪魔の能力を封じないと全滅するのか。
「悪魔はどうやったら倒せるんだ」
「わからない」と答えてモルルン王は悲し気に首を横に振る。
ノーヒントないしは下で情報を見つけて攻略する系、か。手間だが悪魔の部屋まで直行すると、全滅か。親切といえば親切なヒントだ。
「悪魔を倒したら何が貰えるんだ」
「モルルン家に伝わる秘宝を渡そう。モルルンの秘宝は世界を変える力だ。私にはもう必要ないから持っていくがよい」
報酬はあるのか、初期ダンジョンの宝だから良いの品は望めない。だが、モルルン家の秘宝が別のクエストのスタート条件になっているのなら、是非ほしい。
リリサが不機嫌に命令した。
「そう言うのはいいから、はっきりしてちょうだい」
とシャオリーも高圧的に怒鳴った。
「そうよ、キリキリと吐くね」
何を言ってるんだこいつら、と時任は驚くと、シャオリーが教えてくれた。
「モルルン王はAIじゃないよ。中に人が入っているね」
「モルルン王を演じているだけよ」とリリサも相槌を打った。
まさか、と思いモルルンを凝視する。モルルン王はばつが悪そうに視線をそらした。モルルンの態度で確信した。こいつは単なるイベントNPCじゃない。
モルルン王から微かに残っていた威厳が消えた。モルルン王が軽い感じで注意する。
「そういうことは言わないでもらえますかね。雰囲気が壊れるでしょう」
認めた、はっきりと認めた。遊園地のヌイグルミの口から中の人間の顔が見えた心境だ。
リリサはモルルン王を睨みつける。
「モルルンの財宝は何株なの?」
株の意味がわからない。すると、モルルン王が時任をチラ見する。
「株ってのはザ・ゲイブ社の株です」
シャオリーは激怒して命令した。
「余計な情報は言うな! その口を縫い付けるよ」
なんともリアルで夢のない話になった。ザ・ゲイブは上場していない。株は未公開株だ。未公開株だからといって譲渡や売買ができないわけではない。
詳しくは会社の定款を見てみないとわからないが、株式の移動に関する決まりがあるのだろう。
ザ・ゲイブの株を過半数所持できれば経営権が手に入る。そうなれば、ゲームの仕様を自由に変更できる。
「世界を変えうる力って、そういうことか」
モルルン王は都合が悪くなったのか、ふっと消えた。と思ったら、またふっと出てきた。
「言い忘れました」と前置きして、今更ながら厳かな雰囲気を演じる。
「気を付けるがいい勇者よ。お前たちの中に裏切り者がいるぞ」
モルルンの言葉を聞くと、リリサとシャオリーがさっと時任を見た。
完全に疑いの視線だ。何やらよくわからんくなってきた。
「行け、勇者よ」と無責任に叫ぶとモルルン王はふっと消えた。すると、石像の台座が消えて地下三階への階段が現れた。ここからが冒険の始まりだが、なんとも妙な空気が後に残った。