第十八回 恐怖の倍満直撃ダメージ
用語説明『スキル』は修得するとリストに載り、活性化して使用できる。職によって活性化できる数に違いがある。活性化したスキルを変更した場合は街に戻る必要がある。
時任は広場の旗を揚げ直し、頂のスコアを確認する。時任が25。Aが5。Bが5、CとDが0だった。
Aの文字が薄くなり、Aが戦闘不能状態になったことがわかった。Aだったシャオリーは戦闘不能による退場なのでこれ以上はスコアが増えない。
「現時点では俺がトップか」
頂のスコアが変化した。Bが25になり、Dの文字が薄くなった。知らないところで誰だかわからないDが戦闘不能で退場になった。
「残りは三人か、できればCがBを潰してくれればいいいんだがな。問題はBとCが仲間かどうかだな」
Cが0でBのスコアが25なので、BがDを倒して、戦闘不能を取得と旗の掲揚によりスコアを稼いだ。だが、Cが戦いを避けたとは限らない。
CとBが協力してDと戦う。Bが戦闘不能にする止めの一撃を入れてスコアを獲得したのかもしれない。
「本来なら様子を見たいところだが、消極策では死亡を避けられてもトップは取れない」時任は来た道を小走りに引き返した。
『約束の丘』では旗を掲揚しようとする多くのプレーヤーは右回りに進む傾向がある。なので、戦いに自信があるプレーヤーは開始共にダッシュで左に進む。
旗を揚げた場所で敵を迎え撃つのはオーソドックスな戦法だった。現にシャオリーも採用した戦術だ。
「BないしCが右回りを採用しているのなら、俺が逆に回れば早く会える。相手が協力しているなら、逃げながら対策を考えないとダメだな」
走っていると薄暗い道を猛ダッシュしてくるプレーヤーがいた。相手が先にダッシュしたので相手はスタミナ切れで時任を逃がさない自信がある。また、時任より早くに時任の存在に気が付いた。
ダッシュを使って近づいて来る敵は一人。時任は頂を見ると、掲示板にはCのスコアが5と表示されていた。今になってCにスコアが付いたのはBと別行動して旗を掲揚したからだ。
「現状は三つ巴か。なら、ダッシュで向かって来る相手は一人。一人ならどうにかできる」
時任は戦う覚悟を決めた。相手が近づいてくると、相手が確認できた。相手は丸い鍋のような盾を構えて突進してきている。
「あの見覚えのある盾は、もしかしてリリサ?」
盾に隠れているので顔は見えない。バックラーなんてオークションに行けば腐るほど売っているので確定はできない。
「なんにせよ、リリサが相手ならシャオリーと同じ理由で俺を殺しにくるんだよな」
距離があるのでオーブの光線を連射しつつ、後ろに下がった。盾で庇いきれない部位を狙ったが、光線は全て盾に吸い寄せられた。
戦士系のスキルに『イージスの盾』がある。ほぼ全ての攻撃を盾に集める効果だ。
『イージスの盾』とダッシュを合わせれば、遠距離攻撃職は一気に間合いを詰められる。
時任は魔法剣で戦う選択を“しなかった”。
クリスタルリーグへの挑戦権を得てる戦士に接近戦を挑む古代魔術師がいたら馬鹿である。『滑走』の魔法と『山彦』スキルを併用して使う。『滑走』対象はリリサではない、時任である。
次いでオーブで大攻撃を放つ。オーブの大攻撃は普段は使わない。オーブの通常攻撃よりは威力が強いが、反動が出るために連射できない。
そもそも古代魔術師は他のアタッカー職より攻撃力が弱いので、オーブの大攻撃を使うくらいなら他に任せたほうがよい。
時任のオーブから強い光線が放たれる。反動で時任が後ろに滑って移動した。時任は大攻撃の反動と『滑走』の滑る効果を利用し、攻撃と後退を同時に行う。
ダッシュでリリサは猛進して来る。反動を利用して後ろに滑っていく時任は後退する。リリサのほうが速いので二人の距離は縮まる。いずれは追いつかれるが計算の内だった。
