第三十四回 未来へ
『飛行』の魔法に切り替えるか迷ったが、選択肢はすぐに捨てた。上空に逃げても花粉からは避けられない。魔法を詠唱すれば花粉を多く吸い込む。今は花粉を吸いこまないようにするのが大事だ。
時任はハンカチで口と鼻を覆う。どれほど効果があるかわからないが、やらないよりいい。
預言者の心配はしない。花粉の効果は未知だが、預言者は対状態異常装備だ。
茨が出現しないのなら攻撃し放題だが、預言者は動かない。イラっとするが、叫んで花粉を吸いこむと自滅する。
時任はオーブでの攻撃を続けた。黄泉が移動していればわからないが、同じ位置に光線を撃ち続ける。待機中の花粉濃度が上がっていく。涙が出そうになると、大きな物が倒れる音がした。
「巨大な薔薇が倒れた? 預言者が切り倒したのか」
足元に危険な気配を感じた。すかさず跳ぶ。濁った視界の最中、立ち昇る茨の影を見た。
「まずいな。黄泉を目視できないとオーブの攻撃が当たらない」
急に風が吹いて視界が戻った。視界の先には茨でがんじがらめになっていた預言者が見えた。視界が消えたあとに茨が出現しなかった理由がわかった。全ての茨が預言者を捉えていた。
見えない間に危機的状況になったと時任は焦った。時任は黄泉の姿を探したが黄泉の姿は見えない。
一人が拘束されて、敵を見失う。一気に敗北の気配がした。時任を影が覆う、見上げれば黄泉が上空に移動していた。黄泉は体積が十六倍に膨張していた。黄泉の蓋は開きっており、向こうに闇があった。
時任の体が宙に浮いた。時任の体は黄泉の中に開いた闇に吸い込まれそうになる。
「死んだな」と思うと、今度は下から鎖が伸びて時任を捕まえた。鎖の元には預言者がいる。
預言者の体は地面から伸びる茨によりがっちりと固定されていた。
「茨にはこういう用途があったのか」
黄泉の吸い込み行動が終わる。蓋が閉じてゆっくり黄泉が降下してくる。
預言者が叫んだ。
「急いで、私の拘束を解除して」
勝負の時だと感じた。『燃焼』の魔法を躊躇わずに預言者に浴びせた。預言者を拘束する茨が燃え尽きた。同時に黄泉が降り立つ。預言者は着火状態だったがそのまま黄泉までは突っ込む。
預言者は大鎌を振り回して回転斬りを放った。最大時間までタメ回転斬りは止まらない。高速で攻撃が連続でヒットしていく。預言者の攻撃がヒットするたびにガンガンと大鎌が弾かれる音がする。
「これは勝ったな」と時任は安堵した。
音からすれば数十回ヒットしても大したダメージにはなっていない。冥府の鎌なら違う。死の刻印の影響でヒットごとに追加の固定ダメージが入る。追加ダメージが一でも百回も当たればダメージが百入る。
バリンと硬い音がして黄泉は砕け散った。黄泉は魔法にも物理攻撃にも強いが、耐久力が低かった。預言者は回収券を使って回収隊を呼ぶ。
次はこちらの番と思ったので時任は尋ねた。
「協力したんだから、こっちにも協力してください。預言者さん」
「私は預言者じゃないわよ。あれ? 何も聞いてないの」
なんだと面食らったが。相手は確かに「預言者です」とは名乗っていない。時任が驚いていると相手はうんざりといった感じで確認してくる。
「素材と宝箱の権利は全部、私が貰うとかも聞いていないの?」
なんかまた話がおかしいと思ったので正直に答えた。
「全く知らないですよ」
女性は戸惑っていた。
「ではなんで貴方は事前に送った指示書の通りに戦ってくれたの?」
「それを言うなら、貴女は俺の名前が時任ってなんで知っていたんですか?」
噛み合っていないが完全な誤解ではない。伝達の過程のどこかで情報が欠落している。
女性の態度が少しばかり邪険になった。
「いっとくけど、こちらは宝箱と素材は渡す気はないわよ。寄越せというなら決闘よ」
ニルヴァの女性キャラを使う人って血の気が多い人ばかりだなとうんざりした。
「俺はタダ働きですか?」
「手紙だけで満足することね」
また知らない単語が出た。ホウレンソウ(報告・連絡・相談)って本当に大事だね。
女性はベルトポーチから封がされた洋封筒を出した。
「預言者からの手紙よ。討伐が終わったら時任に渡せばいいって聞いてるわ」
謎の手紙をもらったので開封する。
『時任三郎の資格者登録が完了しましたのでお知らせします。なお、弁明の日には私が出席して事情をシャオリー様とリリサ様にお知らせします。預言者より』
証拠はないが、証言者を得た。ただ、不安である。預言者が弁明の席で何を証言するか書いていない。内容によってはいらんことを言って余計な窮地に陥る可能性もある。
「進んでいるような、後退しているような、モヤモヤする展開だ」
女性は宝箱の罠を魔法で外す。時任に何一つ分けたくないのかさっさとバックパックに全部に詰めた。タクシー券も使って逃げるように帰ろうとするので質問した。
「名前だけ教えてくだいさい」
「皆はアナって呼ぶわ」
なんか偽名臭いが教える気がないのなら聞くだけ無駄だな。アナはタクシーに乗ると消えた。
弁明の日がやってきた。劉の四川料理屋で待つが、預言者はやって来ない。段々と開催の時刻が迫ってくるが、やはり来ない。
「騙されたのか」と不安に思うと、弁明の開催時間になっても預言者はいまだ現れなかった。扉が開くと劉がきたので不安を胸に抱え尋ねる。
「預言者はまだか?」
劉はいたく不機嫌だった。
「預言者は来ていない。それだけじゃない。シャオリーもリリサも遅刻している。三人の誰からも連絡がない」
もうトラブルの予感しかしない。預言者が来ないかもとの不安はあった。でも、シャオリーやリリサまで来ない理由はなんだ。意味がわからん。
「これはどうなんだ? 裁判だと相手方が欠席ならこちらの主張を全面的に認めたことになるんだが」
厳しい顔で劉は決断を告げた。
「これは裁判じゃない。シャオリーやリリサが弁明を聞くと約束した上で、理由なくこなかった。俺の面子は潰れた。この件に関しては中立ではなく俺は時任の味方に立つ」
完全解決とはいかなかったが、前進である。劉が俺の側に立ってくれるのなら心強い。
「苦労は無駄じゃなかった。『逢魔の祭壇』での素材と宝箱はアナに持っていかれたが良しとするか」
劉は不思議がった。
「宝箱の中身も素材も二人で分けた、とアナから聞いたぞ」
アイツ知らない振りして全部を持っていったのか。慣れた詐欺師だ。悔やんでも遅い。もう今となっては後の祭りだ。
分配は現場を離れたら最後。言った、言っていないの問題と同じだ。なんだろうな、俺の近くに善良な女性が寄ってこなくなるデバフでもかかったか。
モルルンの秘宝の件は解決したが、時任は本当の苦難と喜びはこれからくる気がした。
【了】
アクセス解析の結果、読者が面白いと思っているかどうかわかりませんでした。悪いともいえず、良いともいえずでした。区切りもいいので、いちどここで閉めます。




