第十回 ロマン魔法 『境界分離』
用語説明
『人形遣い』人形を使って戦う職。人形に装備できるパーツにより攻撃方法の変更が可能で柔軟な状況に応じて戦える。精巧な人形ほど壊れやすい。
部屋に出口が現れた。時任は鎧武者を調べるが、金目の物は見つからない。刀は良い品ではあるが、名品とまではいかない。鎧のできも良いが、街でお金を出せば買えるような品だ。
鎧はシャオリーの攻撃により破損しているので、売るなら修理が必要だ。
「回収券を使ったら、逆に赤字だな」
鎧武者の中にはミイラ化した人間が入っていた。身元がわかるものがないかと調べようとしたら、サラサラと砂になった。鎧武者は魔物扱いだった。
鎧武者の調査が終わるとシャオリーは斬られた腕の交換を終えていた。右腕はガトリングガンに変わっていた。人形用の銃パーツだ。シャオリーは人形の体であるのを隠すのを止めた。
バックパックから弾帯を出して体に巻いている。人形の腕に装備できるガトリングガンパーツは強い武器だ。欠点は弾の大量消費である。
ダンジョンで連戦をするには不向きな武器だった。ただ、次の一戦しか考えないなら、最適とも言える。
シャオリーの本体がどこにいるのかが気になるが、尋ねても教えてくれないだろう。本体の位置情報はシャオリーの弱点に直結する。悪魔戦の後にリリサと戦うなら時任にも知られたくないはずだ。
シャオリーが腕のパーツの動作を確かめてから指示する。
「問題ないね。ガトリングのパーツは悪魔戦までとって置きたかったけど、気が変わったね」
「最初の部屋であの強さの敵なら出し惜しみしたら危ないからな」
通路を進むと、先には小部屋があった。部屋に入ると入口が消えて、部屋の中央に台座に乗った金の狛犬が現れる。狛犬から声がする。
「謎かけに挑戦しますか? 謎は三問あります。一問でも正解できれば先に進めます。全問失敗した場合は最長で三時間この部屋から出られません」
答えてくれるかわからないが、質問した。
「謎かけに挑戦しなかった場合はどうなる?」
「どうにもならないです」
狛犬の答えにはトリックがある。どうにもならない、は何も起きないから無害の意味ではない。部屋に出口が現れないという意味と推理した。
謎かけに挑戦しないのを選べば出入口がない部屋に閉じ込められ本当に『どうにもならない』状態にされる。
ゲームのニルヴァの世界にも、飢え、渇き、窒息の概念は存在する。タクシー券などの移動アイテム、『強制排除』や『緊急脱出』の魔法が使えないなら、じわじわと死ぬ。
「やるね。謎を出すね」
シャオリーも時任と同じ危険性に気が付いていた。
狛犬が出題する。
「第一問最も小さい自然数は何か?」
簡単なようで引っかかる奴がいる問題だ。整数、自然数、素数の定義を曖昧に覚えていると間違う。最小の整数なら0、最小の素数なら2、最小の自然数なら1だ。
「1」とシャオリーはスッと答える。
「正解です」と狛犬が答えて、出口が現れる。シャオリーが時任に苦い顔を向ける。
「先に進むのに知恵がいるなら、リリサとの共闘はないね。リリサは強いけど馬鹿よ。きっといつまで待っても来ないね」
中々に辛辣な物言いだが、リリサの頭の良さは知らない。今回のような問題ならうっかり間違って答える奴もいる。
全問不正解で三時間の遅刻なら待つ方は痺れを切らす。それに、リリサ側の謎かけが不正解の場合、部屋での最長拘束時間が三時間とは限らない。
問題には正解したが、パーティーを分断する悪魔の企みは成功しつつある。
出口から先に進む。先は他の二部屋より広い造りになっていた。縦横が二十mはある。部屋に入ると背後で入口が消える。部屋の奥のプレートには『悪魔の従者の間』と書かれていた。部屋には誰もいない。
部屋の床がゆっくりと降下し始めた。慌てはしないが、何が起きるか用心する。床からいくつもの枝の付いた石柱が盛り上がってきた。部屋の縦横は二十mほど、高さは十五m、天井まである石柱が九本の部屋ができた。
