程度は低く、野望は底に
ここはある大衆酒場。今日限りは、俺たち獣人軍の勝利祝いの為に貸し切っている。
「やっとここまで来たな...。」
酒場には熱気が広がっている。
俺の目の前には酒杯を持った仲間たちがいる。みんな気のいい奴らだ。こんな俺を信じてここまでついて来てくれた。
「ここまで来れたのも、お前たちのお陰だ!今日はたらふく呑んで騒いで好き勝手やってくれ!!これから出来る俺たちの街に!!乾杯!!」
「「「「うおおおおおおおおお!!!!」」」」
「ボス!ヴァイツの奴が酒樽ごと飲もうとしてます!」
「飲ませとけ飲ませとけ!酒なら浴びる程仕込んである!」
皆が熱狂している中、1人の男が近づいてきた。
「騒がしいですね。この騒がしさは嫌いではありませんが。」
「おうクロウスか。楽しんでるか?」
近づいて来たのは、我が獣人軍の参謀役、クロウスだった。いつもはピシッとした顔をしているが、今日は心なしか顔が綻んでいる。
「まぁぼちぼち楽しんでます。今日貴方が仕入れてくれたお酒は質がいい...。私の故郷のお酒も取り寄せてくれたようで。覚えていてくれて嬉しいです。」
「ガハハ!お前の話を忘れた事はねぇよ。お前がいてくれたお陰で随分と犠牲になる奴が減った。こうやって仲間と酒を仰げるようになったのも、一年前、お前が参謀役として俺らの仲間に入ってくれたお陰だ!」
「私も故郷を追われた身。貴方が仲間に入れてくれなければ何処かでのたれ死んでいたでしょう。こうやって故郷のお酒を楽しむことも無かった。感謝したいのはこちらの方です。」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか!酒はたらふく用意してるぜ。好きなだけ飲んでくれ!」
「それは嬉しい限りですが...実は内密でしたい話があります。2人きりで話せるところはありませんか?」
「ん......。急ぎの話なのか?まだ酒も回ってないし話をするのは大丈夫だが...。ちょうど目処もついたところだ。今日くらいはいいんじゃないか?」
「いえ、今日のうちにお伝えしたい話なのです。部下に息抜きさせるのはいいことですが、私たちが気を抜きすぎるわけには行きません。申し訳ありませんが、お時間いただけますか?」
ああ、俺だけに話したいって言うのも、今日くらいはあいつらに息抜きして欲しいって事情も含まれてるのか。こいつはこいつなりに部下のことを考えてるんだな。
「分かった。一番上の階に取ってる俺の部屋で話そう。そこなら誰かに聴かれることはねぇ。」
「ではそこでお願いします。」
ジョッキを空け、部下達は適当に誤魔化して上への階段を登る。既に皆べろんべろんだったからか、簡単に抜け出すことが出来た。
クロウスはいつも通り俺の後ろにピッタリとついて来ている。どうもこれはクロウスの癖らしく、最初の頃は常に背後を取られている感覚が気持ち悪かったな...。今はもう慣れちまったが。
そんな事を考えていると、部屋のドアの前に着いていた。キィィという音と共にドアを開ける。
ベット一つに椅子やテーブルがある、標準的な部屋だ。今までがほとんど野宿だった分、こんな部屋でもだいぶ豪勢に感じる。
部屋に入り、クロウスの話を聞こうと振り返る。
「それで話ってのはなん.......?」
振り返る途中、腰の辺りに鋭い痛みを感じた。
なんだ?これは?
そう思いながら痛みを感じた場所を見てみると...。
一本のナイフが刺さっていた。
「ああ?こいつは...どう言う事だ?」
今、ここで俺を刺せる奴は1人しかいない。
「クロウス.........テメェ...酔っ払ってやっちまったなんて言うつもりじゃないよなぁ...?」
「......いやいやまさか。そこまでお人好しだとは思いませんでしたよ。」
なぜ?なんのために?裏切ったのか?それとも最初から帝国の奴らの手先だったのか?
