少年の風景 <見返りウサギ>
緑に囲まれた霊園を出て坂道をゆるゆると下りて行く。
5月の声を聞いて晴れた日の日差しはますます強く、僕はジーパンのポケットからまたハンカチを出した。
ハンカチがしっとりしているのはお墓のお掃除の後で手を拭ったからだ。
涙で濡らしたわけじゃない。
「泣かない!!」って
和姉と約束したから……
だから
今、拭っているのも汗だ!
僕は元気にしているよ
大体は……
部活だって!
ちゃんとやってる!
そう!
だから!!
ゴールデンウイークになるまで
お墓参りに来れなかったんだ!!
僕だって忙しいんだよ!中間テストだってあるし……
いつか、和姉に
僕の夢が報告出来るように
その報告に相応しい自分になる為に
勉強だって頑張ってる!!
「和姉が居なくなって寂しい」って
思う暇がないくらいに
忙しくしているはずだけど……
頭の中の和姉に語り掛けていたら
悲しみが溢れて来る。
そしてあの……
ハムスターのゲージの中みたいな病院の個室での出来事が思い出される。
あの時、
左手をカテーテルに繋がれたままの和姉は僕の手を取って上気した自分の頬に当てて尋ねた。
「私、温かい?」
突然の事に僕はドギマギしながらも夢中で頷いた。
和姉は少しだけ荒れた……吐息の様なため息をつき、僕の胸の下でモゾモゾと右手を動かし、バジャマのボタンを一つずつ外していく。
そのたびに、襟の間から真っ白い素肌が露わになって来る。
そうして開いた胸に和姉は僕の顔を抱き込んだ。
それはとても柔らかかったけど磁器の様にひんやりとしていた。
「私、温かい?」
僕は必死で頷いたけど零れた涙で和姉を濡らしてしまい、和姉の腕は更に僕を抱き込んだ。
「本当に優しい子……でも私の思い出は涙にしないで」
そう言いながら涙味のキスを僕にくれて……和姉は布団の中へ隠れてしまった。
「ググッ!」
耐え切れず洩れそうになる嗚咽を引き剥がすように一陣の風が吹いて
向うに見えるレンゲ畑を揺らす。
その風に導かれた僕はレンゲ畑に足を向けた。
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昔、和姉が編んでいたのを横で見ていた僕は、その記憶を思い起しながらレンゲを編んでいる。
リースにするには最後はどの様にするんだろう??
編んでいる手を止めてぼんやり考えていると、茶色の塊がドスン!と膝に乗っかった。
「えっ?!」
ソイツは長い耳がピン!と立った茶色のモフモフしたウサギだった。
「野ウサギ??」
でも、このウサギはとても人慣れしていて……僕の膝の上でくつろいだ挙句、編んだレンゲの花をつまみ食いし始めた。
「えっ?!食べて大丈夫?」
思わず覗き込んだ僕の頬にポチン!とキスしてウサギは膝から飛び出した。
「待って!!」
慌てて呼び止めたら
僕を振り返ったウサギの目は
僕にイタズラを仕掛けた時の和姉と同じだった。
おしまい
思春期の少年の胸に深く残るざわめきと切なさを少しでも表現できれば良いのですが……
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