第六回 モルルン改変
用語解説
『ダンジョン活性化』敵が強くなるが、ドロップで良い品がでやすくなる。発動条件は不明。
翌日、準備をしてモルルン霊廟の前で待つ。モルルン霊廟の地下二階に行くのに使用する古びた金属メダルは倉庫に余っていたので持ち出した。
二人は揃って現れた。二人の見かけは女性だった。女戦士は軽装の革鎧に兜、武器に短槍と盾を持っている。盾は中華鍋のように膨らんだ丸盾のバックラーだった。
装備は高そうに見えない。一見すると失くしてもよいような捨て装備だ。ダンジョンの未踏区域に行くにしては侮りすぎだと不審に思った。
女戦士の髪は金髪であり、兜から見える肌は白い。身長は百七十㎝で時任より少し低い。体は華奢だが、ゲームなので見かけ通りとは限らない。
「劉の紹介できたわ。リリサよ。よろしく頼むわ、リーダー」
声の感じから若い、二十前の容姿でキャラを作成している。
もう一人の女性は萌黄色の布鎧に、マスク付きのフードをしている。身長は百五十㎝と低い。黒髪で薄いオレンジの肌なのでアジア系のキャラだ。装備を入れるバックパックは持っているが、武器を携帯していない。
手袋は厚手の黒い手袋をしているが、操る人形がどこにも見えない。素手で殴って戦うスタイルの人形遣いは記憶にない。ちょっと妙だ。
人形遣いが挨拶をしてきた。
「私はシャオリー(小李)だよ」
シャオリーは時任をリーダーと呼ばなかった。認める気がないのかもしれないが、別にいい。問題は役に立つかだ。
「シャオリーさんは、人形遣いだそうですが、肝心な人形はどこですか?」
「さん、はいらない。人形は必要に応じて出す。心配無用」
人形も武器も持たずに来るなんて本来ならパーティーから追放ものだ。これで役に立たなかったら、ダンジョンで捨てようとかとすら思う。
「俺は時任、古代魔術師です」
シャオリーは平気で時任を腐した。
「古代魔術師は弱い。あまり期待できないね」
時任は気を悪くはしない。古代魔術師は少人数の冒険ではあまり役に立たないのが一般的な印象だ。役に立つ、立たない、で言えば人形遣いもどっこいどっこいなのだが、突っ込まない。
気にせずダンジョンに行こうとする。リリサがむすっとした顔で提案した。
「時任、シャオリーを外そう。こいつと一緒だと気分が悪い」
モルルン霊廟に入る前から仲間割れとは困ったものだ。このままでは、ダンジョンの秘密の罠やモンスターに遭う前に殺し合いになる。
「シャオリーとまだ会ったばかりだろう。頭ごなしに決めつけるのは良くない」
リリサが不機嫌な顔でシャオリーを睨む。
「いいや、私はシャオリーを知っている。こいつとは一緒に戦った経験がある。シャオリーは戦いでも手を抜くぞ」
シャオリーはリリサに批判されても涼しい顔をしていた。
「あの時、手を抜いたのは私の事情ね。今回全力なのも私の事情。嫌ならお前が帰れ」
何やら因縁があるのか。劉が知らなかったわけがない。俺なら仲を取りなせると劉が考えたのならいい迷惑だ。
「俺はダンジョンの調査をしたいのであって、仲直りの手助けをしたいんじゃないんだけどな」と心の中で愚痴った。
「喧嘩したいなら存分にどうぞ、俺は秘密の区域を調査したいので先に行きますよ。置いていかれるのが嫌なら、従いてきてください」
投げ槍に時任が言い放つと二人は舌打ちして従いてくる。ハーレム展開は期待していなかったが、ギスギスオンラインも願い下げだ。
モルルン霊廟は今日も賑わっていた。遠くから戦闘音が響いてくる。地図は頭に入っているので地下二階に向かって歩いていく。通路の先からダストの二体が二列になって向かってきた。
リリサもシャオリーも動く気配がない。リリサとシャオリーは一緒に戦っていた経験があると話していた。ならば、二人は互いの実力は知っている。だが、二人は時任の実力は知らないから、見るつもりだ。
時任はオーブから光線で前列二体のダストの膝を集中攻撃した。膝を破壊されて、前列のダストが倒れて這いずる。後方のダストが前方のダストにぶつかって覆いかぶさった。
四体のダストは一塊になる。しかも動きは遅い。
『塵は塵に』の魔法を時任は唱える。詠唱時間は長いが、ただでさえ遅いダストの歩みが絡まって遅くなっているので充分に間に合う。