色々な考えが頭に巡る。
だがそれを考える前に奴を捕まえなければ。この程度の傷ならば問題なく動ける。動けるはずなのに...。
「なっ......体が......。」
体が勝手に膝をついてしまう。思うように動けない。これは......。
「毒ですよ。毒。獣人の、しかも貴方のような筋肉ダルマに効くような毒を作り出すのは一苦労でしたよ。即効性が無ければすぐに殺されてしまいますし。」
身体が痺れていく。遂に膝を付いていることも出来ず、床に倒れ込んでしまった。もはや動かせるのは口しかない。
「クロウス...テメェ帝国の人間だったのか...?最初からこうやって俺たちを嵌めるために...。」
「んー?そんなわけないでしょう。私が帝国の手先ならもっと早くに裏切ってますよ。わざわざ先の戦いで大勝利した後に貴方を殺す理由がない。」
帝国の手先じゃないだと...?じゃあ何のために...。
「それなら何のために俺を刺したんだ?って言いたそうな顔してますね?当然の疑問です。帝国側でもない人間が、わざわざ獣人の群れに一年以上入り込んで何がしたかったのか?それはですね.....
趣味です。」
「........ああ?.......しゅ.......み...?」
言われている意味が分からない。いや、頭が理解することを拒んでいる。俺たちとずっと一緒に戦って来て、それを裏切って俺を刺して...それが趣味?
「意味が...分からねぇよ...。なんなんだよそれはぁ!!」
「あらあら。そんなに怒らなくても。分からないって、そんな難しい事言ってないですよ。私はね。絶望してる顔が好きなんです。それもただの絶望の顔ではありません。満たされた者が、今まで打ち込んできたものが成就するその直前に、未来への道を断たされる。自分の求めていたものを、手に入れることが出来ない。それを悟った瞬間に見せる顔が...なによりも好きなんですよぉ。」
「...........。」
今まで。帝国側と戦っている間、クズ野郎は何度も見て来た。騙す事が生き甲斐の奴。敵の死体も仲間の死体も弄ぶ奴。そんな奴らもマシに見えるようなカスも居た。
だがこいつは。今まで仲間だと思っていたこいつは。
俺が知っている中で一番の外道だ。この世にいちゃいけねぇ奴だ。
「テメェだけは...テメェだけは殺す...!」
「そんなに睨んだってどうしようもありませんよ。その毒は貴方の動きを止めることに全力を注いで作ったものです。貴方は仲間達の所へ行くこともできず、遺言を残すこともできず、ここでゆっくりと...ゆっくりぃぃと死んでいくんですよ。」
クロウスのニヤニヤとした顔が見える。
何か...どうにかしてあいつらに伝えなければ...。このままじゃあいつらも同じように...。
「もうそろそろ意識を失う頃です。大丈夫。苦しませて殺そうなんて思ってません。貴方は少しの苦痛もなく、死んでいけるのです。獣人国を見る事はもう出来ませんが。貴方が根回ししていた他国の協力者も、今頃スヤスヤと眠ってますよ。川の底はさぞかし寝心地がいいでしょうね。」
「テメェ...!そこまで知ってて...!」
もうすぐで俺たちの...獣人の国が出来るはずだったのに...差別されることもない、皆が笑顔でいれる夢の国が...。見れるはずだったのに...。
「ああ...その顔です!その悔しさと恨みがこもった顔...。拷問なんかじゃ見れないんですよ!この顔は...満たされてる者にしか出来ないぃ...。」
俺の......俺の人生は......何のために...。俺は.......。
「......もう意識が無くなってしまいましたか。」
クロウスは1人恍惚とした表情で佇んでいる。
「ああ...。一年以上かけた甲斐がありました。今までで1、2を争う満足感です。」
コツコツと。歩く音が廊下に響く。下ではまだどんちゃん騒ぎしているのか、笑い声が小さく聴こえて来た。
「さて次はどこに行きましょうか...。」
破滅に導く男の影が、暗がりに消えていく。