第4話 神話とグリモワ
「なるほど……確かに君はこの世界ではない別の世界から来たようだね」
皆人が傷の手当てを受けながらここに至るまでの経緯を詳しく話し、自分は異世界から来たのかもしれないと言ってみると、レインはあっさりと信じた。
皆人にとっては、拍子抜けだ。
たくさん殴られて頭がおかしくなったのか、ぐらいは言われると思っていた。
「……そんな簡単に信じてもらっていいんですか?」
「ん?何が?」
レインが首をかしげる。本当に何も疑っていないようだ。
「いや、話した自分が言うのもあれですけど、異世界召喚とかなかなか信じがたい話だったと思うんですが……」
皆人がそう言うと、レインはさらっと答えた。
「ああ、実はね、前例があるんだよ。召喚されてきた人の。とはいっても神話の中の話だけどね」
「神話?」
「うん。かいつまんで話すとね……」
レインによると、およそ7500年前、この世界で信仰されている神に恨みを持っていた別の神がこの世界に攻めてきたものの、神によって召喚された異世界人によって撃退、封印されたのだという。
「その異世界人の使ってたものとかが現代まで残ってるからね、その神話もほぼ実際にあった出来事だと考えられているんだ」
神話が実際にあった話ということは、神というものも存在するということ。
皆人は「神は死んでいなかったのか……」と思ったが、レインが地球の哲学者の言葉を知っているはずもないので口には出さなかった。
「なるほど……では僕も召喚されたということは、この世界にまた危機が迫っているということですか?」
レインは思案顔で答える。
「うーん、最近の問題といえば魔族関係かな……?」
「魔族?」
またアニメやゲームで聞くような言葉を耳にして、「これまたテンプレ通りだな……」と皆人は思ったが、レインには関係のないことなのでこれも口には出さない。
「うん、200年くらい前に突然現れて各国を攻撃し始めたんだ。その後一部の国を占領してカッペリアっていう国をつくった。今も時々人族との戦いがあるけど……それなら100年前の方が今より戦いは激しかったし、召喚されたとしたら何で今なんだろう?」
「この世界の人たちが気づいていない危機が迫っているとか……でしょうか」
「あーそれはあるかも。じゃあミナト君はこの世界の救世主としてやってきたんだね!」
レインが顔を輝かせてそう言ったが、対する皆人は無表情だ。
「……僕はこの世界を救うつもりはないですし、そもそもそのための力もないんですが」
「えー……まあ、救世主うんぬんは置いといて……何も力がないって?女神様からなんかもらわなかった?」
「もらったにはもらったと思うんですが……ちょっとこれ見てください」
そう言って皆人はレインに何も書かれていない魔導書を渡す。
「あ、やっぱりグリモワ?えーとなになに……『白紙』?中見てもいいかい?」
皆人はそれに頷く。
それを見てレインはパラパラとページをめくり出した。
最初はわくわくした表情をしていたが、ページをめくっていくにつれてだんだん表情が険しくなっていった。
「……何も書いてないんだけど」
少しがっかりした声でそうつぶやいた。
「はい、何も書かれてないんです。これではどう使えばいいのかさっぱり分かりません」
「普通のグリモワは最初に起動呪文が書いてあるんだけどね……でも膨大な魔力を感じるから何かしらの力は持ってると思うんだけど」
「呪文」や「魔力」についても気になったが、レインが「グリモワ」というものについて知っていそうだったのでまずはそれについて聞いてみることにした。
「レインさんはこういう本他に見たことがあるんですか?」
「ああうん。さっき言った神話でね、異世界人が神様からもらったものが一部現代まで残ってて、それを見たことがあるんだ」
「なるほど……では、さっきおっしゃっていた『普通のグリモワ』はどう使うのですか?」
「普通の……というか私が見たことがあるのは、表紙をめくるとまず起動呪文ってのが書いてあって、それを詠唱することでそのグリモワの所有者になれる。一度所有者になってしまえばそのグリモワ魔法を自在に扱うことができるようになるんだ。まあ所有者になるには適性が必要で、誰でもなれるってわけじゃないけどね」
皆人はレインが話したことを難なく理解し、再び質問をする。
「グリモワ魔法というのは?やはり強いのですか?」
「グリモワ魔法っていうのはそのグリモワ固有の魔法のこと。グリモワ魔法と同様の魔法を開発することは現在の技術では不可能とされている。神話に出てくるものだと、隣国まで一瞬で移動できる魔法とかあらゆるものを燃やす炎を生み出す魔法とか……」
「それは確かに強力ですね……ではこれもグリモワ魔法を秘めているのでしょうか?」
「たぶんね……白紙だからどんな魔法かまったくわからないけど」
「やっぱりこれの使い方も分かりませんか?」
「うーんそうだね……下手に扱って能力が損なわれたりしたら嫌だし……私にはどうもできないな」
「そうですか……それではいよいよ僕は無力ということになりますね」
発言の内容に対して、皆人にがっかりした様子も、自虐的な様子もない。
彼はただ事実を淡々と述べたつもりだった。
しかしレインは気の毒そうに皆人に話しかけた。
「……ミナト君、君はたぶんもう元の世界には戻れない。つまりこの世界で生きていくしかないわけだけど……どうするつもりだい?」
皆人は少し考えてこう答えた。
「……今は、何も言えないです。この世界は僕がいた所とは違いが多すぎる。しかもまだこの森の中しか見ていません。外にはどんな社会が形成されているのか……想像もできません。ですのでとりあえずこの森を出て都市に行こうと思います。ですがさっきも言った通り僕にはこの森を抜ける力はありません。……そこでレインさん、お願いがあります」
「何かな?」
皆人とレインがお互いに相手の目を真っすぐ見つめた。
「僕に、魔法を……この世界で生き残る術を、教えてください」
皆人が頭を下げた。
レインは皆人の頭を見つめたまま、こう答えた。
「……いいよ、でもどうせならただ教えるだけじゃなくて……」
レインがにっこりと笑い、楽し気に続けた。
「君は私の弟子として、私の旅に付き合ってもらおうかな!」
コラム(4):コングレジミア
皆人を襲ったサルの魔獣です。身長は50センチほど。パワーはあまりありませんがかなり強力な加重魔法を使います。普段は3~5匹の群れで行動しています。なので今回皆人が遭遇した10匹の群れはかなり大所帯ということになります。