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第一回 接待が仕事の古代魔術師

 用語説明

『ニルヴァ』没入体験型オンラインゲームの作品名。

『イデア王国」太平洋上に浮かぶ島国。


 暗い大空洞に獅子と山羊の頭を持つ怪物がいる。尾は毒蛇にして、蝙蝠の翼を持っている。体躯は大きく巨牛並み、キマイラである。


 キマイラに立ち向かうは重装の騎士と赤い服の魔術師である。


 魔術士の名は時任三郎。ヴァーチャル・オンライン・ゲームの世界のニルヴァにて古代魔術士のジョブで通す、接待で暮らす男である。


 時任の武器は赤いオーブ。攻撃手段はオーブから出る光線である。時任はキメラを狙い撃っている。地味な攻撃であるが、着実にキメラのライフを削っていた。


 時任は無理に魔術を繰り出させず、目の前の光景を観察しながら戦っている。


 前衛で戦っている騎士はキメラの攻撃を盾で防ぎつつ、剣で攻撃していた。防御も攻撃も上手ではない。だが、二人の地道な攻撃によりキメラは打倒できそうだった。


 キメラがバックステップを踏んだ。騎士はキメラの縦回転蹴りを警戒して下がった。

「悪手だな。拙い経験が間違った選択をした」と時任は分析していた。時任は位置を変え騎士から充分に距離をとる。


 キメラは跳びあがらずに、獅子の顔が炎を吐く。騎士が反射的に盾を構えた。盾に炎が当たり、裂けて炎が拡がる。


 普通の炎のブレスは単発だが、獅子の顔は炎を吐き続ける。獅子の顔が炎の切れるタイミングで山羊の顔が火を吐く。結果、キメラは交替で炎を吐き続ける形になった。


 騎士は防御を解除すれば火に包まれる。解除しなくても徐々に熱は鎧を通して内部に通じる。ゲーム内のニルヴァでも同じである。


「キメラのスタミナを考慮すれば騎士は焼死。そうさせないために俺がいるんだけどね」


 時任は騎士が陰になり炎のブレスが届かない位置にいた。時任はオーブの力を解放する。時任のオーブは『邪眼の瞳』、効果を発揮すれば敵は硬直する。


 ブレスのような持続攻撃は中断される。キメラの炎が止んだ。騎士の前には棒立ち状態のキメラがいる。騎士は戦闘経験が少ないせいか、攻撃のチャンスを逃した。


「ありゃま」と時任は残念に思うが、苛立ちはしない。騎士には内緒だが時任は接待のために同行している。お客が下手なのは計算の内だ。


 ミスをフォローできるから仕事になる。『これ、俺要らないよね?』と思えるぐらいにお客が上手いと時任の評価は下がる。時任は『滑走』の魔法をキメラに準備する。


 騎士が我に返って剣を振り上げた時にキメラは動き出した。キメラは騎士の剣を無理に回避せずにヤギの角で受けようとした。隙を逃さず時任の滑走が発動する。


 キメラは踏ん張りそこなって剣を受けそこなった。山羊の眉間が剣で割られる。騎士はチャンスを見逃さない。獅子の頭にも騎士は剣を振り下ろそうとした。


 獅子の頭が回避しようとしたので、時任はオーブの光線を獅子の目にピンポイントで当てる。


 キメラの防御力は高いが目は別である。獅子が目を閉じた。できた隙に騎士の剣が振り下ろされた。山羊の頭が生きていれば視界が生きており回避できた。されど、山羊の頭は流れる血で視界不良だ。


 獅子の頭に騎士の一撃が決まる。獅子の頭は意識を失いこそしなかったが、衝撃でまともに機能しない。


「勝ったな」と時任は判断したが、油断はしない。こういう時に別のモンスターが乱入してくる事態はよくある。時任は辺りを警戒しつつ、キメラの本体に弱い攻撃を入れて行く。


