第三回 付与術士の大仁田への接待
用語説明
『ザ・ゲイブ』ニルヴァの運営会社、本社所在地はイデア王国。
『ダスト・ゴーレム』体は大きいが力が強いだけ、と侮ったプレーヤーは投げ技で痛い目をみる。
通路を進んでいく。会話がないと暇だろうと気を遣って話しかけた。
「大仁田さんはこのゲームを初めてどれくらいですか?」
「VRMMOはあまり興味がなかったから、触れていないね。今も昔もVRMMOは面白いとは思えなかったからな」
「じゃあやるなよ」と突っ込みたいが相手はお客なので、馬鹿正直に答えられない。
「始めると面白いですよ。楽しいでしょ、付与魔術師」
「全然、なんとなく選んだだけだよ」と冷たく回答される。
心が冷めている。となると、なぜニルヴァに来たのか疑問を抱く。ニルヴァで稼いだ金は現物の金と交換できる。金は現実世界で売れば、円にもドルにもユーロにもなる。
プロのプレーヤーはニルヴァで稼いで生活できる。上手くやれば会社員より稼げるが、役員よりは稼げない。大仁田がどこかの社長ならニルヴァで稼ぐ必要がない。
「もしかして、投資予定か市場調査ですか?」
ザ・ゲイブの開発したVRMMOの詳しい仕組みはわかっていない。技術もイデア王国で管理しているのでブラック・ボックスである。
ザ・ゲイブは非上場企業だがかなりの額の社債は発行しているので、投資家が投資対象として吟味するためのログインはある。
「いや、気まぐれのバカンスだよ」
大仁田は必要最小限の情報しか話さない。なんか、胡散臭いおっさんだと思うが、お客が語らない事情を詮索してはいけない。
通路の奥から身長二・五m、体重三百kgの灰色の相撲取りのようなモンスターがやってくる。ダスト・ゴーレム、通称ダストと呼ばれるモンスターだった。
ダストは大人を掴んで投げ飛ばせるくらい力が強い、また投げ技が得意なモンスターである。ダストは時任たちを認識して黒く光る瞳を向けた。
初めて戦うプレーヤーは掴みからの投げに驚く。パニックになったとプレーヤーは逃走する。敵に後ろを見せると危険なのだが、ダストは遅いので走ればたいてい逃げられる。
澄ましている大仁田だが、パニックになられると怖い。逃走して罠を踏めば万一の時は死亡がある。
大仁田はニルヴァを始めて間もないので、四回目の死亡にはならないと予想できる。お客に死を体感させるようでは、接待業はやっていけない。
「下がって援護をしてください」
命令されるのを嫌がるプレーヤーはいるが、大仁田はすぐに指示に従った。素直に言う事を聞いてくれるのはありがたいが、的確な支援は当てにはできない。
魔術職でダストに対応する場合は遠距離攻撃を主体にするのが基本である。攻撃して下がる、を繰り返せば、安全圏からダメージを与えられる。
古代魔術士も基本は同じだが、古代魔術師ならではの欠点が出る。
古代魔術士の基本攻撃はオーブから出る光線によるもの。オーブによる攻撃はどのタイプの敵にもダメージが入るが、元のダメージが低い。
古代魔術士が使える大技的な魔法はある。ダメージは他の魔術職よりかなり高いが、発動までに時間がかかる。また、威力が高い魔法は使う場所を間違えると生き埋めになる。
時任だけなら生き埋めは回避できるが、今回は大仁田がいるので大技の魔法は使えない。また、時任が強すぎるとお客は不機嫌になる事態もあり得る。
時任はオーブから光線攻撃を選択した。オーブから光線が出てダストを撃つ。ダストは痛みを感じないので構わず前進する。
時任はダストよりも背後の大仁田に注意する。危険なのは背後から大仁田が放った魔法が時任に命中する展開だ。当たり方が悪いと、時任は前に押し出される。
姿勢を崩された状態ではダストの投げの餌食だ。
