第五回 時任と二人
用語解説
『死亡痕跡』ゲーム内で死亡した後に発生する。死体、血痕、染みなど死亡時の状態により痕跡は異なる。
時折、気分を害して途中で返るお客さんはいる。されど、途中でお客が消えたのは初めての経験だった。また、子供がなぜ大仁田を襲い、自爆したのか理由もわからない。
自爆魔法や自爆マジックアイテムは存在する。ただ、使用時に戦闘不能状態になるだけ死亡はしない。消えることもない。
ニルヴァでは死亡時には痕跡が残るので探したが、子供の死亡痕跡も大仁田の死亡痕跡もない。まさに、わからないことだらけだ。
「仕様変更があったのか? それとも、まだ知らないアイテムだったのか?」
どちらにしろ、街まで戻らないとわからない。マモンの死体に近付き回収券を使用する。回収券により回収班がきた。回収券は普通に効果を現している。部屋を見渡せば宝箱が出現していた。
ニルヴァの世界で宝箱は八種類ある。基本は五つ、アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、ダイヤモンドの五種。これに、トラップ、ミミック、レインボーの変わり種の三種の構成だ。
宝箱に近付くと虹色に光っている。レインボーなら罠は存在せず中身のみが入っている。ただ、中身はゴミのこともある。
「いるはずのモルルン霊廟地下一階のボスは偽モルルン。倒した時の宝箱はブロンズだ。やはり今回はレアケースなのだろうか?」
レインボーなら罠はないので開けた。中には木製のメダルが入っていた。一見するとゴミ。しかし、状況から考えてゴミとは思えない。鑑定したほうが良い。
モルルン霊廟には地下二階がある。地下二階への扉を開くのが、古びた金属メダルだ。
一時期、モルルン霊廟には地下三階があるとの噂が出回った。有志による検証チームが結成され色々調べた結果はわからず、地下三階の存在の噂は真偽不明となった。
「これが謎の地下三階へ行けるアイテムなら高値が付く。どちらにしろ、お客が消えたのならモルルン霊廟にいても意味がない」
時任は街に戻った。街に戻ったタイミングでメールが来ていた。中を見ると大仁田からで、今回は急用が入ったので仕事をキャンセルするとの内容だった。
キャンセル料については出発日の以降のキャンセルなので百%払うとあった。銀行口座を確認すると振込があった。
「俺は損をしなかったが、なら俺と一緒にモルルン霊廟に行った大仁田は誰だったんだ?子供たちに事情を聴きたいところだが無理だろうな」
強制排除で飛ばしたので街にはいるが、どこにいるかがわからない。街は多くのプレーヤーの拠点であり常時十万人を超える人間がログインしている。知り合いでもなければ探すのは無理だ。
時任は木製のメダルを見つめる。
「ヒントはこれだけか」
メダルを売りつけて今回の件を忘れることもできる。だが、時任の勘がこれは何か面白いことの始まると告げていた。
時任には夢も希望もない。現実の日本からニルヴァに逃げた難民のようなもの。仮に時任がニルヴァで四回死んで人格や記憶が上書きされても悲しむ者はいない。
両親ぐらいは泣くかもしれないが、一年もすれば立ち直る気がする。
ニルヴァは良くできている。とはいえ、ニルヴァが万人のために用意された、万人のためのゲーム。時任より上手い奴は大勢いる。ニルヴァでも時任は何者にもなれないと思っていた。
「このメダルが俺だけの物語の始りになるのなら」
人格と存在を懸けて探ってみてもいいかもしれない。もちろん、少女との出会いからメダルの入手までが、運営が用意したイベントの可能性はある。
似たような話は今までにもあった。今回は違うかもと思わせたなら、運営の頭が良かっただけの話だ。
「楽しみが一つできたと思って、遊んでみるか」
時任は情報屋の劉を訪ねた。ニルヴァの世界に情報屋の職はない。劉が独自にプレーヤーから情報を仕入れて整理検証して情報を売っているので、知り合いから情報屋と呼ばれていた。
劉自身はすでに三回死んでいるので、もう街から出ないと宣言している。
劉は副業で四川料理屋をやっている。店の地下には事務室があり、地下一階と地下二階が料理屋になっている。外観は赤と白の目立つ作りで中華街にあっても景色によく馴染んでいる。
個室で待つと、赤の胡服を着たパンダがやってくる。パンダの目の部分には十字傷があった。これが劉のニルヴァでの姿である。劉が時任の向かいの席に座る。
「それで今日はどんな情報を買いにきたんだい」
「これを見てくれ。モルルン霊廟の地下三階へ行くための道具だ」
時任は木製のメダルを提示した。
