第三十一回 宝物の価値
ミノタウロスが動かなくなると黒い靄となって消えた。後には虹色の宝箱が残る。ここまではモルルン霊廟の時と同じだった。宝箱はまた空ではないのかと疑っていると、大仁田が箱を開けようとした。
「いいのか開けて?」
大仁田が馬鹿にした顔で時任を見る。
「開けないと宝は手に入らないでしょう。虹の宝箱だから罠はないわよ」
時任の返事を待たず大仁田は箱を開ける、中には全長五十㎝の木製の神の像が入っていた。武装した神の像のようだが、どこの宗教の物かはわからない。
大仁田は神の像を両手で持つと、像をへし折った。時任は心の中で狼狽えた。
「こいつ宝を壊しやがった!」
当然のように二つになった像の半分を大仁田は時任に差し出す。
「早く受け取りなさいよ。報酬は二等分でしょ」
「こいつ最初から、像を壊す気だったのか」と時任は気が付いた。
思えば、大仁田は「半分こ」、「二等分」としっかり釘を刺していた。
大仁田の言葉に嘘はない。だが、壊れた像に価値があるとは思えない。
時任が呆気に取られていると、大仁田は受け取れとばかりに神の像を突きだす。
「頭のほうがよいとかはゴネないでね。ここまで来る二部屋の魔物は私たちが倒したのよ。足のほうで我慢しなさい」
大仁田と戦えば残った像の半分を奪えるかもしれないが、逆に奪われる可能性のほうが高い。
「半分でも妥協するほうがいいのか」と迷うと大仁田はタクシー券を使ってタクシーを呼んだ。
「じゃあね、アデュー」と軽く時任を馬鹿にした挨拶をする。大仁田のタクシーが空間にできた闇に消えた。今回は宝が手に入ったが、ゴミも同然だ。
時任もタクシー券で街に帰った。街に帰ると社長から『酒場の飲兵衛』にいるとあった。さっそく状況を確認しなければならない。酒場に行くと、エレナと社長が待っていた。
社長は心配していた。
「良かった無事だったんだね。すぐに連絡がないから心配したよ」
「気になることがあって転移に遅れたのですが何があったんですか?」
苦り切った顔で社長が愚痴る。
「ニルヴァの洗礼を浴びたよ。いきなり襲われて金とアイテムを奪われた。命まで取られなかったけど、もう散々だよ」
エレナもがっくりしていた。
「ダンジョンで油断するほうが間抜けと言われればそうですが、プレーヤーに襲われたのは久々だったので対処が遅れました」
気になったので確認する。
「どんな奴でした?」
社長が悔しいといわんばかりにぼやく。
「三人組だよ。死霊術師、盗賊、武道家の構成だ。特に友好的に接してきた武道家にはいいようにやられた。持っていた六尺棒でボコボコにされたよ」
大仁田がやったな。現場を見ていないがほぼ確定だ。もう、次からは容赦しない。金やかさばらないアイテムだけを奪った。装備に手を出さなかったのはこれからの戦いで邪魔になるからだ。逆にいえば機会があれば、大仁田は全てを奪った。
エレナも悔しかったのか嘆く。
「負けたら死霊に引きずられて、転移魔法陣に放りこまれました。行き先はゴミ捨て場でした。アイテムを探していた親切な紳士が助けてくれなかったら死亡確定でしたよ」
曲がった先の行き止まり、あそこには転移用の魔法陣があったのか。知能の低い死霊は誤って一緒に乗って飛ばされた、ありそうではある。
時任はテーブルに手を突いて二人に謝った。
「申し訳ない。俺がいればまだどうにかなったかもしれない。危険な目に遭わせてすみません」
謝罪は心からのものだった。時任がいても勝てなかったかもしれない。だが、勝てないから仕方ない、で済ませたら時任の仕事は成り立たない。
「ダンジョン内の奪い合いは仕様ですよ」とエレナは気にしていなかった。
「命があったからよしとしようか」と社長は気持ちを切り替えた。
最近、不運が続くがこれもニルヴァと考えるしかない。
社長が悔しそうに語る。
「でも、あの先にあるレアアイテムってなんだったのかな?」
「気になりますよね」とエレナも相槌を入れた。
隠す流れでもないので時任は入手したアイテムを見せた。
「実はあの後で色々ありまして、六尺棒の武闘家と戦うことになりました」
正確には「武道家と一緒に戦うだが」あえて「武道家と戦う」と言っておく。
「これ半分しかないですが戦利品です」
社長の顔が輝いた。
「やったな、一矢報いたのか」
勘違いしてくれたが正しはしない。言葉が足りないかもしれないが嘘は吐いていない。
社長が像の半分を取り『上位鑑定』の魔法を唱える。社長の顔はほろ苦くなった。
「これはダメだ。破損に付き無価値と出た。使用もできない。修理も残り半分がないと無理だ」
像が無価値になるならなぜそんな行動を大仁田がとったか謎だった。ゴミを押し付けられたが社長の意見は違った。
「プラスにはならなかったが、奴らの鼻をあかしてやったのなら価値もあるか」
像を半分でも持って来たので社長の溜飲が下がった。
さすがにこのままでは終われないと、時任は提案した。
「奴らが取りこぼした魔物の死体をこっそり回収しました。こちらは金になります」
社長が笑った。
「強盗に遭う前なら火事場泥棒的だと感心しなかっただろう。だが、強盗相手なら火事場泥棒もありだな。いやはやニルヴァとは奥が深い」
なんとかいい感じに収まった。時任としては社長が納得してくれたらいい。
キマイラ改をオークションで売った。
「俺は今回いらないです」と時任は辞退した。時任は社長の接待としてもう金をもらっている。これでさらに分配を受けたらさすがに悪い。
社長が軽く窘める。
「ダメだよ。そういうのは、こういうのはきちんと三等分しないと」
結果として時任は大仁田に協力した。後ろめたさもあるので、別の提案した。
「なら、像をください。今は価値がなくてもいつか武道家を倒して残りを回収します。そうすれば俺は大金持ちですから」
再度、大仁田と遭うとは限らない。半分になった像の回収も目途が立たない。だが、こういうのは雰囲気が大事。時任の意をエレナが汲んでくれた。
「時任さんなら仲間を集めてあの三人を倒せるかもしれませんね。では、時任さんの将来を見越して像を渡しましょう」
あまり譲り合うのも後味が悪くなる。そう考えてくれたのか社長も了承してくれた。
家に帰って像をアイテムボックスに入れる。整理の都合上、鑑定結果の確認しておいた。
『壊れた放浪神バガボンドの像。損壊につき使用不可。二つを合わせて一つにしないと修理できない。鑑定額は破損のため0』
時任は説明文を見て目を見張った。『放浪神バガボンド』の言葉が危険だ。大仁田が像を二つに割った理由がわかった。
『放浪神バガボンド』の像を覚醒させて『放浪神バガボンド』と戦えるようになるのがまずいとモルルン王は危ぶんでいた。
『放浪神バガボンド』の像を使えない状態にするのが大仁田の目的だった。