何かの気配がした。部屋に誰が入ってきた。どこにいるかは、わからない。素早く部屋を見渡すが敵は見えない。シャオリーもガトリングガンを構えて警戒していた。
「見えない敵がいるね」
「同感だな、しかも気配を消すのが上手い」
縦横の広さに加えて枝のある石柱の存在、三次元の戦闘が予想された。
「意地悪な奴ね」とシャオリーが吐き捨てた。
シャオリーの悪態は理解できる。遮蔽物のない平面ならガトリングガンが撃ちまくれば敵の位置はすぐに補足できる。敵の場所がわかれば、後はひたすら連射で倒せた。
敵はおそらく姿を消して遮蔽物を巧みに使い隠れている。下手をすると、奇襲から即死の一撃があるかもしれない。
時任はわざと敵にわかるように『敵意感知』の魔法を唱える。感知系魔法を使い、敵が妨害してくる隙をシャオリーに突かせる作戦だ。
魔法が完成する前にシャオリーが動いた。シャオリーのガトリングガンが火を噴く。弾が石柱に当たって石柱を削る。シャオリーは敵の動きを感知した。だが、当たっている気配がない。
敵が近づいて来ないならこちらが有利だ。『敵意感知』の魔法が発動するが打ち消された。部屋の仕掛けではなく、敵の『感知妨害』の魔法か、アイテム系の対抗策だ。
「対策済みか、ならば絡め手だ」
『感知妨害』の魔法は効果を表せば消える。再度、『敵意感知』を先に使えばかかるが、時任は『境界分離』の魔法の詠唱を開始する。
『境界分離』は存在を現実世界と精神世界に存在させる魔法。魔法が発動すれば時任は現実世界と精神世界の両方に存在する状態になる。
時任を殺すには、両方の世界で殺さなければならない。許される誤差は四秒。四秒以上のずれがあると破壊されたほうの体は蘇生する。
ホワイト禁呪の一種である。マナ消費が激しいので古代魔術師でも使える時間は限られる。主人公のライバルポジションが使いそうな魔法であり、無理して覚えたロマンの魔法だった。
敵の居場所はわからないが、弾幕を張った状態の時任とシャオリーには近づけない。射撃音で詠唱が聞こえないなら時任が何を唱えているかはわからない。
『境界分離』が発動した数秒後に、シャオリーの弾幕が途切れた。スパッと綺麗に時任の首が刎ねられた。攻撃は上空からの一撃だった。首を刎ねられた現実世界の時任が倒れる。
精神世界の時任は敵の正体を見た。敵は短刀を両手に持った黒豹の獣人戦士だった。シャオリーの攻撃の隙を見逃さず、時任を瞬殺した実力は見事だった。
時任はオーブの固有能力である『邪眼の瞳』を使用する。
獣人戦士はシャオリーの頭を勝ち割ろうとした寸前の状態で停止した。シャオリーは停止状態の戦士の頭を左手で掴む。左手が大爆発した。普通なら戦士の頭も吹き飛ばす。
獣人戦士は爆発のコンマ数秒前で振りほどき直撃をどうにか避けていた。
ただ、黒豹の顔は爆発で焼けていた。爆発の直撃で耳をやられている。鼻も利かない状態だ。どうにか、戦士は石柱の陰に避難したが、シャオリーは逃さない。斜線上に捉えて、銃を撃ちまくる。
四秒経過により時任の現実世界の体は蘇生する。下手な手出しをせずにマナ回復に努める。ここから獣人戦士の反撃があれば、マナは必要だ。
銃声が止むと、シャオリーが戻ってきた。獣人戦士はピクリとも動いていない。
シャオリーが蘇生していた時任に感心する。
「生きていたのか、幻術の類か?」
幻術魔法や『身代わり』スキルのほうがリスクは少ない。二つの世界に分かれて、どちらかの存在が死亡状態でマナ切れになると、『境界分離』の効果はなくなり即死する。
「シャオリーの本体がどこにいるか教えてくれるのなら種を明かしてもいいですよ」
つまらなそうな顔でシャオリーは言い放つ。
「しみったれた男ね。モテないよ、そういうの」
部屋に出口が現れた。悪魔の従者を倒したので、これで悪魔との戦いに臨める。だが、最後で失敗すれば、全てが水の泡だ。
評価をみる判定回です。ここまでの結果が悪くても切りのよいところまでは続けます。
好評なら第二部の展開を考えます。




