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第二十回 時任の暮らしぶり

『世界観解説』

イデア王国でプロゲーマーは職業として認知されており、就労VISA『ゲーム』の分類がある。日本とイデア王国は相互条約で就労VISA取得の手続きが簡素化されている。

 目を覚まし最初に見たのは闇だった。何度か瞬きをすると、薄明るくなる。視界を泳がすと時任は円筒形のカプセルの中にいた。カプセルの上には透明な蓋がある。


 カプセル内の枕の部分から無機質な女性の音声がする

「ログアウトが無事に完了しました。脳波、心拍共に異常ありません」


「お前は誰だ?」と時任は心の中で自分に問いかける。


「時任三郎、十八歳、男性。居住地は イデア王国 第九地区 イースト 8―5。覚えてはいる。問題は合っているかだな」


 時任が起き上がろうとすると、カプセルの蓋が自動で開いた。カプセルから出て近くにあるサイドテーブルの上に置いてある財布を開けた。身分証とクレジットカードが一体になった外国人登録証を確認する。時任の覚えている情報と合致した。


「人格や記憶の書き換えは起きていないらしい。死亡は回避できたか」


 空腹はない。眠気もない。トイレにも行きたくはない。どういう仕組みか知らないが、イデア王国が開発したカプセル内からログインすると、体は消耗も衰えもしない。虫歯になることもない。とはいっても、無制限に入っていられる便利なものではない。


 連続使用は三十五日間までとされていた。その後は最低でも二十四時間は使用を中止しないといけない。たいていのプレーヤーは月一回のニルヴァのメンテナンス日に起きて使用中断する。


 風呂に入っていると、上の階で水を使う音がする。

「上の階の住人も風呂か、考えることは一緒だな」


 上の階の住人とは顔を合わせた過去がない。名前も知らない。向こうも時任の顔を知らないはずだし、知りたくもないだろう。


 時任の入居しているアパートはニルヴァ用ログインカプセル完備の物件である。上の階の住人もニルヴァをやっている。ニルヴァに現実の人間関係を持ち込むのを嫌がる人間は多い。お互いに知らないのはメリットでもある。


 風呂を上がり、脱衣所の鏡を見ると時任の顔が写る。時任は黒髪の長髪。別に伸ばしているわけではないが、面倒で切らないので伸び放題である。


 顔は細面で、目は細くどんよりしている。別に機嫌が悪い訳でも病気ではない。生まれつきの顔だ。だが、人には陰気な印象を与えるので、よい記憶がない。


 ニルヴァ内では接待で暮らしているので印象を変えるためにキャラメイク時には容姿変更券(特殊)を買って整形していた。


 ニルヴァで髪型や肌の色を変えたり、入れ墨を入れたりする分にはあまりお金がかからない。だが、印象を大きく変えるには課金アイテムを買う必要があった。


「シャオリーやリリサに狙われるならキャラの顔を変えなければダメだな。痛い出費になるかもしれないが仕方ない」


 なんか犯罪者だなと思うが、シャオリーやリリサから見れば詐欺師と誤解されているので仕方ない。


 リビングに行ってテレビを付けた。イデア王国では内容がお堅い国営放送が一つしかない。たいていの家は放送事業者と契約してケーブルテレビや衛星放送を見れるようにしてある。


 時任のアパートでは入居時に三つまで追加料金なしでチャンネルが登録できた。


 国際ニュースを扱うチャンネルをかける。ニュースキャスターの男がニュースを読み上げて行く。キャスターの後ろでは悲惨な映像が流れて行く。


「戦争、紛争、テロ、災害、異常気象、まったく代わり映えがしない。相変わらず世界は騒がしい」


 気になったので契約している日本のニュースチャンネルに変える。日本の各地の映像が映し出される。背後では破壊された建物が写っていた。時任の気分が滅入った。


「日本の戦争はまだ続いているんだな。いつになったら落ち着くのやら」


 日本からイデア王国に来た理由は戦争だった。海外邦人保護から始まった戦争はしだいに拡大して行った。ついには敵国の部隊の侵入を許し、本土でも散発的に戦いが起きた。


 十の都道府県で戦闘が起きていた。日本に侵入した武装勢力は小規模なので、直接的な衝突を避けつつ戦っている。武装勢力は日本国内に支持者がいるので、予想に反して戦いは簡単には終わらなかった。


 どの国の指導者も高齢なので、今回の戦争を世間では『老人大戦争』と呼んでいた。戦争から時任は逃げるためにイデア王国に入国した。最初は半年もすれば戦争は終わると楽観的だった。


 戦争が終わったら帰国するつもりだったが、終わらないので帰り時を逃した。

「就労ビザはまだ二年以上あるけど、それまでには戦争が終わってほしい」


 ニュースが経済情報に変わった。株価を表す日経平均が大きな山を描いている。山の先には深い谷がありどこまで下がるか見えない。気分が悪くなったのでニュースを消した。


 ネット証券で金塊を日本円に替えて家族に送金した。円安がかなり進んでいたので額は大きい。市役所の大卒月給の二倍にはなっている。


「父さんと母さんの職場も閉鎖だから、俺が稼がないとな」


 父が働いていた冷凍倉庫会社は電気の不安定供給により倒産。母が働いていたスーパー銭湯は重油の値上がりで閉鎖された。家にいる弟と妹は中学生。一家四人の生活は時任からの仕送りで成り立っていた。


 時任がニルヴァにログインすることを家族の誰もよしとしていない。だが、現状ではもう誰も帰ってこいとは言わない。時任にとっては、プレッシャーでもあり救いでもあった。


「ニルヴァは仮の世界だが、ここでは必要とされる何者かでいられる」


 小さな自尊心と儚い夢が時任を殺す未来を覚悟していた。

 蜃気楼のような希望かもしれないが、時任には必要だった。


 冷凍庫を開けて冷凍食品を取り出す。イデア王国の食糧自給率は三割。食糧のほとんどは南米から輸入している。


 冷凍食品のパッケージはスペイン語なので何て書いてあるかは読めないが、写真があるのでだいたいわかる。最近はイデア王国にアジア系外国人も増えてきたので、味付けも割と好みに近い食品が手に入る。


 一人の食卓に三品の冷凍総菜とパンが並ぶ。一人の食卓を寂しいと思ったことはない。むしろ貴重な時間として安らぐ。ニルヴァに戻ればまた騒々しい日々がやってくる。

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