第二十六回 さらに怪しい人物が
早く仕事を終えたいが、主導権は社長にある。社長が望むのならキマイラ討伐後も付き合わなければならない。社長は倒れたキマイラの周りを意気揚々と回る。
「こいつは凄い大物だ。自慢したくなるあいつの気持ちがわかる。でも、素材はどうやって取るんだ」
「お金がかかりますが回収券を使うとそっくり素材が手に入りますよ」
社長は時任の発言に気をよくしていた。
「初の獲物だから全部を持って帰ろう。キマイラの素材で防具とか作ってみたい」
社長の態度は初心者ならありがちな反応だった。こうしてみれば本当のお客さんのように見える。となれば、失礼な態度は取れない。
基本情報を説明した。
「防具を作るなら脚装備が優秀ですね。付与魔術師用の杖も作れますが、こちらは作成難易度が高いので職人に頼むのがよいでしょう。残りの素材も買い手が付きますよ」
時任の言葉に社長は満足した。
「余すところなく使えるとはまったく便利な素材だな」
回収券を使った。回収用の集団がきて作業を始めた。社長は回収作業を見ている。肝心の木箱の宝に触れないので、時任から切り出した。
「木箱の中身ですが木製のメダルでした。見たことがないのでレアアイテムです」
だいたいの用途は予想が付いていたが情報は隠す。時任は社長の出方を窺った。
時任が木製メダルを見せると、社長が手に取って観察する。
「子供の玩具のようだな。レアアイテムならオークションに出すか」
価値を知る物なら高値で落札する。
「そう簡単にはいかんだろうな」と時任は薄々感じていたた。木製のメダルの取得には誰かの意思が関わっている。それがわからないのがもどかしい。
扉が開く音がした。大剣を携え、全身甲冑鎧に身を纏った騎士が立っていた。
顔は見えない。時任が警戒していると、社長が明るい顔で挨拶した。
「さっきはどうもありがとうございました。おかげで仲間と合流できました」
騎士から女性の声がした。
「先に済ませなければいけない用事があったので一緒に戦えなくて申し訳ない。気になってきてみたのですが、無事にキマイラを倒せたようでよかった」
礼儀正しい通りすがりの人だが、都合よく社長を助けるだろうか?
「怪しい、またも怪しい人物だ」と時任は疑ったが、平常心を心懸ける。
「仲間がお世話になったようで俺からも礼を言わせてください」
社長の手前、礼儀正しくしないと社長に迷惑がかかる。社長にしてみれば恩人なら、無碍にできない。年長者は礼儀知らずを嫌う。
女騎士は時任が持っているメダルに興味を示した。
「珍しい物をお持ちだ」
「白々しい。こいつが黒幕か」と時任は苦々しく思った。
時任の心を知らない社長は喜ぶ。
「知っているんですか。このメダルを?」
「木製のメダルは『荒野の魔窟』の隠された区画に入るための品です。隠された区画には価値の高いお宝が眠っている。よければ売っていただけないでしょうか?」
木製のメダルの入手に何らか条件がある。女騎士は条件が達成できないから、時任と社長を利用したのか。女騎士は社長の恩人ぶって木製のメダルを回収しにきたな。
本来なら渡さずにあれこれ聞きたいが、木製のメダルは社長の物だ。時任の一存ではどうにもならない。
「ここでメダルを寄越せ」と斬りかかってきてもらったほうが精神衛生上よほど良かった。
そうすれば、倒して情報を吐かせられた。
まんまと踊らされたようで癪だが、時任は木製のメダルを渡しても仕方ないと観念していた。
社長がニコっと笑って提案した。
「こうして三人で巡り合ったのも何かの縁。三人でレアアイテムを取りに行きましょう」
「やめて欲しい」と時任は正直に思った。前回の『モルルン霊廟』でわかったが、未知の区画の敵は強い。社長は動けるが「素人よりは」の水準だ。出てくる魔物によっては守り切れない。
女騎士の狙いが未知の区域にあるレアアイテムなら、時任と社長を助けることはない。二人揃って捨て石にできれば有難い程度に考えているはず。
女騎士からの提案なら社長を説得するチャンスがあった。だが、今回は社長から言い出したので口をおいそれと挟めない。
時任の不安を知らない社長は女騎士の提案に前向きだった。
「行けるとこまで行ってみますか。それでレアアイテムが手に入った時の分配はどうします。オークションに掛けて売れた金額を三等分ですか?」
女騎士が時任には意見を尋ねず話を進めた。
「出たアイテムが欲しい人がいたらオークションに出す前に相場を調べましょう。欲しい人がいたら渡して、残りの二人はお金を受け取る形式を採用していただけるならなおいい」
「やりやがったな」と時任は心の中で舌打ちした。何が何でも、レアアイテムを取る気だ。
女騎士は時任に顔を向けると、社長も時任を見て訊く。
「儂はそれでもいいですよ。時任君はいいかね?」
社長が良いと言うなら、時任には分配に関しては何も言えない。ここで、無理にレアアイテムを取りに行くようではニルヴァでは接待業などできない。
とはいえ、このまま進むのは危険であり、面白くないので抵抗した。
「待ってください社長、隠れ区域の敵や罠は危険な可能性があります。死ぬかもしれませんよ」
「儂は残機三だから無理してもいいぞ」
「私も残機二だから挑戦したいです」
社長の残機三は本当だろう。女騎士の残機二は怪しい。だが、これで女騎士が死んでも社長の心理的負担はない。ただ、時任の残機は0。死ねば人格や記憶の書き換えがある。
社長と女騎士だけで行かせるわけにはいかない。二人で行かせて、社長だけが死んで戻ってきたら困る。女騎士に全てを持っていかれたら怒りのやり場に困る。そうなると、時任の苦労は水泡に帰す。
社長が時任を見て確認する。
「時任くんは残機いくつかね?」
「俺は残機一ですが、社長が行くならお供します」
時任は嘘を吐いた。時任なりの意地だった。
「決まりだな、いくぞ隠し区域」と社長のテンションは上がった。
女騎士が優しい口調で纏めた。
「私はエレナといいますよろしくお願いします」
社長はニコニコしていた。女性が一緒で気分を良くしたか。普段なら悪い気はしない。エレナが本当に偶然に出会った善意の人ならいい。だが、そんなことはないのだろうな、と時任は憂鬱だった。




