14 ウィル坊ちゃん、昭和のチンピラに絡まれる
15歳のとある日、俺は使用人兼護衛たちをまいて、1人街中を散歩としゃれ込んだ。
この街一番の金持ちで、権力者であるグランツ家。
そのお坊ちゃんである俺が外出する場合、常に元軍人の厳ついオッサンたちが同行する。
そのせいで街行く人たちから常時怖がられ、全ての人が道を開ける。
どれだけ人波で混んでいたとしても、モーセの十戒で海を割ったかの如く、人波が真っ二つに分かれてしまう。
もっともアンシェンの街は、東京のような人口密集都市ではないので、人波と言ってもたかが知れている。
ただ、それだけならいいのだが、マフィアのファミリーを思わせる集団が登場することで、街の店がバタバタと音を立て、次々に閉まっていってしまう。
街中で気軽に買い物ができなくなるので、俺が買い物をしようとすれば、護衛をまく必要があった。
むろん、グランツ家ほどの家ともなれば、わざわざ家の住人が街まで買い物に出向かなくても、向こうから来てくれる。
だが、それはそれだ。
俺だってたまには街に出て、気分転換がしたい。
買い物だってしたい。
前世はインドア派だったが、引きこもりというわけではないので、外での息抜きが必要だ。
それと、俺の顔はこの街ではかなり知られているので、帽子やパーカーをかぶって顔を目立たせない必要がある。
料理長に教わったステルススキルもあり、護衛をまくのも今回が初めてではない。
街の1人歩きも、慣れたものだ。
そんな感じで、この日は街中をブラブラと歩いて回り、いくつかの店を見て回って、買い物もした。
買い物の際には、電子マネーを使用。
訳の分からない額が入っているので、買い物で困ることは一度としてない。
ただし、クレジットカードはダメだ。
奴は、前世の俺の死因の片棒を担いだような存在だ。
カードで作った借金のショックに、俺の心臓が耐えられなかったんだ。
ところで中世ヨーロッパを思わせる石畳に、レンガの建物が並ぶのが、アンシェンの街の商業街。
中世ヨーロッパ風のナーロッパではないが、歴史と伝統はそこそこある街だ。
もっとも古い街並みだけでなく、ビルの一群が立ち並ぶ地区もある。
高層ビルと呼べるほど高いビルがないのは、ご愛敬だが。
郊外に出ると工場区画があり、そこでは製鉄所やグランツ家の工場がある。
と言っても、本格的に重工業に注力している都市ではないので、工業区画の面積もたかが知れている。
地方都市として、全体的に緩い雰囲気が漂っているのがこの街だ。
「しかし、この街も昔に比べて随分くたびれたな」
以前は、街の中心部は清掃が行き届いて綺麗な街並みだったが、最近はゴミがよく落ちていて、街の様子もくすんで見える。
店に並んでいる商品も数が減り、昔に比べて質のいいものが減ってしまった。
周囲を見渡せば、商業街なのに昼間から閉まっている店の数が増えているのに気づく。
戦争のせいで世界中の物流に支障が生じ、経済が低迷して不況に陥っているせいだ。
この街で不況知らずなのは、戦争に関わっているグランツ家と、取引関係のある製鉄所などのごく一部だけ。
町全体は不況のせいで、住民が疲れた顔をしている。
まるで前世の日本の地方都市みたいに、衰退していく姿を見ているようだ。
街の人口にしても、俺が生まれた頃より減少している。
そして戦争そのものが、この街にも徐々に近づいてきている。
人類側の戦線の後退が進み、キース・グラン連邦が対シャドウウォーカー戦に投入している派遣軍の規模が、年々増加している。
この国の近くまで、戦場が近づいてきているせいだ。
街中を見渡せば、傷痍軍人だと一目でわかる成人男性の姿がある。
片腕をなくした20代の男性に、両足を失って車いすで移動する老人。
30代に見えるが、杖を突いて歩き辛そうにしているおっさんもいた。
シェルドは今では5年分飛び級して大学に通っているが、高校に通っていた頃は、授業で軍事教練の時間がとられていると言っていた。
戦前戦中の日本のように、教育勅語や竹やりの訓練は流石にない。
それでも予備役の軍人が授業で教鞭をとり、軍隊に入った際に最初の方で叩き込まれる、行進の訓練に、軍隊式の点呼、スコップの扱い方などが教えられている。
既に高校では、射撃訓練まで行われているとのことだ。
この国では高校を卒業すれば兵役が待っているから、その際に必要になる訓練期間を少しでも短くするための教育だろう。
軍隊での訓練期間が短く済めば、それだけ早く前線に兵士を送り出すことができる。
戦争によって、世界が暗くなっていっている。
イヤなものだな、戦争なんて。
逃げ出せるもなら逃げ出したいが、シャドウウォーカーの支配領域の拡大速度を考えると、この惑星上で逃げられる場所なんて、いずれどこにもなくなってしまう。
俺が寿命で死ぬ前に人類は絶滅させられ、奴らが世界の支配者になってしまう。
ちょっと暗い気分になりながら、裏通りに入った。
近道のつもりで入ったのだが、ダメだったらしい。
「なあ、ちょいとばかし金を貸してくれや」
典型的な恐喝に遭遇してしまった。
今の俺はパーカーで顔が見えないようにしているから、相手が俺の正体に気づいていない。
ニワトリ頭のトサカヘアーが1人、モヒカンが1人、マシュマロみたいにぷっくり膨れ上がったデブが1人、茶髪女が1人。
男3人に女が1人。
俺と年はそう変わらないだろうから、高校生だろう。
4人ともいかにも柄が悪そうな感じで、男に至っては黒の学ラン姿だった。
昭和の日本か?
