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まだ何も書かれていない魔法の書  作者: 油野ゼブラ
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第6話 レインのパーフェクト魔法教室 実習編

 皆人はトリカルノス――3本のツノを持つ牛のような魔獣と相対していた。

 トリカルノスはレインが魔法で生み出した岩の鎖によって拘束されているため、皆人に飛び掛かることができずにいる。

 皆人はレインに教わったことを思い出しつつ、魔法発動の準備に入った。


 ◇ ◇ ◇


 皆人がまずしなければならなかったのは、呪文と魔法陣を紐づけて覚えることだった。


 現在一般に利用されている呪文と魔法陣を併用した魔法の発動方式は、呪文に付随した言霊が空間に歪みを生み出し、その歪みに魔力を流し込むことで魔法陣を完成させるという仕組みだ。


 呪文だけで発動する魔法の場合、言霊が直接事象を改変するため、詠唱はかなり長くなってしまう。


 魔法陣だけの場合は、複雑な魔法陣を刻み込んだ石板を持ち歩くか(紙に書くと一度使っただけで紙が焼き切れてしまう)、使うたびに何かに書かなければならない。


 この2つの方式を併用することで、呪文は空間に歪みを生じさせる程度の短いものでよく、魔法陣を書く必要もなくなった。


 ちなみに詠唱において重要なのは呪文の意味ではなくそれに込められる言霊であり、たとえ呪文が違っても同じ言霊が込められていれば同じ効果の魔法が発動する。

 このため呪文はわかりやすいもの――大抵はその魔法の名前――が用いられる。


 そして言霊を込めるには実現したい事象について深く頭に思い浮かべる必要がある。


 そのため、皆人は呪文から魔法陣を連想できるように必死に覚えたのだった。

 幸い皆人は暗記が得意な方だった。

 それもあってか、皆人は割とすんなりいくつかの魔法の呪文と魔法陣を覚えることができた。


 ◇ ◇ ◇


 今回使うのは初級火魔法。火属性の最も基本的な魔法である。


 皆人が右手を前にゆっくりと突き出し、左手で手首のあたりを支えるように握った。


 鎖から逃れようと必死にもがいているトリカルノスに狙いを定める。


 皆人は魔法陣の形を鮮明にイメージしつつ初級火魔法の呪文を唱えた。


「イグニス」


 突き出した右手から魔力を正面に放つ。


 心臓のあたりからエネルギーを絞り出し、腕を通って右手に流すイメージで。


 皆人はこれまでに感じたことのない違和感が胸から腕、右手へと流れていくのを感じ取った。


 そして右の手のひらからそれが抜けていく。


 皆人から放出された魔力は先ほどの詠唱によって作られた空間の歪みに流れ込んだ。


 空間の歪みが皆人の魔力で満たされる。


 魔力の密度が高くなって、紅い輝きを放ち始めた。


 直後、魔力の輝きは幾何学的な紋様を、皆人の正面の空間に浮かび上がらせる。


 魔法陣の完成だ。


 まだ気を抜いてはならない。ここで皆人はさらに魔力を込める。

 

 魔法陣の輝きがより一層強まる。


 その直後、直径30センチメートルほどの炎の弾が一発、魔法陣から放たれた。


 炎の弾は見事魔獣の顔に命中した。

 毛に引火し、頭が一瞬で炎に包まれた。

 トリカルノスは低い悲鳴を上げた。

 頭を振り回し、脚をじたばたさせている様子からは、それが熱さに見悶えているのが容易に想像できる。


 皆人はそれを無表情でじっと見つめていた。


「いやー、一発で成功するとは……ミナト君魔法の才能あるんじゃない?」


 皆人の初魔法を後方で静かに見守っていたレインが2、3回手を叩きながら皆人に声をかけた。


「ありがとうございます。今のでなんとなく感覚は掴めました」


「え……まさかもう【エレメンタルエレメント】を習得したの……?」


「エレメンタルエレメント?」


 初めて聞く言葉に皆人が反応する。


「ああ、【エレメンタルエレメント】ってのは魔法使い専用のスキルだよ。というかこのスキルを持っている人を魔法使いと呼ぶ。このスキルを持っていると火・水・土・風の4属性の魔法の適性を得るんだ」


