第二十三回 通常の接待のはずが
『世界観説明』
『付与魔術師』:仲間や武具を強化する魔法のスペシャリスト。自分を強化して戦闘に出るプレーヤーもいるが、防御力が良いのでミスをするとすぐ窮地に陥る。
赤蟻を振り切ったと思えたところで社長が立ち止まった。時任はポケットから地図を取り出す。『荒野の魔窟』もよく行く接待場所なので地図は時任の頭に入っている。
現在地なんて地図を見なくてもわかるが、地図の取り出しには意味があった。
「現在地からするとキマイラには近づいていますね。どうします、このまま進みますか?」
地図を見ないで位置がどうのと言うと、時任の仕事振りを疑うお客がいる。特に年配の人間には多い。
だからこそ、こうして地図を出して『やっています』の空気を出すのが大事だった。また、地図を出して確認している作業をすることで『地図が読める人間です』とアピールする狙いもある。
社長はキリッとした顔で決断した。
「初志貫徹だ。キマイラを目指そう」
赤蟻を倒して、逃げ切ったことで自信が付いたと時任は見ていた。そういって意気込んでキメラのところに乗り込んだプレーヤーはかなり痛い目を見る。これはダンジョン設計者の罠だと時任は思っていたが、あえて教えない。
「大丈夫ですか? キメラは先の赤蟻よりは強いですよ」
こう聞いて「やっぱり止めます」と答えるお客はいない。社長はやると答えるとは予想していた。時任の接待のため演出である。
敵が強いことを匂わせて倒させる。その後で「貴方は凄い」と持ち上げてこその接待だ。ニルヴァには時任より強い奴も賢い奴も大勢いる。だが、気持ちよくゲームをサポートできる人間は稀である。
接待を生業にして安定収益も確保をできるとなれば皆無である。
社長は時任の予想通りの発言をした。
「先の赤蟻は仲間を呼ばれてちょっと驚いたが、四体は倒せた。キマイラもどうにかなるだろう」
「了解しました。精一杯お助けします」と時任は答える。
「倒せるかどうかは社長次第で、俺は助けるだけです」と仄めかす。
これはレトリックだ。時任がいる以上、失敗はない。
「どう戦おうが勝たせますので、社長の手柄にして誇ってください」が真実なのだが、思ったことを口にするのは馬鹿者だ。
選択しているようで、選択はされていない。勝ちが決まっているが、悟らせない。それが時任の方針だった。
進むと同じように赤蟻に三度出くわした。社長も慣れてきたので、赤蟻から攻撃をもらわずに倒せた。
時任はちょっと困っていた。赤蟻には楽に勝てるようになったが、同じ敵ばかりだと社長が飽きないか心配だった。
二度目以降は仲間を呼ばせないように倒したが、中だるみ感がある。
「飽きは俺の商売の三大難敵の内の一つだからな」と時任は警戒していた。
『荒野の魔窟』には他にもモンスターがいるのだが、なぜか今日は赤蟻にだけよく遭う。こういう日もあるとは思うが、少し妙でもある。
別れ道に出た。右に進めば罠がある部屋に出る。時任は罠のある部屋に誘導したかったので、社長に話しかけた。
「右に行けば宝のある部屋に出ます。宝物は早い者勝ちなので、残っているかどうかわかりません。確認しておきますか?」
この先の部屋の宝は罠を兼ねている。罠に掛けるための餌なので誰かに取られても短時間で再出現する。真実は伏せてあえて「早い者勝ち」と嘘を吐いた。
社長が競争を勝ち抜いてきた人間なら負けを嫌うはずとの読みだ。
社長は即断した。
「ない、と思って先に進んで誰かに取られたら癪だ。思い込みは厳禁だ」
社長は勝ち負けに拘っているとの推測は当たった。先に進むと広い部屋に出た。灯りは部屋の中央の天井に一つあるのみで薄暗い。
部屋の広さは直径二十mの石畳の部屋である。中央には半径十mにもなる漏斗状の砂場がる。深さも六mはある。砂場の底にはミカン箱に似た木箱がある。
これみよがしに置いてある木箱を社長は疑った。