昭和からの転生者か?
「この国って、学ランなんてあったか?」
高校なんてスピード飛び級であっさり卒業してしまったので、この街のある高校に学ランがあったのか覚えていない。
シェルドも高校はスピード飛び級で、さっさと卒業してしまった。
毎日、俺が勉強の面倒見てやったら、教育効果が出て、あっさり高校を卒業してしまったのだ。
「も、もうダメ、勘弁して、これ以上頭に詰め込むと死んじゃう……」
よく涙を流し、うめき声を上げて机に突っ伏していたが、まだ声を出せるってことは余裕があるってことだ。
俺は料理長の訓練で声も出せなくなる状況に陥ったことが何度もあるので、シェルドがまだ限界じゃないって分かった。
それにシェルドだって、兵隊の訓練課程で3日間の雪中行軍を経験している。
まだ、この程度で限界でないって、自分でも分かっているだろう。
そんなおかげで、シェルドも今や大学入りだ。
“友達”のシェルドには、ぜひとも大学を卒業し、大学院修士課程も終えて、軍隊で佐官以上の身分になって出世してもらいたい。
俺が将来軍隊入りした時、頼れる”友達”がいた方が、俺の生存確率も多少上がるだろう。
多分、小数点レベルの確率だろうが、他ならぬ俺の生存率に関わるのだから、わずかでも上げておくに越したことはない
さて、それはそれとしてだ。
「あらー、ビビって動けなくなったのかしら?
だったら、私が財布を預かって……ギャアッ」
学ランを見て思わず硬直してしまった俺の事をどう思ったのか知らないが、茶髪女が俺から財布を取ろうと近づいてきたので、腕をひねってやる。
「イダァー、助けてぇーっ!」
「ア、アネゴーッ」
茶髪女の悲鳴を聞いて、男たちが慌てる。
どうでもいいが、この女は姉御というのか。
……チンピラ集団の女ボスか?
姉御の危機に、トサカヘアーが勇敢にも向かってきたので、姉御を放り投げてやる。
「アネゴー、無事か」
「う、腕が。私の腕がー」
姉御の体をトサカがキャッチ。
なお、捻り上げた際に、姉御の関節を外しておいた。
「てめえ、許さ……ゲホッ」
モヒカンが叫びながらパンチをしてきたが、回避しながらのカウンターパンチで沈める。
モヒカンの体が空中を飛び、近くの壁に激突して、ぐったりと動かなくなる。
殴り方が全然なってないな。
体をもっとひねらないと、威力が出ないぞ。
「ウガアアアーッ!」
続いて、デブのマシュマロ男が巨体をいかして、俺に突っ込んできた。
ただの体当たりだが、デブなので質量が多い。
無駄にデカいので、突進してくるだけで迫力がある。
「ゲフッ」
でかいだけなので、腹パンしてそのまま気絶させたけど。
「てめぇ、よくもアネゴーを、死ねっ!」
なんてしていると、今度はトサカヘアーがナイフを取り出してきた。
姉御を背後に庇い、ナイフを俺に向けてくる。
「なんだ、ただの金属製か」
俺が勢いをつけてナイフを横から蹴ると、刀身が途中から折れて飛んでいった。
「ナンジャコリャー!」
ナイフの刀身がなくなってしまい、口をあんぐりと開けるトサカ。
意識が完全に俺からそれているので、そのまま蹴り第2弾をお見舞いして、意識を刈り取る。
「ゲフンッ」
実は俺、最近セラミック製ナイフを回し蹴りで折れるようになった。
これも日々のたゆまぬ訓練のたまもの。
料理長には感謝しかない。
「あっ、あっ、く、来るんじゃないよ。化け物!」
男3人は意識を失い無力化完了。
ところで関節を外した姉御は、戦意の大半を喪失しつつも、未だに負けを認めない。
無事な方の手に、拳銃を握ってやがる。
チンピラとはいえ、一般人がそんなものを持っているとか、この街の治安は大丈夫かね?
