第二回 困ったお客
用語説明
『魔術師の冒険衣装セット』安い割に性能が良い。魔術職がよくお世話になる。
『六尺棒』魔術職でも扱える武器。パーティ構成によっては護身用に持つ魔術職もいる。
ニルヴァは危険なゲームである。にも拘わらず貧乏人も金持ちも惹きつける。四回死亡で人格消去の法則や老若男女も金銭の過多も関係ない。だが、現実の経済力の違いはゲームの世界にも影響する。
金持ちは優良なNPCのサーバントを使ったり、接待業者の助力を得られたりする。時任は個人で接待業務を請け負う人間だった。
ニルヴァにある『始祖の街』はゲーム序盤から入れる街で、利用者も多い。ゲームを進めるに当たって必要な施設やオークションは全て始祖の街にある。時任の拠点も始祖の街だった。
始祖の街にある鳳凰酒家が時任の行きつけである。店内は広く、赤と白を基調に装飾が施された、中華風の酒場である。右奥には仕事の斡旋カウンターがあり、左奥には料理を作る場所になっていた。
仕事用のB4サイズのシステム画面を宙に出現させて、時任はメールをチェックする。接待の仕事はいつもあるわけではないが、入る時は立て続けに入る。
「次の仕事は付与魔術士のサポート。相手には接待役がいると知っての状態か」
先の騎士は依頼人が別にいる秘密サポートの接待だった。だが、こうした秘密ではない接待のほうが時任はやり易い。
職のバランスを考慮する。古代魔術師は後衛職であり、付与魔術師も後衛職である。付与魔術師は使いこなすのが難しい職であり、齧った程度ではほぼ役に立たない。
安全を期すなら前衛職がほしいところ。されど、人を手配すれば時任の取り分が減る。
行き先を見ると、『モルルン霊廟』となっていた。モルルン霊廟は易しい部類のダンジョンである。剣と魔法のファンタジーの雰囲気がある場所なので初心者がちょいと遊ぶのにも適した場所である。
「モルルン霊廟なら俺一人でもクリアできるが」
一人なら簡単だが、初心者と組むと難易度が上がるのがニルヴァの嫌らしいところだった。ニルヴァでは味方の攻撃でもきちんと味方に当たる。下手な魔術師と組むと、仲間の攻撃で死ぬのもあり得る。
「付与魔術には瞬間的に高いダメージを出す魔法は限られているからな、いけるか」
時任は仕事を引き受けた。客はログインしていたので迎えに行く。
始祖の街は三ブロックに分かれており、洋風、中華風、トルコ風になっている。時任はよく中華エリアにいるが、お客は洋風エリアにいた。
待ち合わせの噴水の前に客はいた。客は魔術師がよく使う装備に身を包んでいた。魔術師のトンガリ帽子、魔術師の革ジャケット、魔術師の革ブーツだ。通称、魔術師の冒険衣装セットだ。
初心者がよく使うが防具の性能は悪くない。
魔術師の冒険衣装セットでゲームを初め、色々試してまた魔術師の冒険衣装セットに戻って来る者も多い。武器は杖ではなく、六尺棒を選んでいた。
武器の選択も無難である。杖は魔法の威力にボーナスが付く。六尺棒だと魔法の威力にボーナスは付かないが、直接に殴ることを考えると杖より六尺棒のほうが使いやすい。
また、六尺棒は他の職でも使える武器なので、誰かが武器を無くした時に貸せる。
恰好は問題ない。金持ちだからといって初心者が課金して良い装備を着ていると、装備の性能に振り回されることがある。高性能であるがゆえに敵のボスより強い攻撃を背後から味方に放つ最悪の事態もある。
装備は問題ないが、気になったのは客の風体だった。中年男性なのは良い。今の時代、誰でもゲームはやる。ニルヴァでおっさんキャラを使う人は多い。気になるのは明らかにやる気がない空気だ。
丸い顔だが、落ち武者のようにやつれ生気がなく。目にはクマができている。覇気もなければ、元気もない。なにかの呪いが掛かっているのか、デバフがかかっているのかとすら疑いたくなる。
キャラメイキングに失敗した風には見えない。実物寄りを選択した結果できたキャラに見えた。仕事の延長で嫌々ながら飲み会にやってきた新入社員よりやる気がない。
時任の仕事は接待である。楽しんでもらって安全に帰すのが仕事。最初から楽しくないオーラを出しているお客は強いボスモンスターや凶悪トラップとはまた違う困難が伴う。
