第二十五回 黒に近い白か、白のように見える黒か
『世界観解説』戦闘インストラクター:主に有料で対魔物用の戦闘技術を教えてくれる。教え方が上手い人ほど高く有名人であればプレミア価格となる。
扉から現れたのは社長だった。キマイラは社長に背を向ける形になっている。キマイラまで気付いていない。
時任は苦々しく歯噛みした。
「本物でも偽物でもこのタイミングでは出てきて欲しくなかった」
本物なら時任を助けようとする。当然、社長の攻撃手段ではキマイラを一撃で倒すのは不可能。社長が下手に攻撃すれば、キマイラが社長に向かっていく。
社長の防具は魔術師の冒険衣装セット。キメラから連続で攻撃をもらえば一気に戦闘不能になる。時任とはキマイラを挟んで反対側なので助けるのが難しい。
社長が偽物なら隙を見て時任を攻撃してくる。いきなり敵対して攻撃してくればまだわかり易いが時任を助ける振りをされるとまずい。
時任の隙を窺いキマイラと一緒に攻撃してくれば、時任の死が有り得る。
「そこを動かないで貰えませんかね」と時任は願うが通じなかった。
社長は入口から数m進んで魔法を唱え始める。何を詠唱しているかわからない。時任を攻撃してこられては困るので、時任も『反転する力場』の魔法を詠唱する。
反転力場が発動すれば、天地が逆になる。
社長の魔法が時任に向かってくるなら『反転する力場』の対象を時任にする。時任の体は天井に引き寄せられるので上に逃げられる。
社長の魔法がキマイラに当たってキマイラが社長に向かっていくとする。ならば、社長に魔法を掛けて社長を上に移動させればキマイラからの攻撃を避けられる。
キマイラは翼があるので社長が天井に移動しても、追撃できる。その時は追加で『加重』の魔法を掛ければキマイラは自重で簡単には飛べなくなる。
「これがベストだな」
キマイラの動きが鈍くなっているので魔法を唱えながらでも余裕で回避はできた。
先に社長の魔法が完成した。
「何を唱えた? どう出る、社長」
社長の体がぼんやり輝いたので、時任は焦った。社長の使った魔法は何かわからないが身体強化系だ。社長はあろうことかキマイラを六尺棒で殴る気だ。
「やめてくれ!」と叫びたい心境をぐっと抑える。時任は発動前の魔法を止めて魔法を破棄した。
こうなれば、キマイラを翻弄しつつ戦うしかない。また、社長が襲い掛かってくるなら、武器がオーブだけでは不利である。時任は『魔法剣』を唱えだす。
社長が跳躍した。人間には不可能な距離と高さだった。社長は『跳躍』の魔法を使ったと知った。跳躍によるキマイラへの上からの攻撃。加速度を増し、落下による威力を上げる。
普通なら簡単に避けられるが、時任に敵意を向けているキマイラには不意打ちになった。
社長の強力な一撃がキマイラの背に決まる。キマイラが衝撃の強さに動きが止まった。社長は振り落とされると思ったが、社長はキマイラの背からジャンプで元の位置に戻った。
「八艘飛び! だと」
広い場所で跳躍系の魔法を使う。相手に上から襲い掛かる攻撃方法がある。俗称・『八艘飛び戦術』。
主に大型モンスターを相手に、慣れたプレーヤーが使う戦法だ。仲間の攻撃を妨げず大ダメージを与える。攻撃後はすぐに飛び退き距離を取る。
言うのは簡単だが度胸と技量がないと成功しない。初心者には無理な動きだ。
「社長の中身はまた別人か?」
疑ってるとキメラが横に飛び退く。キマイラは時任と社長を睨みつける。
時任の魔法が完成した。魔法剣の利点は二つある。一つは軽さ、魔法剣には重みがないので非力でも軽々と扱える。もう一つは形状を出す時に選べる。
今回は突きを主体で戦える間合い長めのサーベルを選んだ。
時任はキマイラの右側面に位置取る。社長はさっとキメラの左側面に回った。キメラを挟み撃ちにする形になった。
本来ならお客である社長を一人にしたくはないが、先の一撃は素人芸ではない。社長は本物か偽物かわからないが、腕が立つのなら挟み撃ちにしたほうがよい。
社長は油断ならないが、キマイラを倒せるなら倒したほうがよい。
