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まだ何も書かれていない魔法の書  作者: 油野ゼブラ
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第1話 白紙の魔導書

 曖昧だった意識がふいにはっきりとしてきた。

 同時に地に足がついたように感じる。

 皆人は覚醒したばかりの頭で、それではまるで今までは宙に浮いていたかのようだと思った。

 そして、意識が途切れる直前に起こったことを思い出す。

 

(そうだ、突然自分の右側からこれまでに感じたことがないくらい眩しい光があふれ出てきて……その直後に意識を失ったんだ)


 皆人はその光の正体が、まず気になった。


(爆弾が爆発した?いやでも何も音はしなかったな……)


 そこまで考えて皆人はある可能性にたどり着く。


(もし爆弾が光の発生源だったら、自分は無事でいられるか?あれだけ眩しかったら光の発生源はかなり近かったと考えられる……)


(それなら衝撃で耳がやられて音が聞こえなかった可能性がある。いや、耳だけで済むか?そういえばさっきから地面に立っているとわかる以外に感覚がない……最悪、脳がダメージ受けてるってこともありえる。そうなら後遺症が心配だ……)


 もう今までのようには生活できないかもしれないという想像に不安が大きくなる皆人。


 そのとき、急に頭の中がさらにクリアになったような気がした。

 と、同時に、

 肌でひんやりとした風を感じた。

 風で木の葉同士がこすれるような音が聞こえた。

 森の中にいるような草木や土の匂いがした。

 そして、目を開けられることに気が付いた。


 ゆっくりと、瞼を上げる。

 寝起きの時のように、しばらく眩しさで目をぱちぱちさせたのち、だんだんと視界が明瞭になっていった。


 目に入ったのはたくさんの木々。

 地面にはところどころ木の根が露出していて、でこぼこしている。


 明らかに、皆人は森の中に立っていた。


「森?なぜ……」


 目が覚めると突然森にいるという状況に皆人は混乱する。

 

 しかも生えている木々は皆人が見たことがないものだった。

 まるで竜のようにくねくねと曲がっている幹。

 こんな形の木は盆栽でしか見たことがないと彼は思った。

 さらにその幹の色はコケなどが生えているわけでもないのに青色がかっている。

 そのほかにも紅葉しているように葉が赤いシダのような植物や、傘が50センチはありそうなベニテングダケ風のキノコなどが見つかった。

 それらは、この森の薄暗さと合わさって不気味な空間を作り出していた。


(どこだろう?日本にこんな植生があるとは考えずらい……というか、感覚が戻ったな。体に何も異常はないのか?)


 そう思って、自分の体を確認しようと下を向いて皆人は目を大きく開いた。


「何だこの服……?」

 

 皆人が着ていたのは、それまで着ていたはずの高校の制服である学ランではなかった。

 着ていたのはカーキ色のフードつきコートのような服だった。

 ズボンも同じような色の、だぼっとしたものに変わっている。


(なんかどこかの民族衣装っぽいな……)


 皆人はこの服に対してそのような印象を抱いた。


 そして、教室を出た時には背負っていたはずのリュックサックもなくなっていた。

 代わりに――と言えるかは微妙だが、何も持っていなかったはずの手に、あるものを持っていた。


「……本?」


 皆人はいつの間にか左手に百科事典ほどの大きさの分厚い本を携えていた。

 どっしりと、存在感のある見た目のわりに、あまり重くはない。

 ただ、教室を出た直後に感じたような異様なエネルギーをまとっているように感じられる。

 表紙には、彼が見たこともない文字で何か書かれていた。

 見たことはないのだが……


(白……紙……『白紙』?)


 なぜかその文字列の意味を理解することができた。

 少なくとも、ひらがな・カタカナ、漢字、アルファベット、ハングルではない。

 詳しくは知らないが、アラビア系の文字とも違うだろうと皆人は感じた。


 いつの間にか異様な森にいたこと、服装が変わっていたこと、謎の本を持っていたこと、そして未知の文字を読めることといった異常事態の連続で、状況を理解しようと回転を続けていた皆人の頭はオーバーヒート寸前だった。

 いつも冷静に状況を分析できる皆人にしては珍しく、彼はかなり動揺していた。


 しかし、直後に頭の回転が止まり、動揺も吹き飛ぶような出来事が起こった。

 

 10メートルほど前方の茂みから、全長1メートルほどのコモドドラゴンのような、大型のトカゲと思しき生物が飛び出してきた。


 それだけなら驚きはしても、一瞬、少しビクッとするだけだっただろう。

 問題は、それを追いかけてきたものだった。


 一見すると普通の犬やオオカミのような生物だ。

 しかしそれの行動は、普通のものではなかった。


 その顔の前に幾何学的な紋様が出現した次の瞬間、紋様の前に火の弾が出現し、それが逃げていくトカゲに向かっていった。


 火の弾はトカゲの胴体の真ん中に着弾し、鱗を破壊して、その下の身を焼いた。

 トカゲは絶命したのか、ひっくり返ってそのまま動かなくなった。


 追いかけてきた犬は転がっているトカゲに顔を近づけ、しばらく匂いをかいでいるようだったが、やがて鱗が破壊された部分から、肉を食べ始めた。


 皆人はしばらくその様子を呆然と眺めていたが、それどころではないことに気づき、急いで木の陰に姿を隠した。

 犬は相変わらずトカゲを貪っており、皆人が隠れたことに気づいた様子はない。

 皆人は音を立てないように慎重に移動し、5分ほど歩いたところでほっとして腰を下ろした。


(なんだあれは……?まさか、魔法?)