「さあ俺を楽しませてみろ」と言われたらおそらくとても苦労する。時任は内心を顔に出さないように気を付けながら挨拶をする。
「今回、接待役を務める時任三郎です。古代魔術師ですが、多少なら前衛もできます。今日はゲームを楽しみましょう」
「儂は大仁田寛治。よろしく頼むよ」
社会人なので挨拶はしてくれた。ここで「うん」としか返ってこなかったら投げ出したくなっただろう。
モルルン霊廟へは通常の接待コースなら近くの村までタクシーで移動する。村からは歩いてモルルン霊廟まで行く。移動中にトークで楽しませながら、モブモンスターに遭遇させて雰囲気を作るのが定石。
そんな空気ではなかったので、時任はタクシーを使って道程をショートカットした。目の前には口を開けた巨人の髑髏を模したモルルン霊廟の入口がある。
表情を引き締めて、大仁田に忠告する。
「準備はよろしいですか? ここからは危険なダンジョンです」
ハッキリ言えば、嘘だ。初心者が一人でくれば危険だが、経験者と一緒なら危険ではない。達成時の喜びを出すための演出として忠告だった。
「あれ」と大仁田が指差す。指先には小学生くらいの五人の一団がいた。一団はキャッキャッいいながら、走って入口に突入していく。
演出が台無しである。時任の横を子供たちが通り過ぎる時に恰好が見えた。装備は新品ではない。ある程度の経験を積んでいるのがわかる。
経験者が五人なら遊びでいける場所なのだが、間が悪い。これでは子供の遊びの空気が出る。
「子供を馬鹿にしてはいけません。子供たちはゲームに関しては呑み込みが良く、すぐに適応します。大人とは違います」
発言は真実だが、大仁田の心に響いた様子はなし。大仁田のはるか後方から、今度は主婦の四人組の一団がくる。ゲームなので姿を変えられるので、真の姿はわからないが、主婦のチームを見られるとまたテンションが下がる。
「行きましょう」とそそくさと大仁田を中に誘った。幸い大仁田は気付かなかったので主婦パーティーとの遭遇は回避できた。
中は薄暗いがお化け屋敷くらいには明るい。難易度が上がると灯がないダンジョンがある。中の状態に合わせて光源を準備する必要があるが、モルルン霊廟では不要だった。
石畳の通路に響く足音から子供の一団の進行方向を推測する。時任は子供たちとは逆方向に向かった。モルルン霊廟の魔物は弱い。先の子供たちなら楽勝だろう。
だが、子供が圧勝している光景は見せたくなかった。
分岐路に出たので、大仁田に尋ねる。
「どっちに行きますかね」
モルルン霊廟の中を時任は熟知している。どうやっても迷わない。宝の部屋もボスの部屋も知っているので適当に客を進ませて、外れるようなら誘導するつもりだった。
「任せるよ」と大仁田は素っ気なく返した。
よろしくない反応だ。楽しむ気になっていない。
とりあえず、敵の出る部屋に向かって移動する。部屋は大きな広間で中央に人を模した柱がある。柱を調べると、部屋の出入口が塞がれて、部屋の外周にスケルトンが召喚される。
スケルトンは数が多いが弱い。最初に部屋の罠に遭遇したプレーヤーは驚くが、よほど弱くないと死人は出ない。時任が部屋に入って自然に中央の柱に近付いた。適当な理由を付けて罠を起動させるつもりだった。
「それは触らないほうがいいんじゃないか?」
大仁田から注意が飛んだ。
「なぜですか? 宝が出るかもしれませんよ」
部屋の柱からはどう触っても宝は出ない。大仁田はチラリと見ただけで評価した。
「宝は出ないね。そんな感じじゃない」
お客が触るなと注意した物には触れない。ここで時任は疑惑を持った。もしかして、大仁田はモルルン霊廟の事前情報を持っているのか?
たまにいる、知っていて知らない振りをして接待役があたふたするのを楽しむお客だ。意地が悪いといえば、その通りだが時任は構わない。
楽しみ方は自由なので、お客の意地悪に付き合いピエロを演じるのもまた仕事と心得ている。また、時任はピエロになっても死なない自信があった。
「じゃあ次に行きましょう」
時任は大仁田の真意を探るべく、移動を開始した。