「木箱の中が気にかかるが、置いてある場所が嫌だな。でかい蟻地獄とかいそうだ」
当然の疑問であり、正解である。木箱の下の地中には蟻地獄に似たモンスターがいる。ほいほいと降りて行けば弱者は死ぬ。
だが、ここまであからさまなので引っかかって死んだ奴にはまだお目にかかってはない。
「木箱の底に何か潜んでいますね。でも、木箱の中が空とは限りません」
「誰かがもう倒したのでは?」と愚かな希望を持っていては困る。なので「潜んでいる」と明言した。
木箱の中が空ではないと時任は知っている。木箱から中身だけ抜きだすのは至難の業である。
上級者なら可能だが上級者はそもそも『荒野の魔窟』に来ない。仮に来たとしても木箱の中身はちょっと良い武器と知っているので、労力に見合わないので手を出さない。
「さて、どうしたものか」と、社長は眉間に皺を寄せて考える。
一般的な木箱の中身を入手するには、蟻地獄を地上に誘き出して倒す必要がある。蟻地獄は漏斗状の砂場でこそ強いが、地上に出れば、動きが遅く少々固いだけの魔物である。
社長がどう出るかと見ていたが、すぐに解決方法が浮かばない。
時任はヒントを出した。
「俺がこっそり下りて中を確認してきますか?」
もちろん本心ではない。ここで「頼むよ」と社長が答えないと予想しての提案だ。
時任の予想通りに社長はすぐに止めた
「ダメだ。そんなの危険すぎる。気付いた魔物が襲ってくる」
「でも、他に方法は……」と時任は言葉を濁して視線を彷徨わせる。
人間とは不思議なものである。誰かがキョロキョロすると、思わず自分も同じように振舞う癖がある。社長も時任に釣られて辺りを見回した。
社長はそこで天井の灯が部屋の隅々まで届いていない事実に気が付いた。
社長は壁に向かって目を凝らすと、部屋の隅にあった石に気が付いた。
「そうだ」と社長は顔を輝かせて、壁際から漬物石くらいの大きさがある石を持ってきた。
社長のやろうとしている行動は正解だ。蟻地獄は砂の動きを感知する。漬物石を投げこめば反応して姿を現す。後は上から攻撃してやれば、怒って上がって来る。
「魔物がいれば反応するはずだ」と社長は漬物石を砂場に放り投げた。
漬物石が砂に落ちると、蟻地獄が姿を現した。蟻地獄が出るとわかっていたので出遭い頭を叩いてもよかったが、しない。
社長が誤って砂地に落下すれば事故死がある。社長の安全を確認してから動くのがプロである。
安定した位置で社長が魔法の詠唱を開始する。時任も魔法を詠唱する。蟻地獄が怒って砂地を上ってくる。蟻地獄には遠距離攻撃方法がないので、魔法職が二人なら攻撃し放題である。
時任は『衝撃波』の魔法を使った。『衝撃波』は威力が弱いが、大きな音と振動が出る。蟻地獄に使えば、時任に蟻地獄が向かってくる。魔法と回避を繰り返して戦った。
忙しくはあるが、魔物を引き付ける近接職がいないので時任がやるしかなかった。
「蟻地獄はやっぱり遅いね。リリサの動きに比べたら止まっているようだ」
リリサのダッシュ&高速キックは時任に反撃の隙を与えなかったが、蟻地獄の攻撃は避け放題だ。
ほどなくして、社長の『魔力球』にて蟻地獄が倒れた。社長が気を抜いたので、時任は即座に出入口に確認して魔物の襲撃をないことを確認する。
安全確認をしてから時任は砂場をおりて木箱を拾ってきた。
「やりました社長。宝が手に入りましたよ」
用心深く社長が注意する。
「待て、罠はないのか? こういうのって罠が付き物だと思うが」
この部屋の木箱に罠はない。だが、「罠はない」とうっかり答えるようものなら「知っていたな」とわかり社長は気を悪くする。
本当は社長も時任の知識に気が付いているのかもしれないが、少なくとも冒険中は悟らせないのが大事だ。
「調べますね」と時任は木箱を置いて『罠感知』の魔法を掛けると木箱から罠の反応があった。




