第十三回 お客様は狂戦士
用語説明
『侵略の草原』序盤から行ける場所。採取家はよくお世話になる。
モルルン霊廟から帰ると、劉にメールを送る。シャオリーとリリサへの説明時には少なくとも劉を味方に付けておかないと危険だ。物が物なので、殺し合いにもなりかねない。
劉はメールを送るとたいていは二十四時間以内に返信をくれる。今回は二日待っても返信がない。
「劉にしては珍しい。俺の知らないところでニルヴァに大きな動きがあったのだろうか?」
ニルヴァで大型アップデートがあるのなら情報屋は忙しい。事前に情報がわかれば、アップデート前に値が動くアイテムが予想できる。製作で金を稼いでいるプレーヤーなら金を出してもほしい情報だ。
気になったので劉の経営している四川料理屋に行って店員に劉の行き先を尋ねる。
「オーナーは冒険に行っています。しばらく帰りません」と回答があった。
おかしい、劉は冒険に出ないとずっと公言していた。気が変わることもあるだろうが、なぜ“今”なのかが気にかかる。店内を見渡すと、プレーヤーの店員が誰もいない。これも今までにない状況だ。
時任はそそくさと店を出た。リリサとシャオリーからは相変わらず連絡がない。他の情報屋を使って、モルルンの秘宝やザ・ゲイブの株の話を集めるのは怖かった。
「信用のできない奴を間に噛ませると、碌な展開にならない」
金塊の譲渡はいまだにない。リリサとシャオリーが消息不明で、劉も音信不通なので仕方ない。
「現状では金塊を貰っていたほうがトラブルになるし、これでよいのか、な」
翌日には接待の仕事が入った。貰えるかどうかわからなくなった金塊を当てにしては生活が行き詰まる。ニルヴァの月額課金は高額である。
月額課金プランはライト、ライト+、スタンダード、プロフェッショナル、エンタープライズ、プレミアムの順で値段が上がっていく。
数日だけのビジターとバカンスもあるが、長期で続けるならビジターは割高になる。
月額のライト・プランなら安いが、現実の肉体の維持にこまめなログインとログアウトが必要なので手間である。
長くログインしてゲームを続けるなら、肉体の健康維持サービスがあるスタンダード以上が必要だった。
仕事内容を確認する。行き先は『侵略の草原』でお一人様の接待だった。
「初心者が遊ぶには手頃な場所だな。迷わなければ問題ないところだ」
『侵略の草原』は『モルルン霊廟』と違い、地下への移動がない。広いが平面だけの地形である。ただ、危険はある。
霧が発生して視界を奪われる状況がある。方向感覚を狂わせたり、距離感をずらしたりする魔物もいるので、下手をすると迷う。
現在地を見失ったら、弱い魔物に連戦を強いられて死ぬ。
「そこだけ気を付ければ問題ないといえば問題ないんだか」
時任は了承の返事をしてお客を迎えに行った。お客は時任と変わらない年代の男性だった。体格はがっしり系。髪と髭は赤毛だった。
装備はバイキングヘルム、鎖鎧、グリーブと完全な前衛装備だった。武器は斧ではなく、両手用の和風金棒だ。
男は笑って挨拶してきた。
「徐晃だ。職は狂戦士だ。よろしく頼む」
名前は三国志の武将で、防具はバイキング似で、武器は和風なんだな。細かいことはいい。ゲームだから好きな装備を着たらいい。恰好が大事で馬鹿高いアバターを買うプレーヤーも多い。
狂戦士は斧を使うプレーヤーが多い。金棒はメジャーな武器ではないので質問する。
「金棒を選んだ理由は敵に合わせてですか?」
近接系で『侵略の草原』に挑む場合は打撃武器のほうが生存率は高い。事前に情報を得ているか、何度か行ったプレーヤーなら知っている。
徐晃は気さくな態度で答えた。
「最初は斧を使ったが、好きになれなかった。この金棒は古道具や投げ売りされていて買ったが、使いやすいから使っている」
金棒を鑑定していないから正確にはわからないが、名品だ。始めてすぐのプレーヤーがポンと買える品ではない。課金してゲーム内通貨で購入している。
接待役を付けるのだから現実世界でも金持ちだ。
