第10話 牙へと誘う耳①
皆人が異世界に来てから4か月ほどが経過した。
最初のころは今日は何日目などとしっかり数えていたのだが、1か月経ったときに意味がないと思ってやめてしまった。
レインによるとこの樹海は季節の変化があまり無いようなので、本当にどれくらい樹海を歩き続けているのか皆人はわからなくなっていた。
ふとどれくらい樹海を歩いていたのか気になった皆人は、レインに聞いてみた。
「うーんと、そうだね……大体4か月くらいかな?」
ダメもとで聞いてみたのだが、レインは答えを返した。
「数えてるんですか?何回寝たかとか」
「いや、そんな面倒なことはしないよ。香水とか調味料の減り具合からどれくらい経ったか推定したんだ。ほら、君最初の1か月くらいは今日は何日目とか数えてたでしょ?それで月にどれくらい減るのかとか何となく覚えてたんだ」
なるほど、と皆人は思った。
確かに、特に香水は日によって使う量はほとんど変わらない。
大まかではあるがどれくらい日が経ったか示してくれそうだ。
「それにしてももう4か月も経ったんですか……それでまだ最深部にたどり着けないなんて、この樹海広すぎじゃないですか?」
「真っすぐは進めてないからね。崖とか魔獣の大きな群れとかで結構迂回を余儀なくされたし」
この4か月、何の問題もなく順調に進めたわけではなかった。
下まで100メートルはありそうな崖にぶつかり、迂回しようと進路を変えたところ、十日後にまたその崖の所へ戻ってきたこともあった。
また、魔獣もどんどん強く、多様になっていった。
オオカミのような魔獣の大群に遭遇し、2時間ほどかけて、襲ってきた群れを制圧したこともあった。
それでも命にかかわるような大きな怪我は2人とも負わなかった。
それは、皆人の成長によるところが大きいだろう。
皆人はどんどん新しい魔法を覚え、研鑽し、使いこなしていった。
レイン直々に教わったフィアスピアースも、レインほどの速度は出ないものの、かなりの精度で相手に当てられるようになった。
また、レインから新たな魔法の開発の仕方も教わり、既にいくつかの魔法を開発している。
その皆人が新たに開発した魔法を使って、皆人自身の戦闘スタイルも確立させつつあった。
レインも皆人の成長を認め、もう並の魔法使いでは太刀打ちできないと言うほど、皆人は強くなっていた。
◇ ◇ ◇
その日の夕方、皆人は1人で夕食用の魔獣を探していた。
最初のころはレインと一緒に、あるいはレインの目の届く範囲で探していたのだが、皆人も強くなり1人でも大丈夫だとレインが判断したので、食料の調達と料理の準備・調理を分担して行うようになった。
それで今日は皆人が食料調達の番だったのだ。
鬱陶しく自分の周りを飛び回る虫を風魔法で追い払いながら、食べられそうな魔獣を探す。
皆人はこの4か月の間魔獣を食べてきて、特にアルドアオーリス(火魔法を使うウサギの魔獣)の肉が気に入った。
すばしっこく跳びまわりながら火炎弾を放つのでなかなか捕まえるのは難しいが、少し苦労してでも味わいたいと思うほどには好きだった。
その特徴的な、炎のように紅く輝く長い耳が見えないか目を凝らして皆人は歩いていた。
そうして探し始めてから15分ほどたったとき、皆人の右の方向約20メートル先の木の間に長い耳を持った小動物が一瞬見えた。
いつの間にか身についていた【魔力感知】により位置の捕捉もできた。
(見つけた)
その瞬間皆人は走り出す。
「アクセルブースト」
脚力強化の神聖魔法と加速魔法を組み合わせた皆人オリジナルの魔法で一気に加速し、目標に接近する。
ウサギの魔獣は突如現れた皆人に驚き、慌てて背を向けて再び駆け出す。
しかし皆人にやすやす逃がすつもりはない。
「ポンダス」
皆人を中心として半径10メートルの範囲に加重魔法が発動し、ウサギの魔獣は身動きが取れなくなった。
それでも何とか逃げようと火魔法を発動させようとするが、
「アクアム」
それを読んでいた皆人の水魔法によって火炎弾は10センチも飛ぶことができずに消火され、魔獣も水浸しになった。
皆人はこの魔獣が水に弱く、濡れるとほとんど動けなくなることをしっかり理解していた。
「フリージ」
そのまま冷却魔法をかけてしっかり凍らせ、ウサギを袋の中にしまった。
ここまでの一連の動作にももう慣れてしまった。
そのあとすぐにもう一匹アルドアオーリスに遭遇した皆人は同様にして、慣れた手つきで仕留めた。
(これでよしと)
そう心の中で呟いてレインのもとへ戻ろうとしたとき、ふと自分の後方に魔力を感知して振り返ってみると、またウサギの魔獣がいた。
しかし先ほどまでの2匹とは異なる点が1つあった。
耳が赤色ではなく、妖しくピンク色に輝いていたのだ。
(変異種か?しかしピンク色っていうのは……青とか緑ならまだわかるんだけど)
魔獣は使う魔法の属性によって色の系統が決まっていることが多い。
非属性は特に決まっていないが、火魔法なら赤系、水魔法なら青系という感じだ。
この色は魔法陣や魔鉱石の色にも対応している。
実際、アルドアオーリスの耳が青い版――ピュアオーリスは水魔法を使っていた。
しかしピンク色の魔法陣というのは皆人は見たことがなかった。
どんな魔法なのかまったく見当がつかない。
そう考えているうちに、その魔獣は走り出した。
皆人は追いかけようかとも思ったが、レインを待たせてしまうと考えて今日の所は戻ることにした。
◇ ◇ ◇
レインの所に戻った皆人はさっそく2匹のアルドアオーリスをレインに渡し、調理してもらった。
肉を塩・胡椒で味付けしただけのシンプルな調理だ。
だが皆人はそれが気に入っていた。
さほど時間もかからずに完成し、2人は食事を始めた。
食事をしながら、皆人は先ほど出会った、ピンク色の耳のウサギの魔獣についてレインに話した。
「……というわけで、逃げてしまったんでどんな魔法を使うのかも分かりませんでした」
「なるほど……私もピンク色の魔法陣というのは見たことがないね。火属性と他の属性を組み合わせてもピンクになったものは無かった。確かに気になるな……」
レインもその魔獣について興味を持ったようだ。
ただレインにもわからないということで、皆人はますますその魔獣が気になった。
「やはりこの樹海には外の世界では知りえない秘密が眠っているのかもしれませんね……まあまた会ったら次こそは捕まえますね」
「うん、私も気に留めておくよ」
しかし、レインはここで皆人に未知なるものへの注意を促すべきだった。
興味深い話を聞いたことに加え、皆人と自身の強さを過信していたことでそれを怠ってしまったのだ。
皆人は強い。この辺りで遭遇する魔獣も問題なく倒せている。
だがここが数々の歴戦の戦士たちの墓場となっていることを皆人もレインも失念していた。
コラム(10):アルドアオーリス
紅く輝く耳が特徴的なウサギの魔獣。ただいつも耳が輝いているわけではなく、寝ているときやリラックスしているときは灰色っぽくなります。見た目あまり強そうではありませんが、その俊敏さで天敵から逃れることができるので樹海のかなり奥地にも生息しています。
肉の味は普通のウサギ肉と大して変わりません。