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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

パパラ・ネグラ

作者: うっさこ

どう料理しようか。まずそれに悩む。

眼の前にあるのはパパラ・ネグラが二匹。


そもそも、パパラ・ネグラを知っているだろうか。


これはまず一般的な市場に出回ることのない、秘境に住む生物だ。

体格はざっと、一抱え。

ナイフで刺しても、よほど急所に当たらなければ、まず倒れない。


鋭い牙、鋭い爪、夜目が効き、手負いに成れば逃げるよりも向かってくる。

で、あるから遠くから弓矢で射るのが一般的な狩猟方法だろう。


近づかれたら、手傷を負う覚悟が必要だ。

大型から中型に分類されるものの、そのリスクに対して希少性は低い。


まず肉が硬い。可食部も少ない。

煩雑な毛皮が分厚い皮膚層を形成しており、脂肪層も少ない。

鋭い爪には微量の毒があり、四足の肘にかけて毒線が走っている。

解体の際にはまずこれらに対する処理が必要である。


眼の前に二体ある。コイツラは俺を襲ってきた。

偶然にも、手にしていた大ぶりのナタが、一体の脳天を一撃で叩き割れた。


頭蓋骨を叩き割ったナタが、パパラ・ネグラの頭部から間欠泉の様に血を吹き上げさせた。

それを見ていた後ろのもう一匹が、すり足で下がるのを見た俺は、覚悟を決めてナタを引き上げ、叫びを上げてそのまま振り下ろした。


一心不乱に叩きつけたそれは、パパラ・ネグラの肩口から胸ぐらまでを深く切り裂き、

抵抗を受けるまでもなく、大量の返り血を吹いて、二匹目も即死した。



計画性のない狩猟。眼の前には図体のでかい戦果が二体。

放っておけば、要らぬ獣を呼ぶことになるだろう。


陽が傾き始めていた。放心している暇はない。決断が必要だった。



まずは、手に負えない四足の肘から先をナタで叩き落とす。

ババアが言っていた。パパラ・ネグラの毒線の事について、記憶を引っ張り出す。


この毒線は、腐食を早める。生肉、野菜、或いは乾物であっても。

水に放り込めば、数日で緑色化し、虫が湧く。腐臭を放ち始める。その腐臭が獣を呼ぶ。


パパラ・ネグラの死体をそのまま放置すれば、

肘から先に毒線の液が逆流し、あっという間に酷い有様になる。

だから、まずは毒線ごと叩き落とす。これは血抜きよりも先だ。


落とした四足を放置して、次は首筋にナタの刃を立てる。

勢いが悪いが、連中の赤い血が漏れ出てくる。

落とした四足の切り口からも抜けているから、コレでも大丈夫だろう。


返り血がついた口元を拭って、連中を吊るすための背負カバンからロープを取り出す。


中型の獣というのは重い。これがヌットルやケッペラなら苦労はないのだ。

それが二匹も有る。辺りはにわかに、血の匂いで充満する。


落ちていく日差しに、汗がにじむ。緊張と恐怖が一転し、苦痛と苦悩、疲労へと転化していく。


パパラ・ネグラ二匹を吊るし上げるのに時間こそ掛かったが、血抜きが進んでいく。


血を抜いている間に、穴を掘る。落とした八本の四足を放置していていいことはない。

あまり深く掘る時間もないので、申し訳程度、沈むくらいにしておく。処理しないよりはいいだろう。

散乱した血も混ぜて放り込む。吊し上げた二匹は今、この瞬間も血溜まりを作り続けているが。



血を抜きながら、頭を落とす。断末魔という他ない。白目をむいて、口をだらしなく開いている。

コイツラはどういうつもりで俺に向かってきたのだろう。今更ながらに、表情がその無念さを感じさせる。


コイツラにはコイツラの事情があって、俺を襲ってきた。

俺はそれに対して、生きるために抵抗し、運良く俺が生き残った。


打ち捨てて逃げ帰るという選択肢もあった。現に、陽は沈み続けている。