魔法が完成するとダストはさらさと砂山のようになった。
「悪くはない」「悪くはないね」とリリサとシャオリーは評価した。だが、満足している声ではなかった。
中々に厳しい仲間だ。その後も、スケルトンや呪いの木人形が出るが、依然と同じく『腐毒の沼』で潰していく。
時間がかかるが、ダメージを受けない。進みが遅いとリリサとシャオリーが文句を言うかと思ったが、愚痴一つ言わない、戦いもしない。
時間がかかっていいのなら着実に進める。オーブの欠点は基本ダメージが低いことだが、利点はオーブを持っていると、マナが早く回復する。
古代魔術師の場合はオーブ使用時にマナ回復にボーナスが入る。古代魔術師は長期戦になった時でも大技や禁呪を連発しない限りはマナ切れによって魔法が使えなくなる事態にならない。
用意してきた古びた金属メダルで地下二階に下りた。下に行くとダンジョンの空気が明らかに変わった。いつもと違う。リリサが異変を感じたのか表情が引き締まっている。
「嫌な感じがするわ。ダンジョンに漂う悪意を感じる」
シャオリーが辺りをゆっくり見渡す。
「ダンジョンの呼吸を感じるね。モルルン霊廟が活性化し始めている」
ダンジョンの魔物が突如強くなる時がある。プレーヤーがダンジョンの活性化と呼ぶ現象だ。活性化は同時に宝のグレードアップも引き起こす。活性化が始まる条件はわかっていないが、逃げるなら今である。
「先に進むで、いいですか?」
モルルン霊廟の地下二階の敵はボスを含めて、強化されてもたかが知れている。問題は未知の地下三階以降だ。どんな強敵が出てくるかわからないのに、さらに強くなっているのなら手に負えず全滅もある。
リリサとシャオリーは顔を見合わせる。
「逃げるなら今のうちよ、死んでからじゃ遅いわ」とリリサが冷たく言い放つ。
負けじとシャオリーも皮肉を言い返す。
「リリサこそ帰らなくいいのか? クリスタルカップに出られなくなるぞ」
二人は睨み合ったまま帰らないので、同意があるとして先に進む。
地下二階に入ってから魔物が姿を消していた。魔物が増えるならわかるが、いなくなるとは妙なものを感じる。
ボスの前室にあっさりと到着した。ボスの前に戦う中ボス的な存在がいた。中ボスは通常ここにいるはずの中ボスではなかった。
相手は身の丈三mの巨漢の騎士。右手にハンマーを持ち、左手に曲刀を持っていた。
騎士の全身鎧はいかにも硬そうだった。リリサの槍が通ると思えない。また、騎士の武器はどちらも重量級なので盾でも防げそうになかった。
「楽勝、楽勝」と軽く歌ってリリサが動いた。リリサの言葉はハッタリではないと思うが、時任は『加重』の魔法を準備しながら戦いを見守る。
リリサが走り込むと、騎士が武器を振り回す。リリサは確実に避けた。一撃でも貰えば、窮地になるのだが、リリサは攻撃をもらわない。
リリサは機動力を生かして、騎士の鎧の隙間を槍で突く。いかに重装備の鎧でも、首、肘、脇、腰、膝裏は装甲が薄い。次々とリリサの攻撃が入るが、騎士の動きは鈍らない。
「あいつは中身がないね」とシャオリーが真剣な顔で分析する。時任も同じ意見だった。機動力で勝るといってもいつまで続くかわからない。長引けばリリサは攻撃を喰らう。
今なら準備した『加重』魔法をキャンセルして別の魔法に変更できるが時任はしなかった。リリサの動きには焦りがない、リリサには何か考えがある。
リリサの攻撃が騎士の手首にヒットした。騎士の手から曲刀が落ちる。曲刀が床を滑ってこっちに転がってきた。
「不自然だ」と時任は曲刀の動きに違和感を覚えたので、『加重』の魔法を曲刀に発動させる。曲刀が一瞬浮き上がったが、地面に落ちた。曲刀は意思を持っている。
騎士が武器を扱っているのではない。武器が騎士を動かしている。時任が悟った時に、シャオリーが動いた。布鎧のポケットから出した小瓶を曲刀の上に放る。
瓶が曲刀に命中して割れた。シュウ、と煙があがった。曲刀に出た変化のせいか騎士にも影響が出た。騎士が膝を突いた。騎士はハンマーで体を支える。
リリサの強烈な突きがハンマーの柄を割った。騎士はドサリと倒れて動かなくなった。騎士の鎧が崩れる。鎧の中は空洞だった。