 適性があるのとないのとでは魔法を使う時の手間がかなり変わる。

 適性があると複雑な魔法陣もすんなりと覚えられ、使う時にもそれほど鮮明にイメージする必要がなくなる。

 実質呪文を唱えて少し集中するだけで魔法が発動できるようになる。


「つまり僕が今すんなり魔法を使えたのは適性のおかげということですか?」


「たぶんね。まあ適性があっても魔法を習い始めてわずか数時間後に一発で成功させたって人は聞いたことがないけど……まあ教える手間が省けるからいいかな」


 そう言いながらレインは魔獣の方へ近づいていった。


 未だに頭は炎上しているが、もうそれは動いていなかった。


「やっぱトリカルノスは油分が多いからよく燃えるねー。……うん、もう死んでるね。アクアム」


 レインは【魔力感知】で魔獣の魔力の流れが止まっているのを感知し、死んでいると判断したあと、水魔法で炎を消した。


「よし、これで今日の晩ごはんは確保できたね。調理は今日は私がやるね」


「え、魔獣って食べられるんですか?毒とかないんですか?」


 魔獣に禍々しく、邪悪なイメージを持っていた皆人は魔獣を食べるということは想像もしていなかった。


「うん、食べられるよ。むしろ食べると魔力の増強に効果があるし、猟も危険だから家畜の肉に比べて高級なんだよ」


 レインはそう話しながら小刀を取り出し、慣れた手つきで魔獣の体をさばき始めた。

 肉が裂ける音が辺りに響くが、皆人もレインも不快そうにしている様子はない。


 わずか数十分でレインはいくつかの肉ブロックを切り出した。


「こういうの慣れてるんですか?」


 魔獣が解体される様子を興味深く観察していた皆人はレインにそう尋ねた。


「まあね、この森の中だと肉はそうしないと手に入らないし。もうさすがに慣れたかな」


 レインが小刀についた血をぬぐいながらそう答えた。


「君にもそのうちやってもらおうかな。大丈夫、コツ掴めばすぐできるようになるから」


「分かりました。他にもできることがあれば手伝うので言ってください」


 皆人が二つ返事で承諾した。


「よし、じゃあ君と出会った記念のご馳走作るから待っててね!」


 レインは楽し気に調理を開始した。


 ◇ ◇ ◇


 レインが作ったご馳走(トリカルノスのハーブ焼き)を食べたあと、皆人は旅中に気を付けることについて確認していた。


「睡眠前に魔獣除けの香水を忘れずにつける、こまめに衣服の洗浄、食事の残りは出したままにしておかない……なるほど、魔獣対策は万全にしておかなければならない、ということですね」


「そう。対策をしっかりしていれば強い魔獣がうようよいるこの樹海でも比較的安全に過ごせるんだよ」


 この旅での一番の危険はやはり魔獣だ。


 魔獣は嗅覚や魔力感知に優れたものも多いため、ずっと気づかれずに過ごすのは不可能である。

 そのため、万全の対策を施す必要がある。


 幸いこの世界のほとんどの人にとって脅威である魔獣は対策の研究も進んでいる。

 魔獣除けの香水などはその好例である。

 魔獣が危険だと感じる匂いを理論的に開発し、実用化したこの香水は、少し値は張るものの旅人や行商人などにかなりの人気がある。


 レインもアープル樹海に入るにあたってこの香水を調達していたが、量に限りはある。

 そのため問題なく対処できる昼間は使わず、無防備になる睡眠時だけ使用するようにしていた。

 皆人も使うことになるため、余計に節約することが大事になる。


 皆人は香水を手のひらに一滴たらし、顔や腕に塗りたくった。


「それで大丈夫。よし、君は疲れているだろうし、早く寝たほうがいいよ。明日からだんだん歩を進めていくからね。魔法も徐々に習得していこう」


「はい、よろしくお願いします」


 こうして皆人の波乱の異世界生活1日目が終了した。


コラム(6):トリカルノス

3本のツノを持つ牛の魔獣。遺伝的にはバイソンに近い種です。ツノは2本が左右に向かって、1本が前に向かって生えています。今回は拘束されていたので何もできませんでしたが、本来は加速魔法も使った猛スピードの突進で石造りの建物すらも破壊する危険な魔獣です。ですが、レインの拘束を打ち破ることはできませんでした。


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