限界は有る。それでも、持って帰って、食ってやる。そういう気持ちがフツフツと湧き始めていた。


俺を食いたかったのだろうか。それほどまでに飢えていたのだろうか。


剛毛をかき分け、そのシワがれた皮膚にナタを差し込む。

コイツラの毛皮にはそれこそ価値がない。

毛が深すぎ、撥水も悪く、保温性も悪い。肌触りが良いというわけでもない。

その毛並み、種としての価値はきっと、俺たちには一生かかってもわからない理由があるのだろう。


肉に対して分厚めに皮を切り裂いていく。この皮もここに捨てていくしか無い。

腹に深く刃を差し込み、臓物を引き出す。腐臭が吹き出す。その異様さは即座に解った。



腹に詰まったのは大量の虫であった。コゲラである。山のようなコゲラが腹に詰め込まれていた。



コゲラは食っても栄養にならない。ヒトにとっても常識であった。

コゲラが有るからと言って口に入れてはならない。腹に詰め込んではならない。

食っても食っても、手足は痩せ、腹ばかりが膨らんでいく。



このコゲラは時折、作物を食い荒らす大量繁殖をする。

それでも食われた作物を取り返すとばかりに捕らえて食ってはならない。



ヒトが幾代も時を重ねて覚えた、伝えた教訓を、パパラ・ネグラは知らなかったのだ。


コゲラの詰まった臓物を引き出す。自然と涙がこぼれ始める。

満腹の中で、連中は飢えていたのだ。どうして良いか分からず、衰えていく中で。

朦朧とした意識の中で、目に映った俺に襲いかかったのかもしれない。

その衰えに判断が鈍り、頭を割られ、首筋を断たれて、返り討ちにあった。


そんな寸瞬を、「ヒトの感情」で想像する。


二匹目のパパラ・ネグラの腹の中からも山程のコゲラが出てきたので、その想像は真実味を増していく。


落とした首の無念に開いた口が、白く濁りきったその見開かれた目が、

手を進める横目で、まるで訴えかけてくるようであった。



落とし引きずり出した臓物を、同じ様に穴を掘って埋める。

額の汗を拭う空は、朱色に染まってきている。


滴り落ちる血も最早なく、地面に作られた血溜まりは、少しずつ乾き始めている。


分厚い皮膚を手繰っては落とし、切り落とす。

分厚い皮膚を手繰っては落とし、切り落とす。


幾度、十重二十重とえはたえと繰り返し、赤い身を掘り出していく。


予感はしていたが、村へ帰るのは最早難しい時刻だ。


腹が減った。大物の作業を一人で行っているのだ。中型、それもギリギリの中型だ。それを二匹だ。

だがその空腹と、疲労以上に、必ず食ってやるという気持ちがより強くなってきた。


それは、無知であった二匹へのせめてもの手向けと、慈悲の心でさえあった。


木に吊るすロープと結ばれた後ろ足の大腿だいたいを落とす。


ドサリと音を立てて、ついに赤い肉となったパパラ・ネグラが地に落ちる。

もう一匹も同様に大腿を切り落とし、そこに肉が横たわる。


改めて見る。筋が張っている。だがどこか痩せている。硬みが有る。

血はなんとか抜けているが、やはり臭いは残った。



手早く切り分ける。二匹分とも成ればカバンに詰め込めるギリギリの大きさだろう。

陽が沈む前に少なくとも、この臭いが充満する場を退かねばならない。

他の獣の餌食になるのは御免である。



後始末も程々に足早にその場を逃げ出したのは、空に星が見え始めた頃であった。


腹が減っている。それにこの臭いだ。身体に浴びた返り血もある。

足早に、最寄りの沢へと歩を進める。野営をするには向かない。一種の賭けになるだろう。

だがそれでも血の匂いを残したまま、喉の乾きと空腹を抱えたまま、村へと足を向けるよりはずっといい。


土質からコロコロとした小石に足の裏の感触が変わるのを感じ、耳にも沢の音が届く。

自然と歩調が勢いづく。

小石の隙間に足を取られそうになる前に、荷の詰まったカバンを下ろし、沢の水に飛びつく。


手を濯ぎ、すくい上げた水に喉を潤す。生水の恐怖を感じている暇はない。