 活躍しすぎるのも接待ではマイナス評価だ。


 騎士は有利になったと悟ったのか、猛攻に出ていた。騎士の技量は上級者ではない。だが、流れは時任側にある。あとは力押しでいける。


 勝ちがほぼ確定の場合は、客に戦わせて華を持たせないと、仕事の再依頼はない。ここは時任の商売勘である。


 危惧していた他のモンスターの乱入はなかった。騎士が止めの一撃を入れて、気持ちよく勝利の叫びを上げる。お客の騎士が上機嫌で勝ってくれたので、時任は安堵した。


「どうにか九割方終了だな」


 この世界はゲームである。だが、四回死んだ場合は人格や記憶が別人の者と書き換えられると規約にある。真偽のほどは定かではない。


 単に緊張感を持たせるための一文かもしれないが、ニルヴァを運営する団体のザ・ゲイブには謎が多く、資金源も不明のため嘘とも断定できない。


 運営団体が存在するイデア王国の名が日本史に登場するのが、一八五二年と新しいので日本人にはよく内情がわかっていない。


 日本人から見ればミステリアスな雰囲気を出しているせいもあり、ニルヴァは注目されていた。


 イデア王国のプレーヤーから「どこに行けば侍や切腹が見れるのか?」と質問されたの、でイデア王国の人から見れば日本も不思議な国なのだから、お互い様とも言える。


 騎士の興奮が収まったところで、時任は話しかける。

「モンスター回収券を使いますが、いいですか?」


 モンスターを倒した場合はその場で解体して必要な素材を持って行かねばならない。だが、巣穴での解体は危険である。場合によっては血の臭いが別のモンスターを呼ぶ。


 重量があれば全ての素材を持っては帰れない。


 ここで有償の回収券を使えば、専門のNPCスタッフがすぐに引き取りにきてくれる。回収できる素材の回収率もぐんと上がる。解体失敗によるロスもない。


 騎士が自慢げに申し出た。

「ここに来るまでの道中に色々世話になったから私が回収券を使おう」


 仕事が上手くいっている時は、大概の客は回収券の使用を申し出てくれる。

「お気遣い痛みいります」と時任は頭を下げた。


 回収券の経費は依頼を受ける時には計算に入れている。だが、時任が使わなくても返金はない。お客が気前も良く出してくれるのなら有償の回収券チップとしてもらっておく。


 こうして溜まった回収券は馬鹿にならない額になる。


 遠慮は不要。良い気分の客にはお大臣気分のまま帰ってもらうのが、時任のポリシーでもある。

 騎士がポーチから回収券を出して千切る。


 黒いフードを着て猫耳を生やした六人の集団がどこからともなく現れて作業を開始した。


 ここまでくると問題ない。他のプレーヤーが襲ってきても横取りできない。


「帰りはタクシーを使いますか? 雰囲気が壊れるので嫌だって人もいるんで無理強いはしないですけど、使うならタダ券が余っているんで出しますよ」


 タクシー召喚券はどこでも使える訳ではないが、使えばタクシーがやってくる。時折、『どこからここに入ったんだ?』と思える状況もあるが、使うと安全に街に帰れる。


 もちろん、タダ券は嘘で事前購入してあり、経費に計上している。

「うん」と騎士はすぐに答えない。理由はわからないが、時任としては使って欲しい。


 接待は客を安全に街まで帰すまでが仕事。帰りにうっかり、ぽっくり、いかれてはタダ働きになる。


 強要はできないので時任はやんわりと誘導する。

「私も疲れたので強敵を倒した後ではお疲れかと思いました。さきほどの回収券のお礼の意味もあるのですが、無用ですか?」


 さりげなく疲労とお返しをアピールしておく。日本人ならこういう言い方が琴線に響く。ここで断られたなら、まだ楽しみ足りないので付き合う必要がある。


「無理に付き合わせるのも時任くんに悪いか、ここはお願いしよう」


 誘導は成功した。時任がポーチからタクシー券を出して千切る。洞窟の闇の奥からタクシーが現れた。どうやってここまで来たかは相変わらず謎だ。ゲームなのでそこは気にしない。


 タクシーに乗ると内側から窓の外は見えない。


「街まで」と頼むとタクシーは走り出す。だが、二十秒で停止。タクシーのドアが開いた時にはもう明るい街だった。時任の仕事はこうして無事に今日も終わった。

モルルン霊廟編は十二話まであります。

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