時任は魔法剣を振るった。キマイラは挟まれても頭が二つあるので視界の制限はない。複数の敵と戦うのも慣れているので慌てもしない。だが、時任と社長が攻撃をしだすと、キマイラの表情が歪む。
頭は二つでも体は一つ。どちらかに前脚を伸ばせば踏ん張るためにもう一つの脚がおろそかになる。
噛み付こうとしても首の長さには限界がある。動きを読み、間合いを間違えなければ、キマイラからの攻撃は当たらない。
時任は素早く何度も突きを繰り出す。正確ではないが高速の突きが何度もキメラの体を襲う。素早く避け、ひたすら刺す。派手さはない。確実にキマイラを弱らせればいい。
その内、キマイラの動きが急に悪くなった。社長がキマイラの頭の一つを潰した。
頭が一つでは視界が制限される。キマイラは二人の攻撃に対処できない。キマイラは社長と時任の攻撃に確実に弱り、やがて倒れた。
「問題はここからだ」と時任は気を引き締める。
社長が満面の笑みで寄ってくる。襲って来る気配はない。
「キマイラは中々手強いね。昔のゲーム見たくダメージが表示されないから、本当に倒せるか不安だったよ」
愛想のよい顔を浮かべる努力をしつつ話を合わせる。
「派手に血が飛ぶのも客受けがよくないとか。運営も苦労しているみたいですね」
ここまでは挨拶のようなものだ。本題はここからだ。
「ところで社長中々に切れのある動きをしていましたが、どこかで武術を習ってたんですか?」
「ウチは警備会社だからね。インストラクターを雇う時にきちんと教えられるか私が習って評価しているんだよ。言うだろう、名選手はかならずしも名監督ではないって」
ちょっと使い方が違う気がするが、あえて突っ込まない。だが、人間の武術では魔物の動きには従いてこれない。
「ちなみにどんな方に習ったんですか?」
「キム・ジョンを知っているかな?」
もちろん知っている。キム・ジョンはニルヴァの戦闘監修をしている人物の一人であり、格闘技のインストラクターでもある。
一時期、動画配信をやっていたが病気を理由に休止した。現実の警備会社のインストラクターができるとは思えない。
時任は社長を試した。
「知っていますよ。キムさんは元気ですか?」
「キム・ジョンはいま病気療養中だよ。ウチのインストラクターはキム・ジョンの娘さんなんだ。ニルヴァに行くって教えたら、魔物と戦うのに有利な戦い方を訓練してくれた」
有名人の現状はある程度は調べられる。だが、有名人の娘となると情報はぐっと少なくなる。キム・ジョンには娘が四人いるので特定して裏を取るのは難しい。
「怪しい」と思うが本当なら筋は通っている。
「良い人に巡り合えてよかったですね。社長の人徳のなせる業でしょう」
社長は上機嫌で答える。
「そう褒めるなよ。ところで、罠を外すのに失敗して飛ばされたようだけど宝はどうなった? やっぱりロストかい?」
時任は思案した。
「社長の言い分だと、俺が瞬間移動系の罠を発動させて飛ばされたことになっている。俺ですら移動に気付かなかったのなら、本物の社長なら強制移動は気付きようもない」
本当なのかとの疑念があるが、ここはあえて話を合わせて探りを入れる。
「宝は無事ですよ。でも、俺がここにいるってよくわかりましたね」
「キマイラを倒そうって約束したからね。逸れてもキマイラのいる部屋の前で待っていたら会えるだろう」
理屈としては有り得る。考え方も理解できる。
「ここに来るのは大変だったでしょう?」
社長がこの部屋まで来れたのが謎だ。第二実験室は道を知らないと簡単に来られる場所ではない。
「途中であった親切なお嬢さんが案内してくれたからすぐだよ。中から戦闘の音が聞こえたから入ったら先に時任くんが戦っていて驚いたよ」
これはちょっとおかしい。
「鍵がかかっていませんでしたか?」
「いや、普通に開いたよ」
戦闘前に鍵がかかる音がした。普通は入れない。だが、絶対ではない。時任だって魔法で開けられる。誰かが社長の到着前に扉を開けたのかもしれない。
社長の説明には疑わしい点があるが、黒とは断定できない。これはモヤモヤ感を抱えたまま、接待を続けるしかないのか。




