召喚ミス?では、好きに生きます
初投稿です。読みにくいかもしれませんが、少しでも「くすっ」としてもらえたら、嬉しいです。
2024/05/12 加筆修正しました
私は有澤楓。ブラックな職場でまともな休日もなく、毎週の残業40時間超えで働くアラサー。今日もそれは変わりなく、いつもの時間の電車で帰路につき、最寄り駅を出た・・・はずだった。
「成功です!」
改札を出て、一歩を踏み出したはずなのに。突然目の前が光ったと思ったら、見知らぬ場所で、大勢の人に囲まれていた。
混乱する私をよそに、取り囲んでいる人たちは大盛り上がりしている。周囲を見回してみるが、やっぱり見覚えはない。ただ分かるのは、確実に日本ではないということだけ。あれ、でも言葉は分かるな?さっきから私を見ては「聖女様!」「よくお越しくださいました!」と叫んでいるのが聞こえるし。あとなんか、足元に魔法陣みたいなのがあるんだけど。
そんなことを考えていたら、人混みの奥から美少年が出てきた。凄い、若手俳優でもここまでキレイな子見たことないぞ?と、最早現実逃避をし始めた時、その美少年からの怒号で現実へと引き戻されてしまった。
「認めん!こんな醜い者が聖女だと!?ありえん!神官長、もう一度やり直せ!」
私を指差して叫ぶ美少年の声に、その場が静まり返った。今まで騒いでた人たちを見るけど、視線は逸らされるばかり。うん、まぁ言いたいことは分かるわよ?自分のことは、自分が一番良く知っているし。アラサーのデブス、それが私だもの。しかもこの前、また服のサイズが一つ上がったし。でもさ、
「とりあえず、説明を求めます」
私のこの発言は、真っ当だと思うの。
【聖カッサラ王国】
それが、この国の名前。なんとなく予想はしていた通り、この世界は異世界だった。つまり、昨今流行りの異世界転移というやつ。いいよねー、金髪碧眼。一度は憧れるよね!私には似合わないけれど!あと技術力が中世くらいで止まっている代わりに、魔法があるとか!ドラゴンや魔獣もいるっていうし、がっつりファンタジー!小さい頃からファンタジーもの大好き魔法少女になってみたかった私にとっては、まさに憧れの世界だった。
まあそのへんは置いといて。そもそも、なんで私が召喚されたのかというと、この国は宗教がメインの王国らしく、聖女様を数十年交代で擁立しているのだという。しかし交代の時期になっても次代候補が現れず、不審に思った神官長が占った結果、次代が異世界に生まれていたことを知ったのだとか。占いでそこまで出来るとか、凄すぎるな異世界。
ただまあ、そんなこんなで召喚の儀式を執り行い、喚ばれたのが全く関係の無い私だったわけで。
そう、私は聖女ではなかった。調べてみたら聖魔力一切なしだった。本当に、召喚ミスだったのだ。そこは間違えちゃダメなやつ!と、説明を受けながら叫ばなかった私を、誰か褒めてほしい。しかも帰還方法はなく、私はこの国に永住することが確定していた。もちろん、これに関しては文句を言いましたとも。ただ内心は、ブラックな職場から解放されることに、小躍りしていたけれども。
さて、そんな召喚ミスから一年と少し経った頃。王太子(最初に会ったあの美少年が王太子だった)を中心とした聖女召喚の担当者たちは、今度こそ見事に儀式を成功させた。無事に聖女を喚び、今は今代の聖女様から色々と教育を受けているそうだ。そして今日、聖女のお披露目が王宮で執り行われている。壇上に立つ次代の聖女は真っ白なシスター服のようなものを着ており、恥ずかしそうに微笑んでいる。確か日本出身の女子高生だと言っていたけれど、大人びた子だなぁ。あと可愛い。
「カエデ・アリサワ。居たら出て来い」
壇上を見ながらほっこりしていたら、大声で名前を呼ばれた。名指ししたのは、王太子殿下。なんだか怒った顔をしているが、心当たりがまったくない。会場内にいる出席者の皆さんは、聞き覚えの無い名前にざわついてるし。え、この状況で出て来いと?
