瞬間の循環
ある晴れた午後、特に理由もなく立ち寄った古本屋の一角で、私は不思議な本を見つけた。それはひっそりと埃にまみれた状態で、私を待っていたような気がした。本のタイトルは覚えていない。
開いたページには、私の幼い日々の冒険、家族との日常、学校での出来事が緻密に記されていた。それはまるで私自身が書いた日記のようだった。しかし、私が書いた覚えはない。その本は私の人生を、まるで外部から見ていたかのように克明に描写していた。
不気味に思いながらも、その本に憑りつかれた私はページを読み進める。大学進学から就職、結婚、何から何まで間違いなく私の人生そのものだった。
本はやがて今現在の私に近づき、次の章では、ついにこの瞬間の私が描かれていた。
私が古本屋で本を読んでいるシーン、今抱いている不安や疑問までが、細かい筆致で描かれている。それは、私の心の奥底を覗き見るような体験だった。本の内容と私の思考は完全に一致し、次第に主体がどちらにあるのか分からなくなっていった。周囲の時間が、驚ほどゆっくり流れ始めている事にも気が付いた。奇妙な陶酔感の中で、私は、自分自身が長らく呼吸すら忘れいていた事を思い出したが、それもまたページに書かれていた。
最後のページを捲った所で、私の記憶は途絶えている。