「できるだけ長い距離を走ってスタミナを消費してもらわないとマズイからな」
短期決戦では時任はリリサに必ず負ける。リリサにはそれがわかっているから、遠い距離からのダッシュを使用した。
戦士系のリリサ相手に身体強化系や速度強化系の魔法やスキルで逃げるのは論外。リリサは武器を盾の後ろに隠しているが、以前に見た時は短槍だ。
「槍用の投擲系のスキルがあれば後ろを見せた時に死亡確定だ。上級者が短槍を投擲スキルで投げれば、百mは届くからな」
俗称で『倍満直撃ダメージ』と呼ばれる言葉がある。短槍の投擲スキル、能力強化、背面攻撃補正、武器能力搭載能力、必中スキルを合わせて、もろもろで十の効果が乗って出るダメージの俗称だ。
『倍満直撃ダメージ』なら古代魔術師は即死する。
『倍満直撃ダメージ』の対策はいかに相手の必中系スキルを見切るかが重要だった。見えていれば時任には必中系スキルの対抗策がある。見えなければ終わり。後ろを見せる訳にはいかなかった。
リリサはスタミナ切れになる前に時任に追いついた。盾の構えが解かれ、顔と武器がわかる。武器は時任の予想通りに短槍だった。後ろを見せなかったのは正解だった。武器よりもリリサの表情に驚いた。
昔の話だ。現国の授業で太宰治の『走れメロス』が取り上げられた。作中で『メロスは激怒した』との文を見て『激怒』って『怒り』の顔とどう違うんだと時任は疑問に思った。
「やっとわかったよ。激怒ってこういう顔のことをいうんだ」
リリサの槍が時任の顔に突きだされる。上体を反らしてよけようとした。どうにか避けられたが、次のリリサの蹴りが腹に命中した。ゲームなので痛みは軽減されているはずだが、忘れていた痛みを思い出した。
姿勢が崩れた時任だが『滑走』の効果が残っていたので、地面を派手に転がる。時任はどうにかオーブを手放さなかった。
「状況と残りのマナから使える魔法はあと一回か」
時任は使いたくなかったが、危険を承知で古代魔術の『お前か俺か』を詠唱する。『お前か、俺か』の効果は単純。対象となった相手か自分どちらかが戦闘不能状態になる。成功確率は四割と見積もっていた。
リリサが走り寄ってきて時任を蹴った。容赦なく蹴った。情けを掛けずに蹴った。殺意を込めて蹴った。憎しみを込めて蹴った。サッカーボールのように蹴った。脚を振り上げ蹴った。嬲るように蹴った。全力で蹴った。これでもかと蹴った。
蹴られるたびに時任は滑って転がっていく。リリサは気が済むまで蹴る気なのか、ダッシュと併用でひたすら蹴ってくる。
詠唱が途切れ途切れになってもどうにか魔法を完成させた。
リリサが口から血を吐いて倒れ、痙攣して白くなる。『戦闘不能』の文字がリリサの頭上に表示された。シャオリーの時と同じようにリリサが白くさらさらと消えた。
「危なかった。倒れた所を槍で胸を一突きにされていたら何もできなかった。リリサの敗因は怒りに囚われて、俺を蹴ることに集中し過ぎたことだな」
何度も蹴られて痛かったが、それ以上にリリサの怒り方に驚いた。
「あれは謝っても許してくれる怒り方じゃないね。安全エリア以外であったら俺は殺されるね」
勝利はしたが憂鬱になった。考え方を変えればまだマシかもしれない。リリサの怒り具合を知らずに、フィールドでバッタリ遭ったとする。
「話せばわかる!」「問答無用!」って具合にどこかの政治家のように殺されたに違いない。
頂を見ると時任スコア55。Bが35で止まっていて、暗くなっている。Bはリリサだ。Cのスコアは40に上がっていた。
「旗を揚げただけしてはCのスコアの上りが早い。Cは誰も戦闘不能状態にしていないから、頂上を占拠しているな」
Cが頂上を占拠しているのなら、残りの旗を全て上げにいっても時間的に先にCがスコア100を突破する。時任が勝つには真っすぐ頂上を目指して、残ったCを戦闘不能にするのが確実だった。