「居るんだろう!早くここまで来い!」
痺れを切らした殿下が、さっきよりも大きな声で呼んでいる。うーん、嫌だけど仕方がない。行きますか。
「失礼を致しました。カエデ・アリサワ、ここにおります」
壇上から見える位置まで移動して、カーテシーをする。ここに来てから教わったこの国のマナーは、ほぼ完璧なのだ。
「・・・誰だ?お前は。オレはカエデ・アリサワを呼んだはずだが」
「私がそうです」
私をガン見して首を傾げる殿下に、思わず吹き出しそうになった。うんうん、とってもいい反応だわ。そりゃあ、あの召喚された日以降、まったく会っていないもの。驚くわよねー。だって私、この一年でおよそ二十キロ痩せたからね!
ドヤ顔をしそうになるのを抑えて壇上を見ていると、殿下の斜め後ろに立つ美男子が小さく頷いていた。その恰好を見るに、たぶん聖女の護衛騎士かな。どうやら、私が本人であることを殿下に教えてくれたみたい。殿下もそれに気付いたらしく、ようやく話は本題に入った。
「おい、なぜ侍女の恰好をしているんだ」
入ってなかった。マジか。まあ、その疑問にもお答えしますけどね。
「何故、と言われましても。現在、侍女として働いておりますので、これが制服になります」
「はあ?」
良いリアクションするなぁ、王太子殿下。でも王族としては、ちょっとどうかと思うわ。もう少し、ポーカーフェイスを学ばないと。
「ま、まあ良い。カエデ・アリサワ、お前を呼び出したのは、今日ここでお前の悪事を裁くためだ!」
「悪事、でございますか。まったく心当たりがありません」
「しらばっくれるな!ルイス、あの書類を!」
殿下に呼ばれて壇上に姿を見せたのは、同年代の少年。おお、凄い。殿下とは別タイプの美形だわ。というか、さっきからずっと、聖女が困惑した表情のままキョロキョロとしてるのよね。あ、護衛騎士が後ろの椅子まで案内した。そうだよねぇ、いきなりの事にびっくりするわよねぇ。
「この書類は、国庫の使用履歴だ。お前がやって来てからの一年間、なぜか居ないはずの『聖女用資金』から出金が繰り返されている。残されていた領収書の但し書きはドレスや調度品など、高価なものばかりだ。お前が勝手に使い込んだのだろう!」
「違います」
きっぱりと言い返すが、さすがに納得しないだろう。その証拠に、殿下の勢いは止まらない。
「嘘をつくな!領収書を発行した店は、お前が来たと話している!」
「それだけで、使い込みを疑うのですか?」
仕方ない。大勢の貴族がいる中で言いたくはなかったけれど、背に腹は代えられないか。
「宰相閣下、例の件について、開示の許可を頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない」
実はずっといらっしゃったのよ、宰相閣下。丁度、殿下の斜め後ろに座っていらっしゃるの。その隣には聖女が座っていて、不安そうな顔をしている。あ、そっか。彼女も私について、何も知らないんだっけ。あと今気づいた。殿下にルイスと呼ばれた少年、宰相閣下に似てるんだ!ということは、噂の息子くんか!
