第二十四回 危険は思わぬところからやってくる?
『ゲーム解説』
メンテナンス明けには修正がされていることがある。修正の内容が数日遅れで発表されることも珍しくない。
先ほどまで社長は普通の社長だと思ったが、怪しくなった。また誰かが裏で何かを画策しているかもしれない。だが、現状では「かもしれない」の域を出ない。直近で緊急メンテナンスがあった。
通常メンテナンスの有無はまだ発表されていない。時期が近いので運営が一緒に通常メンテナンスをすることは有り得る。つまり、先行で微細なアップデートがされ仕様が変わった可能性は充分にある。
「どっちだ」と疑っていると、社長が心配する。
「罠があったのか? 外すのは無理そうか?」
罠を外す魔法はある。だが、一つ怪しいと思うとどこまでも怪しく感じる。微笑みを浮かべる努力をして、取り繕う。
「罠はありましたが外せますよ。戦闘でマナを消費し過ぎたので回復を待っています」
マナはとっくに回復している。ただ、木箱を開けていいのか迷った。時任は決断した。
「開けるしかない。誰かの陰謀ならここで開けなくてもまた何か仕掛けてくる」
社長にお願いする。
「罠の解除に失敗して社長を巻き込むと困るので離れてください」
「そうか、わかった」と社長はすんなり従った。社長が時任から離れ部屋の入口まで下がる。
木箱をそっと置いて、『罠解除』の魔法を唱える。木箱がほんのり青く光った。普通なら成功だ。ドキドキしながら中を開けると、中にはモルルン霊廟で見た木製のメダルがあった。
確認すると、図案が少し違っていた。
木製のメダルが『荒野の魔窟』の未知の区域に行くために必要な物と想像できる。だが、木製のメダルは時任の獲得品ではない。接待なら社長に渡すべき物だ。社長に意見を聞こうとして振り返ると、社長がいない。
部屋を見渡すがどこにもいない。やってきた通路を覗くが、やはりいない。
メダルに注意していた隙に社長がどこかに行った。だが、どうして時任に黙って消えたのか。
「これはもしかして、また何か良からぬことに巻き込まれたか?」
時任が内心で苦く思うと、部屋に雑音が混じった女の音声が流れる。
「君の仲間は預かった。返してほしければ、キマイラの寝床の第二実験室まで来い」
音声は言いたい内容を伝えると切れた。相手は時任の返事を聞く気はない。
社長と音声の主がグルなら助けに行く必要はない。しかし、時任のせいで社長が巻き込まれたのなら助けにいかねばならない。時任は悩んだ。
「どちらとも判断が付かないのなら、行くしかない。でもなあ、このいかにも一択なところがいやらしいんだよな」
声の主がプレーヤーなら時任に気付かれずに社長をどこかに飛ばすのは難しい。近くに魔力の流れがあれば、時任のスキル構成なら気付ける。
対して社長が隠密系スキル持ちで時任の油断を利用して離脱するのならそれほど難しくはない。
「相手がシステムに介入できるなら強制移動で社長をこっそり飛ばせるんだよな。普通は運営側の人間を使い、露骨に介入したりはしないけど、ないと言い切れないところがもどかしい」
選択肢があるようでないのが現状だった。
何も知らない社長を見捨てたとする。後に起きた事態によっては時任が築いてきた信用の全てを失いかねない。
「パニックホラー映画で、絶対にクリーチャーが襲ってくる場所に行く主人公の気持ちだよ。下手に強い魔物よりよっぽど性質が悪い」
時任は諦めてキマイラがいる第二実験室に向かった。通路を歩いていると、異常に気が付いた。先ほどまで静かだったダンジョンにプレーヤーの気配を感じる。人が大挙して入ってきた感じではない。
「隔離された空間から通常の『荒野の魔窟』に戻ってきたような空気だな」
戦闘音がした方向に向かうと他のパーティーがいて犬型ゴーレムと戦っていた。普段の二ルヴァと変わりがない。
他のパーティーの戦闘も見に行く。こっちはサボテン人間と戦っている。どちらも『荒野の魔窟』に存在する魔物だ。