顔を洗い、汗を拭う。手に滲む加齢臭と汗の臭いと、血の臭いが入り混じり、思わず嗚咽する。


腕や脇に至るまでを流水で拭い、小ざっぱりした頃には陽が落ちきっていた。

夜目にカバンを探り、火種と括り付けた枝を卸す。

手近な石で火を打って、周囲に煙と灯りが炊かれる頃には、空腹が限界となっていた。


灯りの視認できる範囲でかき集めた枯れ木を炊きつつ、足の裏や肩や腕を確かめる様に揉みほぐす。


そして、いよいよと思い切って、パパラ・ネグラの赤身を、カバンから取り出す。


食うのは初めてだ。一応は食えるというのは知識としてもっている。


灯りに身を向けて、赤身をナイフで薄く削ぎ落とす。

硬い。まず印象はそこにあった。


焚き火で薄肉を炙ってみる。みるみると縮み、白く濁っていく。


それを口に運ぶ。乾いた口に、乾き、繊維質な肉が放り込まれ、歯にすり潰される。

一瞬の苦味。口の中でボロボロと崩れていく。歯と歯の隙間に挟まるような感覚。


今度は少し厚めに切り分ける。ナイフに挿したまま火にかけても油が滴るようなこともない。

みるみる縮み、白く、そして黒くなっていく。


パパラ・ネグラの命の味がそれだった。彼らが飽食であったなら。或いは知的で謙虚であったならば。

或いは、口の中に感じるそれはまた「美味」であったのかもしれない。違う感情も湧いたかもしれない。


ただ、硬く、ボソボソとした、焼肉。或いは、直ぐそこの沢の水で煮込めばまた違うのかもしれない。

もっとマシに、彼らの無念を食ってやる方法は、確かにあるはずだ。


しかしここには鍋も調味料もない。この暗がりでは香草や可食果実を取りに行くこともできない。

有るのは、飲むための生水と、パパラ・ネグラの二匹分の生肉だ。


焚き火の熱を蓄えた肉は、喉の奥へと潜って、腹に貯まる。

朝まで俺が生きていさえいれば、また別の食い方を試してやることができるだろう。


そのために、今を食う。

夜中、獣に襲われないことを祈りながら、命をつなげることを信じて、肉を食う。


腹を満たすには十分すぎる量だ。

そして、あの場に残してきた臓物や残骸も、夜の獣には十分な食料のはずだ。


お互いに欲をかかなければ、今夜を生き残れる目はあるだろう。

判断を誤ったという後悔はない。まだ残された義務感と、僅かな達成感が有るだけだ。


沢に腰掛けた足の裏を揉みほぐす。そうしている間に、薄っすらとした眠気が訪れる。

眠る前に、沢の水を二掬い(ふたすくい)、口に含んでおく。無事目を覚ますことができる事を祈って。



身体を横にして、夜空を見上げる。口の中に、パパラ・ネグラの肉が反芻するように、思い出される。

どう食ってやろうか。どうしたら食えるだろうか。


濯ぎきれなかった歯の間に挟まる、肉片を爪で削ぎ落としながら、空を見上げているうちに、

まぶたが重くなっていくのを感じる。


焚き火が音を立てる。まもなく火も落ちるだろう。辺りに煙が漂っているが、それも時期に流れていく。


空気が濃くなっていくのを感じながら、意識は夢の中へと落ちていった。

とある世界のとある猟師が主人公です。

猟師が翌朝を迎えられたかどうかは想像にお任せします。


このお話は、一人の猟師が、思わず殺めた獣とどう向き合ったかの話です。

その人生の一部分の切り取りとはいえ、ほんのりと死生観を感じ取っていただければ幸いです。


感想、歓迎です。


[お試しリハビリ] お題で短編書くよ!

https://www.youtube.com/watch?v=3al4TT2kAsE


この配信をしながら、即興で書きました。

(なお、お題提示者がいなかったので、こっちで勝手に決めました。)


よろしければ、どんな雰囲気で書いていたのかも御覧ください。

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