「ありがとうございます。では、殿下。裁く、とおっしゃいましたが、私から反論する時間も頂けますわよね?」
「ふん。証拠があるのなら、やってみろ」
「ありがとうございます。それでは・・・」
背筋を伸ばし、息を整える。余裕そうな顔をしている殿下には悪いけれど、こっちにだって証拠はあるのよね。
「まず私は使い込み、いえ、この場合横領になるのでしょうか。そんなことはしておりません。そもそも、高価なものを買った覚えもございません。そちらにある領収書は、本当に私が提出したものですか?確か経理部には、関係者以外が入室した際に記録が残る魔道具が設置してあったはずです。その確認はしておりますよね?まさかそれをせずに、状況証拠と証言だけで私と決めつけている、なんてことは、言いませんよね?」
私の言葉に、殿下が押し黙った。おいおい、本当に確認していないの?科学の代わりに魔法が発達しているのだから、それを使わなくてどうするのよ。やろうと思えば、領収書の筆跡鑑定とか指紋鑑定とかも、出来そうなのに。
「そして何よりも、私はこの国に、この世界に喚ばれた後、国王陛下と交わした『約束事』もございます。まさかそれもご存知ない、わけないですよね?」
「約束事だと?」
あらま、本当に知らなかったみたい。後ろに控えているルイス君へアイコンタクトとっているけれど、彼も知らない様子だし。ちらりと宰相閣下を見れば、わかりやすく溜息を吐かれていらっしゃった。うん、心中御察しします。でも許可はもらったから、ここで言っちゃいますよー。
「およそ一年前、私はこの国に喚ばれました。経緯は省かせていただきますが、その際に国王陛下、宰相閣下、並びに神官長と交わした『約束事』がございます。まず一つ目は『私の存在を公にしない』こと。二つ目は『この国で生きていくための戸籍が欲しい』こと。三つ目は『生活するにあたって必要な知識が欲しい』こと。四つ目は『王宮で保護されているあいだの衣食住は必要最低限でいい』こと。そして五つ目は『それらにかかった費用は何年かかってでも返済する』ということです」
そこまで聞いた周りの参加者の皆様(貴族の皆様)は、明らかにざわついた。でしょうね。だってこれ、本当は王家と私のあいだで交わされた密約だもの。だから本来ならば、召喚の儀式の責任者であった殿下が知らないほうが、おかしい話なのよ。神官長、伝えておくって言っていたのになぁ。
あ、ちなみにこれは私から言い出したこと。だってさ、聖女じゃなかったけど帰せないから自力で頑張れ!と、国内にポイ!されるの嫌だったし。国王陛下と宰相閣下は、話してみるとしっかりとした方だったから。
そこで、思い切って『生活に支障のないレベルの知識を得たら、自分で働いて生活します。でも国に借金をしたくないので、かかった費用は返済します』と言ったのよ。まぁ、返済なんかいらない、とは言われたけどね。
「なんだそれは!そんなの嘘が通ると・・・」
「嘘ではありません。その時にかわした契約書も、きっちりと残っていますよ」
横槍を入れたのは、今まで黙っていた宰相閣下。懐から取り出したそれ、正しく私と国王陛下が署名した契約書ですよね?え、つまりこうなるのを知っていたとか?なんとなくジト目になる私を無視して、宰相閣下は殿下の傍に歩み寄ると、そのまま話し出した。
「そもそも、殿下はどこでこの横領の話をご存知に?これは私が部下へ、秘密裏に依頼した調査なのですが」
「それは、ルイスからだが」
「ほう。ルイス、お前はいつからそんな権限を持ったんだい?」
見るからに、ルイス君が慌て出している。ははーん、これはつまり、盗み聞きをして手柄を取りたかった、みたいなやつだね。ところで私、置いてけぼりなんですけど。
「そんなことはどうでもいいだろう!今はこの女の悪事を暴くだけだ!」
人を指差さないでくれるかしら。あとルイス君、殿下を羨望の眼差しで見ないの。貴方は帰ってから、確実に説教コース確定よ?