更に投げられた先に大仁田がいれば二人で転倒。そこにダストが飛び込んで圧し掛かってくれば危険だ。逆に言えば、背後からの攻撃を喰らわなければ問題ない。
されど、こちらが想定しない行動を取るのが新人の恐ろしいところでもある。
大仁田は動かなかった。魔法による支援も攻撃もない。案山子状態だった。初心者の初戦闘であれば何をしていいかわからず、動けないのは偶にある。
剣なら斬る、棒なら叩く、槍なら突く、これは現代人でもわかる。
魔法は現実にないのでどう使ったものか迷うプレーヤーがいる。原始人がマシンガンを渡されても使えずに困惑するのに似ている。
「基本から教えなければならないな」と時任は苦く感じていた。
ダストとの距離が詰まって来たので、下がった。大仁田を追い越す形になった。大仁田は下がらずに、あろうことに急に前に出た。しかも手にした六尺棒で殴る気だ。
ダストの体は斬撃、突き、打撃、射撃のダメージがほとんど通らない。急所である体内の核には攻撃が通るが素人が核を攻撃するのは無理だ。
攻撃を大仁田が外すと予想。大仁田がダストに投げられてくる予感がした。受け止める用意を時任はする。
大仁田は六尺棒を構えて突いた。予想外に大仁田が突く姿勢は美しい。足腰がしっかりしており、腕の伸びが素人ではない。
ドスと鈍い音がして、棍がダストの体にめり込む。ダストの目から黒い光が消えた。ダストはそのまま単なる灰色の塊になった。信じがたい光景だが大仁田は一撃でダストの急所の核を破壊した。
マグレにしては突く時の姿勢は綺麗だった。ゲーム内での素人が本当なら、大仁田は現実世界で六尺棒を使い慣れている。時任が困惑していると、大仁田が冷めた顔で質問する。
「これどうすんの? このゴミ山を探して金とか回収するの?」
「凄いですよ、大仁田さん。ダストを一撃なんて普通は無理です」
時任は愛想笑いを浮かべて、明るい口調で賞賛する。
褒めるべきタイミングで適時は褒めておく。そうしないと、褒め時を失い、がっかりな接待に終わるか、無理に褒めて気を悪くする状況を作りかねない。
「そうかね」と大仁田は表立って喜ばない。だからといって、嬉しいと思っていないと考えるようでは人間をわかっていない。感情を表に出さない人間はいる。
「ニルヴァでは一般の魔物ではお金を落としません。ダストの場合は素材もあまり価値がないのが残念です」
時任は褒めすぎて嫌味にならないように注意していた。また、教えた情報の半分は嘘であり、半分は本当である。ダストの核を破壊すれば、ダストは簡単に倒せる。
ダストの素材で値が付くのは核である。大仁田が核を破壊した時点で価値はゼロ。正直に教えれば気を悪くする可能性が充分にあった。
ダストの核は時任からすれば金額的には可もなく不可もなしである。なので、時任は別に捨ててもよい。
「では先に行こうか」と大仁田が先に歩き出した。今まで完全に受け身だったのに心境が変化したのなら喜ばしい。楽しんでくれている証拠だ。
ダストが来た方向に大仁田は向かっていく。先で通路が左右に別れていると、大仁田が地面をチラリとみる。大仁田は右へと進む。
気になったので時任は質問する。
「なぜ、右を選びました」
「引きづった足跡から、先のモンスターは右から来た。右には人がいないはず。左の通路の中央部分は綺麗だった。人が頻繁に行き来している証拠だ」
大仁田の読みは当たっている。左に進んだ先の部屋には威力は強力だが、分かり易い罠がある。宝はないので皆が引き返す。右に進めばダストを生み出す装置がある。これを止めれば、ささやかな宝が手に入る。
ゲームの事前知識なしで、当てているのなら大したものだ。
「大仁田はできる人間なのかもしれない」と時任は評価していた。
ならばもう少し強い魔物と戦って達成感を演出したほうが喜んでもらえる。時任は大仁田にスリルを楽しんでもらおうと決めた。