姉御が銃口を俺に向けてくる。
「殺されたくなかったら……」
――パンッ!
拳銃から、発射音がした。
「死にたいのか?」
ただし、拳銃を撃ったのは俺。
そして姉御の手には、既に拳銃は握られていない。
料理長から教わったテクニックで、自分の手が届く範囲の拳銃を、手品みたいに奪う技がある。
それを使って、姉御の拳銃を奪て、即座に撃った。
と言っても、俺は人殺しなんてするつもりはない。
したことないし、そんな事をしたら人間的にお終いだ。
社会的にも終わりそうだが、グランツ家の場合1、2人くらい、どうとでもなりそうなのが怖いな。
俺が撃った弾は、姉御の顔の傍を通りすぎ、近くの壁にめり込む。
「アッ、ヒィッ、ヤアーッ」
奇声を上げた姉御は、白目をむいてぶっ倒れた。
あと、股から温かな湯気を上げる汁が漏れ出す。
「……」
ここは紳士として視線を逸らし、姉御の醜態を見なかったことにしよう。
しかし、敵から視線を外すのはいただけない。
俺には、歴戦の兵士みたいな、強靭な精神力がまだないようだ。
そして全てが終わった後、黒服を着た筋肉モリモリマッチョマンの集団が、この場にゾロゾロとやってきた。
目の前でぶっ倒れているチンピラに関係した、マフィアとかではない。
「坊ちゃん、ご無事ですか?」
ビリー教官を筆頭にした、我が家の使用人たちだ。
マフィアより、もっとヤバい連中だ。
「怪我はないから安心してくれ」
手をひらひらと振って見せ、怪我のないことをアピールする。
俺はビリー達をまいて街に繰り出したが、実は途中から見つかって尾行されていた。
ビリー達は陰から俺を見張っていて、自分たちが見つかっていないと考えていたかもしれない。
だが、料理長とNo13の訓練を経た俺は、ビリー達の存在に最初から気づいていた。
その時点でまく必要がなかったので、そのままにしていただけだ。
「坊ちゃんがご無事で何よりです。
ですが、あまり1人で街をうろつかないでください。
俺たちが旦那様と奥様から叱られてしまいます」
「ああ、なるべくそうするよ」
絶対に二度としないとは約束しない。
すでに何度もしている事なので、ビリーはため息をついてやれやれという顔をした。
ところでだ。
「この連中、あろうことにも坊ちゃんにナイフどころか、銃まで向けましたな」
俺が無事と分かると、ビリーの視線がチンピラたちに向かう。
いまだに気絶していて、マフィアより怖いおじさんたちの事に気づいていないチンピラたち。
意識がないのは、ある意味幸せなのかもしれない。
意識が戻れば、不幸のどん底だろうが。
「誰に手を出したのか、理解させてやらんといけませんな。
こいつらの親御さんたちにも、きっちりと話を付けて……」
「海になんて沈めるなよ」
「沈めませんよ」
ヤクザやマフィアがやりそうなことを仕出かさないかと、ひやひやしてしまう。
何しろ、黒服にサングラスのマッチョマン集団だぞ。
「海は遠いので、やるなら山に連れて行くか、畑の肥料ですな」
「ストップストップ、マジでやるなよ!」
「冗談ですよ」
「全然冗談に聞こえねぇ」
無言でニヤリと笑うビリー教官。
どう見ても堅気の人間じゃない。
若い頃は第4次大戦にも参加しているだろうから、戦場で人殺しもしてるだろう。
俺みたいな、訓練だけの人間とは違う威圧感がある。
こえーよっ!
しかし、チンピラたちは弱かったな。
今は、学校でも軍事教練があるんだろう。
それなのに、こんなにあっさり倒されていいのか?
こいつらがもっとましに戦えないと、将来の俺の生存率が下方修正されないか?
「なあビリー、こいつらの腐った性根を叩き直そうぜ」
「兵隊の訓練ですか?」
「ああ。こいつらの親御さんたちには、グランツ家のウィルが友達として呼んだとでも言っておいてくれ」
「坊ちゃんの”お友達”ですな。了解しました」
それだけ言うと、あとの話は全て伝わった。
なお、俺の”友達”シェルドは、ビリー教官の下で兵隊として鍛え上げられ、その後も俺の訓練にいろいろと付き合ってもらっている。
もちろん”友達”だから、俺の決定を拒否することはない。
こいつらには、手始めにビリー教官によるマッスル体操で筋肉を作ってもらい、兵隊としての訓練開始だ。