「まだそんなことを・・・。良いでしょう、では暴きましょうか。バドック副官、こちらへ」
「はい」
呼ばれて人混みから出てきたのは、宰相閣下の副官。そして私の
「旦那様」
「ごめんね、カエデさん。巻き込んでしまって」
「いえ、大丈夫です」
そう。この公爵様こそ、私の雇い主なのだ。
「大変でしたわね、カエデ」
「奥様。お気遣い、ありがとうございます。ですが、これは一体?」
「うふふ。見ていれば分かるわ」
私の肩に手を置き、優雅に微笑むのは公爵夫人。実はこの方、私の行儀作法の先生だったりする。この方に出会っていなければ、私は早々に王宮から脱出出来なかったと思う。
「さて、今持ってきて貰ったこの報告書には、長年の公費横領についての詳細が記載されています。それこそ、カエデ嬢がこの国に来る数年前からのものが」
宰相閣下の言葉に、場内が再びざわめき立った。え、待って。なにそれ。なんで私の断罪劇(仮)から、そんな大事な話になるの。
「これによると、毎年引き出している口座は違っています。そして昨年は、それが『聖女用資金』からでした」
報告書の束をめくり宰相閣下が示した箇所に、たぶんその詳細が載っているのだろう。その証拠に、動揺した殿下がそれをひったくって、ルイス君と一緒に読み始めたと思ったら、二人して膝から崩れ落ちた。
「これで証拠は出揃いましたね。さて、それではお尋ねしましょうか。経理部王宮財務課担当の、アッセント伯爵?」
宰相閣下がそう言うと、どこから現れたのか、一人の貴族が壇上下まで近衛兵に拘束された状態で連れられて来た。どうやら、この人がアッセント伯爵らしい。あれ、この人って確か、私の返済金を管理してる人じゃなかったっけ?
「私とバドック副官で調査した結果、貴殿が公費横領をした事実を突き止めている。だがまあ、こんなところで公に断罪するものでもない。詳しいことは、別室でお尋ねしよう」
連れて行け、という宰相閣下の一声で、アッセント伯爵は近衛兵に連れられて会場から出て行く。つまり一度連れてきたのは、見せしめのようなものね。伯爵本人と、そして殿下への。
「というわけで、『聖女用資金』の横領はカエデ嬢ではありません。盗み聞きをした上、相手の嘘に騙されるとは。もう少し詳細を調べるべきでしたね、殿下。あとルイス」
ひえ、最後の呼びかけにめっちゃ殺気籠ってたんですけれど。ルイス君、殿下にしがみ付いて震えてるし。さすがにちょっと見ていられなくなったから、助け舟出しますか。
「あの、よろしいでしょうか。宰相閣下」
「はい。なんですか、カエデ嬢」
私が声をかけると、殺気が引っ込んだ。にこり、と笑いかけてくれる顔は、いつもの宰相閣下だ。
「私が返済していた借金は、どうなっていたのでしょうか。まさかそれも・・・」
半年ほどとはいえ、公爵家の侍女として働いた給料から少しずつ返済してきたんだもの。それまで使い込まれていたら、さすがに泣く。泣いてさっきの伯爵を殴る。
「それでしたら、大丈夫ですよ。実際に管理をしているのは、経理部長ですので。帳簿も間違っていませんでした」
「よかったぁ」
思わず素でそう呟くと、隣にいらした公爵夫人に「良かったわねぇ」と頭を撫でられてしまった。ううう、なんか子供扱いされてる気もするけれど、美人になでなでされたので役得です!
その後どうなったかといえば、殿下は国王陛下と王妃陛下からお叱りを受け、反省文を五枚以上書くことになったそう。ルイス君も宰相閣下からお叱りを受け、反省文のうえに一ヶ月間のスパルタ教育が始まったという。生易しい気もするけれど、私のことはどうせ後々バレることだったし、まあ仕方がないよね。
そして私はというと、変わりなく公爵家で侍女として働いている。ただ最近は、私の存在を知った聖女から頻繁に手紙がくるようになったけれど。しっかりしてるように見えても、やっぱり10代の子だものね。故郷は恋しいよね。そんな私もどこか寂しさはあるので、今では聖女と文通友達になってしまった。
「カエデ、ちょっといいかしら?」
「はい奥様!」
ナイスミドルな旦那様に、美人な奥様。そして私が異世界から来たと知っていても、なんの垣根もなく普通に接してくれる仲間たち。そして何よりも、無駄な残業も深夜勤務もパワハラもない、最高な職場!私、この世界に、この国に召喚されて幸せです!