劉は木製のメダルを手にとってしげしげと観察する。
「よく手に入ったな、行くのか? 未知の領域へ」
時任はすぐに信じた劉を疑った。
「どうして本物だと思った? 偽物かもしれないだろう」
劉は表情を厳しくする。
「実はこれを見るのは四度目だ。だからわかった。ただ、モルルン霊廟の地下三階へ行って無事に帰ってきた奴をまだ知らない。帰ってくるだけなら二人いた。だが、会った時には中身が別人になっていた」
危険ではあるが、話が面白くなってきた。
「人格の消去と書き換えがあるのは本当だと?」
「規約に書いてあった通り本当だと俺は思っている」
ベテランのプレーヤーは何かの理由で三回死んでいる奴が多い。そこで踏み止まって引退すれば無害なのだが、魅入られた人間は必ず戻ってきてまた始め、その後も続ける。
もしかしたら、多くのプレーヤーはどこかで中身が別人になっているのかもしれない。
「地下三階を攻略するにあたって、ヒントはあるか」
ダメ元で聞いたが劉から回答があった。
「大勢で行くな。断片的な情報からの推測だがモルルンの地下三階に人を狂わせる何かがある。下手に手練れを揃えると仲間割れからの同士討ちになる」
単に混乱ガスの罠があったり、催眠攻撃をしてくる敵がいたり、とは考え辛い。
ベテランなら対処できる。優秀なプレーヤーなら状態異常の解除手段を必ず持って行く。
「今までの冒険の常識が通じないと?」
「可能性がある。俺としてはモルルン地下三階へ行くのはお薦めしない。なんなら、このメダルを適正価格で買い取ってもいい」
劉が騙して時任からメダルを買い叩こうとしている可能性はほぼない。劉にとって信用は大事な財産だ。
一人で挑むか、それともあと二人くらい連れて行くか。正直、一人で行くのは不安だった。何かの異常時に一人では対応できない。腕が信用できる、気心の知れた奴を連れて行くか?
いや、やめておくか。他のプレーヤーもそれで失敗している。
「無謀でも一人が正解なのか?」
結論が出たので席を立とうとすると、劉が止める。
「実はモルルンの地下三階にいく奴がいたら、紹介してほしいと頼まれている。候補は二人だ、戦士と人形遣い。両方連れて行ってもいい。ダメならどちらかでも連れて行ってほしい」
二人なら襲われても対処できるか。劉の推薦なら役立たずではない。興味が出た。これも何かの縁かもしれない。
「簡単に教えてくれ、どんな奴だ」
「戦士はコロシアムのゴールドクラスだ。戦績は八十戦で七十四勝。クリスタルカップへの出場権利を持っている」
コロシアムは一対一形式での戦闘。八十戦で七十四勝は強い部類に入る。クリスタルカップ、ダイヤモンドカップ、チャンピオンカップ、ヒーローカップ、超人杯、覇王杯は特に六大タイトルと呼ばれており挑戦権を獲得するだけでも大変だ。
コロシアムでの個人成績であるから、冒険で役に立つと考えるのは早計であるが、疑念はそっと胸に隠して発言する。
「コロシアムの戦績は公開されているから偽装できない。劉の推薦でもあるのなら腕は立つのは信用しよう」
「もう一人は人形遣い。こっちは表立った成績はない。クエスト成功率、ダンジョン踏破率、団体戦アリーナにおいても並みの成績だ」
意気込みだけではどうにもならない時もある。危険度が未知数なら普通は連れては行けない。
「話が違う。今回のダンジョン探索はやる気だけで行くと死人が出る」
時任を宥めて劉は事情を話した。
「待て、人形遣いは実力者だ。成績に目立った点がないのは事実だが、人形遣いはクエスト成功率や対人戦闘の勝率を操作している。勝ち過ぎないように、ほどほどに負けている」
目立つことにデメリットはあるが、功名を上げるのはメリットのほうが大きい。公式成績の操作は理由がわからない。
「なんでそんな細工をするんだ?」
劉は軽く両手を上げて認めた。
「わからん、聞いても教えてくれん」
戦士の紹介はまだわかるが、人形遣いが考えものだ。されど、情報屋の劉がお荷物を押し付ける真似はしない。
「よし、三人で行く。三人で行けば誰かは帰ってくるだろう。ただ、二人に伝えてくれ。見捨てる決断ができ、見捨てられる覚悟がある心構えがあるのが一緒に行く条件だ」
劉がメッセージを送ると、すぐに二人から参加希望がきた。
用件が済んだの劉の店を出ようとすると、店内で店員が客に言い訳していた。
「酸辣湯麵は四川料理ではないとのオーナーの判断です。店には置いていません」
時任にしてみれば中華料理なんてどれも一緒だと思うが、劉には四川料理に拘りがある。その辺の拘りはよくわからないし、辛い料理屋は時任の好みではなかった。




