第8話 見えぬ炎槍
皆人がレインと出会い、樹海を歩き始めて10日がたった。
朝早く起きて、日中は時々魔獣を倒しながらひたすら歩き、夜は早く寝るの繰り返しだった。
皆人も積極的に魔獣と戦い、寝る前などの暇な時間は魔法の教科書を読んだのでかなり戦う力がついてきた。
それもあってここまで怪我などはしていない。
皆人は順調にこの生活に適応していた。
この日、レインは皆人に直々に新たな魔法を教えると言い出した。
「そういえばレイン先生が特定の魔法を直接教えてくれるのは初めてですね」
皆人が今習得している魔法は全て教科書を見て魔法陣と呪文を覚えることで習得したもので、レインは威力調整などのコツを教えただけである。
今回は呪文・魔法陣から発動中の魔力操作、コツまで1から全て教えてくれるという。
「そうだね。これから教えるのは私のオリジナル魔法にして、私の切り札。君ならこれも使いこなせると思ってね」
レインが自信満々に自分で作った魔法を切り札と言い放つ。
「先生魔法の開発もできるんですか?」
「うん。戦っている中でこういう魔法が欲しいなとか思うことも多いからね。あとオリジナル魔法は相手に対策を取られにくいし」
皆人は今の発言から、レインはかなり戦闘と密接な関係がある人なのだろうかと思った。
対人戦も経験していると解釈できるような発言に、レインの素性が気になったが、何となく聞かない方がいい気がしてそれには触れなかった。
「なるほど、では今度僕にも魔法の作り方を教えてもらえますか?」
「いいよ、別の世界から来た君なら私たちが思いつかないようなすごい魔法も作ってくれるかもしれないし!いい魔法できたら私に教えてね」
「いいですよ、まあできるか分かりませんが。それで、先生のオリジナル魔法とはどんな魔法ですか?」
皆人が話を元に戻す。
「この魔法は特殊なスキルで超高速移動をする相手に対抗するために作った、スピードに特化した魔法だよ。その名も、フィアスピアース。実際に見てみたほうが分かりやすいと思うから、まずは犠牲となる哀れな魔獣を探そう」
レインはそう言って、あたりを探し始めた。
10分ほどで実験体は見つかった。
背中に大きなキノコが生えたような人型の生物だ。
「何ですかあれ……」
地球では見たことがないような衝撃的な姿の生物に皆人が絶句する。
「あれはホモ・テネブリスにコウラダケが寄生したやつだね」
ホモ・テネブリスはヒトほどの知能はないが腕力に優れた類人猿の魔獣である。
コウラダケは哺乳類に寄生して脳を乗っ取り、体を操る菌類だ。
寄生した生物の背中に大きな傘を作るという特性がある。
「目標までの距離は100グラヴくらい……ちょうどいいね。じゃあ見てて」
レインはそう言って右手を前に掲げた。
皆人が見た感じ、魔獣までの距離はまだ100メートルほどある。
皆人にはそこまで届くほど射程の長い魔法は使える気がしなかった。
レインが呪文――魔法名を唱える。
「フィアスピアース」
掲げた手のひらの前に赤い魔法陣が出現した次の瞬間、レインの手の先でドサッという音がした。
皆人が音のした方に目を向けると、先ほどの魔獣が地に倒れ伏していた。
皆人が分かったのは、魔法陣が一瞬光ったのとほぼ同時に人型の魔獣が倒れたということだけだった。
どんな魔法があの魔獣を倒したのか、まったく見えなかった。
レインが魔獣の方へ向かって歩き出した。
皆人もそれについていく。
近づくにつれて倒れた魔獣の様子がよく見えるようになってきた。
同時に肉が焼けたような匂いが漂ってきた。
魔獣は胸に開いた1円玉ほどの大きさの穴から血を流し続けていた。
穴の位置的に心臓を貫かれているだろう。
まるで銃弾で殺されたようだと皆人は思った。
「どう?何が起こったか分かった?」
レインが得意げな顔で皆人に尋ねた。
「いえ、先生の魔法でこの魔獣が死んだということしか分かりません。ただ、先ほどの先生の言葉とこの状況から推測するに、超高速の細い何かが魔獣を貫いたと思われます。そして魔法陣の色を見る限り、火属性魔法ではないかと」
皆人が自分の予想を口にする。