「良い品を買われましたね」と愛想笑いを浮かべておく。
「ハハハ」と徐晃は機嫌良さそうに笑い返した。
『侵略の草原』に着いた。背の低い緑の草原が広がっている。まばらに広葉樹が立っていた。ところどころに色取り取りの花が咲いていた。
花の合間を蝶が飛び交い、緑の合間からは兎やリスが顔を出す。のどかな場所だった。
徐晃が草原をキョロキョロと見回す。
「いい場所だな。それにしてもニルヴァで使われている技術はたいしたものだ。新緑の香りがちゃんとする」
徐晃の反応を見るに『侵略の草原』は初めてと見えた。ネタバレにならないようにしながら注意をしておく。
「草むらからいきなり、モンスターがワラワラと立ち上がって来る危険性があるので注意してくださいね。それでどこかに行きたい場所はありますか?」
徐晃は武器を構えると意気揚々と答えた。
「とりあえず水場かな。大型の肉食獣がいるだろう。せっかくのゲーム世界だから思いっきり戦ってみたい」
戦闘を楽しみに来たお客か、これはやり易い。接待する側としては無目的でやってきて、「何か楽しい事をしたい」と漠然に頼まれるのが困る。
「では向こうに行きましょう」と時任は敵のいる方へ進んで行く。少し歩くと、叢の中から目が虚ろな兵士が立ち上がる。兵士は体に蔦を巻き付けて草を生やしている。
装備は様々だが共通点が一つある。全員が頭防具を装備しておらず、頭から花が咲いている。魔物は死体を操る花が本体だった。花を潰せば一撃で倒せるが、黙っておく。
「虚ろな兵士です」と魔物の名前を教えた時には徐晃は飛び出していた。徐晃が敵を金棒で殴っていく。
時任は低威力の強化系魔法で徐晃を支援する。時任くらいになれば、オーブの光線で弱点の花を狙い撃ちにできる。だが、それではお客の見せ場を奪うのでやらない。
体が軽く動くのか徐晃は魔物をガンガン殴っていく。躊躇いはない。
プレーヤーによっては人型の魔物を攻撃できない優しい人もいるが徐晃は違った。いかにも楽しそうに殴っていく。
「これはストレス発散にきたな。殴りたい衝動をヒシヒシと感じる」と時任は分析していた。
現代社会においては胸倉を掴めば暴行罪になり、殴れば傷害罪になる。ニルヴァにくれば可能なので日頃のうっ憤を解放できる。
「お金持ちはストレスなく、毎日気持ちよく過ごしている」は幻想だと時任は思っている。
生きていれば腹が立つこともあれば、我慢しなければならないこともある。アフリカの独裁者でも、アメリカ合衆国の大統領とて怒りと無縁ではいられない。
権力者であるがゆへに暴力に頼った解決ができない事態もある。
怒りが溜まった人間がゲームで発散できるのなら、発散してほしい。殺人や自殺に走るよりはよっぽどマシだ。
「エンタメ産業は心の酒であり痛み止めだ」
徐晃は強いが魔物が次々と起き上がってくる。倒される魔物の数より、集まってくる数が多い。徐晃と時任は包囲されつつあった。初心者集団なら焦るが時任には余裕があった。
「ここら辺が潮時かな」
時任も攻撃に回った。かといって、全部を倒しはしない。ピンチから脱出したときの興奮を味わえるようにしないといけないのが接待だ。
時任は魔物に囲まれないように退路上にいる魔物だけを先に倒す。
「撤退タイミングをどうするかだな。勝てるのに逃げたら不満が残る。かといって、逃げそこなってお客を殺したら俺のミスだ」
全方位に注意しながら、機を窺っていた。
「見切った!」と徐晃が叫んだ。徐晃は魔物の弱点が頭に咲く花だと気が付いた。
「まああれだけ倒せば気が付くよね」が正直な感想だが、ここは演出する。
「急いでください、敵に包囲されつつあります」
緊迫感を出す声色も慣れたものだなと発声してから自分に感心する。
「おう」と徐晃から返事がある。敵はまだ三十以上いる。狂戦士には『スタミナ限界突破』のスキルがあるので押し負けることはない。
ただ、『スタミナ限界突破』まで使わせると後の疲労が激しい。遊びなのでそこまで激しく疲れられたのでは困る。時任は徐晃から見えない位置で魔物の処理を始めた。