プレーヤーにも変わりがない。普通にニルヴァを満喫している。
「俺と社長だけが『荒野の魔窟』に酷似した場所にいて、『荒野の魔窟』に戻ってきたと見るのが妥当か」
そうすると問題がある。先の声の主は誰か知らないが、どうやってここに時任と社長を誘導したのか。
一番ありそうなのは、社長が酷似したダンジョンに時任を招いた可能性だ。
ここに来るタクシーを呼んだのは社長だ。社長の使ったタクシー券には細工があり、行き先が別の場所に設定されていたのなら説明が付く。
「一番ありそうなのがない、と見せかけて意外性であったりする。と思わせてからの引っ掛けもあるから面倒だな」
キマイラのいる第二実験室まで急ぐ。布系の防具は防御力も耐久力も低いが、軽いのが利点だった。加速系の魔法と合わせれば遅い魔物は余裕で振りきれる。
足が速い獣系魔物には魔法が効果を上げやすい。敵の速度を落として自分の速度を上げれば逃げ切れる。
素人がやると、道を間違えて追い詰められたり、罠を踏んだりして死ぬ危険性が大きい。時任くらいになれば問題ない。
魔物とは六度遭遇した。振り切るなり他のパーティーになすりつけるなりしてやり過ごす。第二実験室の扉を開ける。中はドーム型の広い空間になっている。
灯りは天井からある。壁も床もむき出しの地面である。
「いつもと変わりがないな。普通ならこれで中に入ると後ろの扉が施錠されてキマイラが転送されてきて戦闘だが」
見渡す限り社長の姿はない。囚われのおっさんの絵柄なんてさして美しくないが、いてくれたほうがよかった。社長に会えば聞ける話もある。もし、社長が黒幕なら会話で誘導すればボロを出すかもしれなかった。
黙って観察していても何も起きないので中に入った。
「約束通り来たぞ、仲間を返せ」
ベタなセリフだとは思うが他にいい言葉が思いつかなかった。
ガチャンと背後で音がして扉に鍵がかかる。天井から青い球体に包まれたキマイラが出現した。はいつもの出現個体と変わりがない。
ならばちょいと時間は掛かるが一人でも倒せる。キマイラが地面に降り立つと球体が割れた。キマイラが咆哮を挙げた。
時任は戦闘開始時に『老化』の魔法をキマイラに放った。キマイラは頑強で武器にも魔法にも打たれ強い。されと、魔法に対する耐性が低いので能力を下げる魔法は効果がある。
キマイラの弱体化を狙う他に目的もあった。『老化』の使用はキマイラが強化されていないかを確かめる意味合いが強い。
魔法はきちんと効果を現したので、強化はされていない。とすると、なんで負けるとわかっているキマイラを時任にぶつけてきた相手の意図が気になる。
「倒せばわかるか。一本集中だ」
『老化』の魔法の効果は徐々に出る。キマイラの動きはまだ俊敏であるので一工夫が必要だった。
時任はキマイラの攻撃をかわしながら、オーブの攻撃で牽制する。時任はキマイラに二つある顔の鼻を狙う。
キマイラは二つの顔を持つので視界は広い。目を狙えば視界をある程度は奪えるがすぐに回復する。一人で戦う時にはあまり目を狙っても意味がない。鼻は違う。キマイラは鼻への攻撃を極度に嫌がる。
普段は愛らしく寄ってくるが、鼻を触わられると牙を剥くペットに似ている。鼻を狙うとキマイラは鼻を庇う。二つの顔の鼻を交互に狙うと、効果倍増だった。
キメラが鼻を狙われないよう動く。キメラは防御に集中するあまり、攻撃が疎かになる。
集中を欠く攻撃なら時任には当たらない。時間が経てば『老化』の効果がじわじわと効いて来る。
『老化』の利点は苦痛を与えず、自覚なしに相手が弱くなっていく点である。
毒のような持続ダメージ系の場合は痛みが発生したり、自覚症状が出たりする。この場合は魔物の行動が変化する。『老化』の場合は知性が低い魔物の行動には変化がない。
時任の作戦通りにキメラは充分に弱くなった。
「いい流れだ。確実に勝てる」と思った時に事態が動いた。ボス戦中には開かないはずの扉がゆっくり開いて行く。