「おおさすが、その通り。フィアスピアースは炎の槍をすごい速さで飛ばす魔法。前測ったときは秒速500グラヴくらいだったかな」
グラヴというのはこの世界の長さの単位だ。
明確な定義はわからなかったが、レインが手で示した感じ、メートルとそう変わらないだろうと皆人は判断した。
とすると、秒速500グラヴは秒速500メートル、およそマッハ1.5ということになる。
「それではさすがに見えませんね。確かに超音速ならいくら速く動けても避けるのは難しそうですね」
皆人は魔法が音速を超えるほどの速さを作り出せることに驚く。
いや、この魔法を作ったレインがすごいのかもしれないと思い直す。
「でしょう?消費魔力もそんなに多くないからかなり使い勝手いいんだけど……使うのにかなり高い適性が必要みたいで、私以外に使いこなせた人はまだいないんだ」
レインがそう説明する。
「なるほど……先生は僕になら使いこなせると?」
「うん、君は私がこれまで見てきた中でたぶん一番魔法の適性が高い。君なら使えると思うよ」
レインが太鼓判を押す。
「では、そのフィアスピアースを教えていただけますか?」
「うん、じゃあさっそく教えてあげるよ!」
◇ ◇ ◇
レインからフィアスピアースを教わり、皆人はさっそく試し打ちしてみることにした。
いきなり実戦は不安だったので、何もないところに撃とうと思っていたのだが……
「なんかまずそうなのに出くわしてしまいましたね……」
「ヒュマンドコア……殺人虎、かなりの強敵だね」
鋭くとがった牙に、圧倒的な殺気を放つ眼をもつ、いかにも狂暴そうな虎の魔獣に遭遇してしまった。
魔獣が自分たちを獲物と認識し、今にも襲い掛かろうとしているのを皆人も感じ取った。
戦闘は避けられなさそうだ。
「殺人虎、ですか?物騒な別名ですね」
「うん、ヒュマンドコアは戦いを生業としている人でも1人で遭遇した時の死亡率は5割に達するほど強力で危険な魔獣だよ。でもあの長い牙が結構高く売れるし、肉もおいしいから捕獲しようとする人はいなくならない。それで毎年多くの人が亡くなっているんだ」
レインの神妙な面持ちに皆人が少し不安になる。
いつも魔獣に遭遇した時はレインは後方で見守っていて皆人に戦いを任せるのだが、今はまったく油断している素振りを見せず、すぐに動ける体勢をとっている。
「レイン先生でも厳しいですか?」
「いや、私にとっては大したことない。でも油断すれば私じゃなく君がやられる。ヒュマンドコアはなかなか頭のいいやつでね、仕留めやすい方から攻撃する習性がある。そして多分君がまだ戦い慣れていないことを見抜いている。だから私がけん制しなければならない」
それを聞いて皆人も隙を見せないように神経を集中させる。
そのとき、皆人は急に後ろに気配を察知した。
と、同時に
「後ろ!」
とレインが叫ぶ。
皆人が後ろを振り向くと、もう1匹のヒュマンドコアが鋭い爪の生えた前足を大きく振りかぶっていた。
「っ!スクータム!」
慌てて盾魔法を発動する。
しかし――
パリィィィン!
魔法の盾は甲高い音を立てていともたやすく割られてしまった。
青白い破片が飛び散り、すぐに消滅する。
皆人の盾魔法を破壊したヒュマンドコアの爪がそのまま皆人を袈裟懸けにしようとする。
「くっ!」
とっさに爪から逃れようと右へステップする皆人。
左肩に白く輝く爪が食い込む。
一拍置いて、ずきずきとした痛みを皆人は感じる。
一瞬、左腕の感覚がなくなったほどだ。
幸い、横へ跳んだおかげで怪我したのは左肩だけで済んだ。
「ミナト君!大丈夫かい?」
レインが皆人の方を振り返ることなく、そう尋ねる。
「左肩を少し切られただけです。でも……この状況はまずいですね」
皆人とレインは2匹のヒュマンドコアに囲まれてしまった。
コラム(8):コウラダケ
キノコ(菌類)ですが魔獣の一種です。霊長類を中心とした哺乳類に寄生しますが、人間への寄生例はありません。寄生されると背中に甲羅のような大きな傘が生えるのでこの名前が付きました。寄生された生物は魔力の量が増えます。キノコは毒があるので食べられません。