 皆人はアニメやゲームをそれほどたくさんたしなむ方ではないが、まったく知識がないというわけではなかった。

 そういう作品の定番として、剣と魔法の異世界に召喚されて、その世界を救うというものがあるというのは皆人も知っていた。


(異世界召喚……?本当にそんなことがあるのか……いや、それが一番可能性が高いか?あれは地球ではありえない現象だったし……とりあえずその前提で動いた方がいいかな)


 皆人は適応力が高く、切り替えが早い人物だった。

 火の弾を発射する犬という異常な存在を目の当たりにしてもそれは変わらなかった。

 すぐに次の行動を考える。


(それじゃあまずはこの森を抜けるか……そういえばこの本は何だろう?しっかりと確認していなかったけど……)


 皆人が改めて持っていた本を見てみる。

 すると、背表紙にも何か書かれていることに気づいた。


(えーと……グリモワール?……魔導書かな?)


 やはり文字は知らないものだったが、皆人は意味を理解することができた。


(魔法の使い方が書いてあるのかな?とするといわゆる召喚ボーナスか?)


 異世界に召喚された人が神などから非常に強力な武器や能力を授かるというアニメを、皆人は見たことがあった。


(確かに普通の本にはない不思議な雰囲気をまとっているな……魔力的なやつとか神聖なエネルギーとかそういうものかな)


 とりあえず、ボーナスとしてこの本を手に入れた可能性は割とありそうだと考える。

 本当にテンプレ通りだな、と思いつつ皆人はそのグリモワール(と思われる本)を開こうとした。


 そのとき頭上に気配を感じ、ばっと上を見た。と同時に地面を転がって、その場から離れた。


 直後、皆人が数瞬前までいた場所に尖った岩がいくつか突き刺さった。

 皆人は、頭上5メートルほどの位置の枝にいた蛇の周りからその岩が放たれるのをしっかりと視認した。


 動揺は収まったと思っていたが、周囲への注意力は回復していなかったようだ。

 上から狙われる可能性を皆人は失念していた。


 皆人は転がった勢いのまま起き上がり、そのまま駆け出した。

 5秒ほど走って、一度後ろを振り返ってみると、やはりその蛇は追いかけてきていた。


 太くはないが全長は2メートルほどあり、鼠色のまだら模様をもつ蛇だった。

 幸い、とても速いということはなく、皆人と同じくらいの速さで地を這っている。


 しかし、皆人はかなり焦っていた。


(今のところ距離を保てているけど、僕のスタミナがいつまで続くかわからないし、他の個体が出てくるかもしれない……できるだけ早くまきたいけど……来た!)


 蛇の周りに魔法陣――皆人はそう考えた――が浮かび上がり、一瞬光が強くなったのち、岩弾が発射された。


 これもまた、見えないほど速いということはなかった。

 発射された岩弾は5発。

 1発目と2発目は皆人から1メートルほど離れた所を通過していった。

 3発目は少し姿勢を低くすることでかわす。頭上5センチの所を通過していった。

 4発目は腰を左にひねってかわす。左腕を岩弾がかすり、服を破って小さな傷をつくった。

 5発目は腰をひねったその反動を利用して右脚を回転させ、回し蹴りの要領で岩弾を蹴り落とした。


 何とか弾の直撃は避けられたが、蛇との距離はかなり狭まってしまった。

 皆人は再び頭をフル回転させて打開策を模索する。


(いっそ、接近して首を絞めるか?いや、僕に蛇に対処する技術も知識もない……致死性の毒でもあったら……リスクが高すぎるか)


 そう考えている間にも蛇はどんどん近づいてくる。

 思考にリソースを割いていたせいで速度を上げられていなかったようだ。

いつの間にか、同じような蛇や特大の蜂、さっきの巨大トカゲと同種と思われるものも追いかけてきている。


(絶体絶命だな……)


 そう思ったとき、魔導書の存在を思い出した。


(これがあれば……魔法が使えるのか?)


 もう蛇との距離は3メートルを切っている。


(魔法の使い方が長々と書かれてるやつだったらキツイな……呪文唱えるだけで使えるとか所有者の頭に魔法の使い方を直接インプットするみたいな簡単に使えるやつであってくれ……)


 そう祈りつつ、皆人は初めて本の表紙をめくった。


 何も書かれていない。白紙だ。


 パラパラとページをめくってみる。

 文字どころかインクの染み1つすら見つからない。


 全てのページが、白紙だった。


「まじか……」


 しかも、ちょうど木の根に引っ掛かり、転んでしまった皆人。


 とうとう追いつかれてしまった。


 口をぱっくりと開け、牙を光らせた蛇が、皆人に飛び掛かった。


毎話書くかどうかは未定ですが、これから後書きの所に作中で触れられなかった情報をコラムとして書いていこうと思います。第1回は真白皆人についてです。


コラム(1):真白皆人について①

私立の進学校に通う高校1年生。誕生日は6月17日なので召喚時の年齢は16歳。血液型はAB型。

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