第十四回 捕獲とか色々(上)
用語解説
『変異種』通常個体は違うが強いとは限らず、特殊なドロップをするとも限らない。
『捕獲用の魔法ロープ』魔物を捕獲するのに使用できる。グレードが高いほど成功しやすい。
虚ろな兵士を全部倒し終わった時には、周りに四十近い死体が転がっていた。徐晃もさすがに疲れたのか座り込んだ。時任が金目の物の回収を始める。
回収できる物といっても兵士が持っていた小銭くらいしかない。
兵士の頭に咲いている花には価値があるが、花を狙わないと簡単に倒せない。徐晃が後半に倒した虚ろな兵士の花は散っていた。
弱点になっている部位を狙うと戦闘後に回収できるアイテムの価値が下がる。ニルヴァのいやらしいところである。
「まずまずといったところでしょうか」と回収しながら答えておく。もちろん接待なので取り分は全てお客の物。
お客にしてみれば、時任に払う金を考えればマイナスだが、金持ちは楽しみに来ているので文句は言わない。
現実世界で真鯛を釣る趣味と似ている。道具に掛ける費用と時間を考えれば、魚屋で真鯛を買ったほうが安いのと同じだ。
徐晃は辺りを見渡して時任に尋ねる。
「おかしいな、一体足りない。どこかに逃がしたか?」
逃げた個体がいるとは思えない。包囲されそうになっていた徐晃は必死で戦っていた。とてもではないが、敵を数える余裕はなかったはず。
本当に一体がふと消えていたらどうか? 十体いた内の一体が逃げたのなら時任だって気付く。でも、四十以上いた中でそっと一体が逃げていたら気付かない可能性がある。
「逃がしたかもしれませんね。何か特徴がありましたか?」
逃がしたとは思えないが、馬鹿正直に意見すればお客は気を悪くする。こういう時はお客の主張が正しいとして扱ったほうが賢い。
徐晃は思案する顔で教えてくれた。
「特徴らしい特徴はなかったが、花の色が青ではなく紫だった気もする」
虚ろな兵士に寄生する花は青しかない。個体差はあるので紫に近い青だったのが正解だろう。この場では事実が正解ではない。お客が「紫」と言えば、紫で通した方が良い。
「私は目が良いほうでないので気が付きませんでした。変異種が混じっていたのかもしれませんね。いやあ惜しいことをしましたね」とさも残念がる振りをする。
ここは褒めるポイントだが、「さすがですね」と表現すると露骨なのでそれとなく、逃がした敵は惜しかったとして、遠回しに表現する。
接待業はこういう細かいところに気を使わないと、他の接待業との差が付かない。
「残念、逃がした魚は大きい、か」
徐晃は時任の言葉を疑っていなかった。惜しいという感情は冒険のスパイスになる。スパイスばかりだと、まずくて喰えない料理になるが、ちょっぴりあるとうまさを引き出す。
「変異種は極めて稀な存在ですからね」
魔物を倒していると時折、変異種が出るのは本当だ。変異種だから強いとは限らない。変わったアイテムが手に入らない時もある。
外見は微妙に違うが、プロでも気を付けないと気付かない違いなので、倒したことすらわからない事態も多々ある。
徐晃が急に視線を何もない場所に移した。
「どうしました?」と時任は尋ねると、徐晃が目を細める。
「何かがこちらを見ていた気がする」
時任は気が付かなかった。狂戦士と古代魔術師では索敵能力は狂戦士のほうが優れている。とはいっても、斥候、暗殺者、忍者ほどではない。
戦いの後で気が高ぶっているので気のせい、ないし見間違いだと九割九分思う。しかし、そういう態度を取ると不機嫌になるお客はいる。時任は戦闘になってもいいようにオーブを構える。
「敵ですか?」演技だが真剣に反応する。たぶん、敵はいない。何かがいたとしても小動物だと予想するが、ちょいと緊迫感を出した。
ふっと徐晃は笑い、立ち上がる。
「敵ではないだろう。きっと小動物か何かさ」
安堵した振りをして時任は武器を納める。
「よかった、連戦は辛いでしょうから水場に行きましょう」
正直に言えば連戦でも問題ない。虚ろな兵士の四十体セットが三回連続で襲い掛かってきても時任なら捌ききる自信がある。オーブ持ちの古代魔術師なら、マナを節約しながら戦えばマナ切れにはならない。
広いフィールドを駆けまわりながらでは、時間の掛かる戦いにはなるが勝てる。格下が相手なら物量で押されても対処しきれるのが、やり込み古代魔術師の強みでもある。
「時間を取られたので、水場まで動物を捕まえて移動しましょう」
時任は捕獲用の魔法のロープをバッグパックから取り出した。フィールドにいる乗れる動物は捕まえられる。特に『侵略の草原』では捕獲可能な動物が多い。
手順は動物の気を引いて、捕獲用の魔法ロープを使用。後はロープを引いたり、緩めたりを繰り返し、抵抗が止めば捕獲成功となる。
本当の野生動物は簡単に捕まえられないが、ゲームならでは醍醐味だ。
「どれどれ」と徐晃は興味を持ってくれた。捕獲用の魔法のロープを受け取るとシステム画面を展開して使用法を確認し始める。
現実で人間がもっとも恐れるものが死なら、ゲームで一番怖いのは飽きだ。接待では生きて帰らせるのは当然だが「つまらない」と思われたら負けである。
戦闘馬、戦闘象、突撃用の虎などはオークションで売っている。買えばすぐに使える。時任のベルトポーチの中には移動用の大烏を呼べる笛があるが黙っておく。
どうしても使う必要があれば使えばいいだけ。見せびらかすような興ざめの態度は厳禁である。
徐晃はさっそく馬を捕まえにかかった。馬の捕獲は難しい部類には入らないが、初心者はかなりの確率で失敗する。
時任の準備してきた捕獲用の魔法のロープは捕獲時に補正が付くグレードⅢの高級品だった。それでも初挑戦では成功は難しい。
「三回失敗するか、苛々しだしたら俺が捕獲しよう」と時任は徐晃を見守った。
予想通りに徐晃は二連続で失敗した。だが、徐晃は楽しんでいた。
「よし、コツがわかってきたぞ。次は行ける」
「そう簡単ではないんだけどね」と時任は思うが、温かく見守る。余計な口出しと手出しをして、不快になられたら時任の失敗だ。
急に馬の群れが移動し始めた。原因は馬の群れの近くに体重八百㎏声の緑熊が近づいてきたからだった。緑熊はそこそこ強い。初心者が一人だと死亡も普通にあり得る。
緑熊の弱点はトウガラシ。アイテム作成でトウガラシを使って『刺激玉』ができる。『刺激玉』を緑熊の顔に当ててやれば、逃げていく。初心者は『刺激玉』でやり過ごすのが定番だった。
「狩れれば満足するかな」と時任は判断する。徐晃一人では無理だが、時任がサポートすれば勝てる。
時任が戦闘を覚悟したが、徐晃は魔法の捕獲用ロープを手に対峙した。
「これはいただけないな。確かに緑熊は捕獲可能なモンスターだ。俺の用意した捕獲用の魔法のロープなら捕獲できる。だが、失敗すれば緑熊に先手を渡す。捕獲難易度も馬より高い」と時任は内心では困った。
本来なら止めてほしいとこだが、客のやる気を削いではいけない。時任は見守ると判断した。
徐晃が捕獲用の魔法のロープを使用した。捕獲用の魔法のロープが効果を現して綱引きが開始される。




