第3話 救世主②
太陽が南中した真昼間にもかかわらず薄暗い森の中を、栗色の髪の美女が歩いていた。
ベージュ色のマントを身に着け、かなり大きな荷物を背負っている。
そんな彼女に向かって、額に一本の太くとがったツノを生やしたイノシシのような動物が突進してきた。
彼女はそれの方を全く見ることなく、ただ一言つぶやいた。
「アイシクルダーツ」
彼女の右側に青白い魔法陣が出現し、そこに水が生成される。水は落ちることなく、そのまま宙に浮いている。その水が形を変え、円錐形になる。そして水が凍結、加速度を与えられて発射される。
詠唱からここまで、時間にして1秒未満。
次の瞬間には、イノシシは氷柱に顔から尻までを貫かれ、地に倒れ伏した。
ここは「世界三大魔境」の一つにも挙げられるアープル樹海。
強力な魔獣が多数生息し、最深部まで行って戻ってこれた者はこれまでに1人も存在しないと言われている。
そのような場所に生息する魔獣を、見向きもせずに魔法一発で仕留めた彼女。
余程の実力者なのだろうか。
彼女は魔獣の撃破を確認することもなく、そのまま歩き続けた。
しばらくすると、彼女は10匹ほどの魔獣の魔力を感知した。
「コングレジミアかな?でも10匹も集まってるなんて珍しい」
【魔力感知】を頼りにその魔獣のもとへ向かってみる。
魔獣はすぐに見つかった。
獲物か何かにたかっているようで、木の棒や石で叩いている。
それ自体は珍しいことではない。集団で獲物に襲い掛かるのはこの魔獣の習性だ。
彼女も数は多いと思ったものの、そこまで興味を持ったわけではなかった。
「うん?襲われてるやつすごい魔力もってるな。なんでやられたんだろ?」
彼女は近づいてみて、魔獣が襲っている相手が大量の魔力を持っていることに気が付いた。
気になって、もっと近寄ってみる。
木の陰に隠れながら近づいて、魔獣の群れとの距離が20メートルほどになったとき。
彼女は、魔獣の間に人間の手を見た。
「まさか、人!?」
すると、一匹の魔獣が大きく石を振りかぶった。
その狙いの先には、人間の頭があった。
彼女はとっさに、魔法を繰り出す。
「ヴェンタス!」
緑色の魔法陣から風の刃が放たれ、その魔獣は胸を切り裂かれて絶命した。
残りの魔獣たちの視線が一斉に彼女の方を向いた。
(よし、とりあえず意識をこっちに向けさせることができた。襲われてた人は……おっよかった、大丈夫そうだ)
彼女の視線の先で先ほどまで襲われていた少年が起き上がった。
ところどころ傷を負っているが、致命傷はないように見える。
少年が後ろを振り返り、彼女と目が合う。
彼は何が起こったのか理解できていないのか、訝し気な顔をしている。
女性は彼が生きていたことに安堵し、顔に笑みを浮かべた。
(ああ、今度は助けられてよかった……)
そして彼女は少年に声をかけた。
「やあ、君、大丈夫?」
◇ ◇ ◇
皆人はいまだに状況を完全には理解できていなかったが、今自分に話しかけてきた女性が助けてくれたのだということはなんとなくわかった。
「あ、はい。あなたが助けてくださったのですか?」
「まあね。あ、ちょっと待っててね。すぐに残りのやつも追い払うから」
彼女はそう言うと、右手を前に出して、
「イグニス」
とつぶやいた。
すると、紅く光る紋様が現れ、さらにそこに炎が現れた。
炎を恐れる猿たちはビクッと体を震わせ、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「これでよしっと。それで、君、名前は?」
彼女は皆人の方へ歩きながら、そう尋ねた。
「……真白皆人です」
「ミナト?変わった名前だね」
「それで、あなたは?」
「私は……レイン。うん、レインって呼んで」
「では、レインさん。助けてくださりありがとうございます」
「おっ、いいね。礼儀正しい人は嫌いじゃないよ。それで、ミナト君はどうしてこんなところに?」
「いや、それが僕にもわからないんです。学校にいたはずなんですが、気づいたらこの森の中にいたんです。ここはどこなんですか?」
「ここはアープル樹海。たぶんまだカルボニア王国領だね」
全く知らない土地の名前に皆人は、
「やっぱり異世界か……まあほぼ確定だったけど」
とつぶやくのだった。
コラム(3):世界三大魔境
「世界三大魔境」に明確な定義はなく、言う人によって場所が変わります。ただアープル樹海はどんな人でもそのうちの一つとして挙げることが多い、危険なことで有名な場所です。これまでに何人もの実力者が踏破に挑戦しましたが、誰一人として帰ってくることはありませんでした。他の魔境として、バーニナ砂漠やストロヴ山地、オレオング山脈といった名前がよく挙がります。いずれ皆人も行くことになるかもしれません。