攻略完了の卒業パーティ
――攻略、完了っと
ずれ落ちてしまったドレスの胸元を直しながら、鏡に映るわたしに勝ち誇った。
自分でいうのもあれだけど、幸せに満ちた、赤く火照った顔がかわいいと思う。
肌をさらした両肩に、彼が、その厚い手をのせる。背後からわたしの耳元に顔を近づけて、吐息を頬にあてる。
「もう行ってしまうの?」
「ええ、わたしが先に部屋から出るわ。あなたはしばらくしてから出てきてね」
わたしはドレスの裾の乱れを直し、自然なふくらみに仕上げる。彼がきつく抱くものだから、少しシワになっている。いや、わざと手で握りしめて、自分の痕跡を残そうとしたのかもしれない。
「パーティにいったら、爵位のある男性とダンスをすることになってるから、おとなしく我慢しててね」
わたしはいたずらな笑みを鏡越しの彼に向けた。
「わかっていますとも。公爵令嬢さま、ってね」
彼は皮肉っぽく笑った。
わたしは肩に乗った彼の手をやさしくおろして、部屋のドアを向いて歩きだした。ドレスから開いた素肌の背中に、彼のなごり惜しい視線をじんじんと感じつつ、そのまま手を振って、彼に別れの合図をしてあげた。
部屋を出てドアを閉めるとき目に入った、<生徒会室>と書かれた表札をしばらく眺めた。この学園の伝統がつまった部屋。そんな神聖な場所で逢瀬をしたという事に、わたしは背徳感と優越感の混じったなんともいえない感慨に浸った。
生徒会室を後にし、廊下を歩きながら、さっきまで一緒にいたアレスのことを思い出す。平民の階級ながら学年トップの成績をとった時に、わたしはアレスに声をかけた。とても純粋で、シャイだった。
身分の差もあって、なかなか踏みこんできてくれないものだから、無理矢理に生徒会役員に抜擢して、最後だってわたしから好きって言っちゃった。
でも、この卒業の日に攻略できてよかった。
――さて、これから卒業パーティよ。楽しまなきゃ。
会場に向かう綺麗な衣装を着た人や、兵士姿の護衛の人が見える。中からは管弦楽のゆるやかな旋律とにぎやかな喧騒がもれ聞こえてくる。
会場は学園内にある多目的ホール。今日は特別に赤い絨毯が敷かれ、天井から大きなシャンデリアが吊り下げられていた。
パーティ会場に足を踏み入れると皆の視線がわたしに集まった。そして、すぐさまわたしを呼びながら駆け寄ってきたのは、普段から仲良くしている女性の友人達だった。
「とても綺麗です。シャーロット様」「会場がパアッと明るくなりました」「今日は一段とお美しいですよ」
友人達がみな、わたしの容姿を褒めてくれる。
「だって今日は特別だもん。目一杯おめかししてきたわ」
わたしは彼女たちと輪になって、楽しかった学園の思い出話をした。わがままで気の利かないわたしといつも一緒にいてくれた。みんなわたしを慕ってくれた大切な友人だ。
わたし達の輪に向かって、一人の男性が近づいてくる。明るい茶髪をかきあげて、涼しげな声で話しかける。
「僕も話に混ぜてくれないか」
そう言って彼は輪を割って、狙ったように、わたしの隣に入った。
彼とはこの一年、クラスと選択科目が同じだった。そしてわたしが一番初めに攻略した相手、ランドルクよ。
彼を輪に入れて、みんなで選択科目の思い出を語るあいだ、彼が何度もわたしに視線を送る。
わたしと友人との話が一段と盛り上がったとき、ランドルクの手の甲がわたしの小指に当たる。合図のように2度、3度当たってくる。
わたしが壁際に立っているのをいいことに、彼は二人の体で見えないようにわたしの手を握った。きゅっと彼が手に力を込め、緩めた。そして、意味ありげにわたしに視線を送った。わたしは一瞬だけ視線を合わせて、反らし、きゅっと手を握り返した。
「シャーロット様はチェスもお上手でしたねえ。私なんかハンデをもらっても勝てなかったの」
「え、ええ。そう、だったかしらねえ」
ランドルクに気を取られて、友人への反応がぎこちなくってしまった。
彼に意地悪をしてやろうと、わたしが両腕をおなかの前で組むと、彼は後ろから手をわたしの腰に当てた。そして這うように手を動かし、素肌の背中を撫でた。
わたしを欲するのは分かってあげるけど、あまり調子に乗られても困る。
「襟がいがんでるわよ」
と言って、彼の前に立って、襟を直してあげる。そして少しの間見つめ合って、
「飲み物をもらってくるわ」
と言い、わたしはその場を離れようと歩きだした。
「僕がとってこよう」
「いいえ、選びたいの。後で踊りましょ」
彼はきれいな顔にしわをつくって、残念そうに苦笑いをしたが、納得はしたようだ。
会場を歩けば、あちこちから視線を感じる。
今日は艶めくブルーのドレスを選んだ。お花柄の繊細な刺繍がとてもかわいいの。それに胸元と髪をダイヤモンドで飾ったわたしに誰もかなうはずない。
会場の端にあるカウンターでスタッフにワインを注文する。カウンターの脇には豪華な食事やフルーツが並んでいた。そこにあったプラムを一切れとろうと、フォークに手を伸ばした時、別の手が先にフォークを握った。
「おれが先だよ。シャーロット」
その男性は得意げに白い歯を見せ、握ったフォークを引き寄せた。
金髪で背の高い男性、ジェイドだった。彼は剣術で学年トップだった。卒業後は騎士になる予定だそう。
もちろん、彼も攻略済み。
「どうぞ。かまわないわ」
彼は手にとったフォークで黄桃を一切れ刺して、持ち上げた。
「食べる?ほら、おいしいよ」
にやにやした顔でジェイドがわたしの唇に黄桃を押しつける。
わたしは小さく口をあけて唇でそれをくわえた。甘い香りが広がって、舌が自然と動き、ぺろりと口の中に引きこんだ。
「恥ずかしいから、やめてよ」
「ごめん。それじゃあ、外に出てみない?そこなら恥ずかしくないよ」
彼はいろいろと手が早い。攻略するときは、簡単に誘いに乗らないで、何度かじらしてやったっけ。それと、他人に見せるようにやる癖があるから困るのよね。
わたしと彼はパーティの食事の話をしながら、近くの扉から会場の外に出た。
誰もいない所まで来ると、彼は私を壁際に追い込んだ。そしてしばらくじっとわたしの瞳をのぞいた。
「最近、会ってくれてないんじゃない?忙しかったの?」
「うん、そうなの。生徒会もあるし、家の用事も重なって。卒業してお互い落ち着いたら、沢山会おうね」
彼は壁に手をついて、わたしの唇に焦点を合わせ、顔を近づける。
金色の瞳がきれい。虹彩の模様が良く見える。先走るように突き出る唇がかわいい。
わたしは寸前のところで、彼の口に手をあてて、彼を止める。
「だめよ。お化粧がくずれちゃう」
彼はまぶたを閉じて、深く鼻で呼吸をしてから、体を引いた。笑顔をとりつくろって、「我慢するよ」と言った。なんだかんだ紳士だから助かる。
「戻りましょ」
会場へ戻ろうと踏み出したわたしに、ジェイドが何かに気づいた。
「腰のところに何かついてるよ。ドレスの後ろのひものところ」
彼がそれを取って、わたしに見せたのは、小さな水色の花だった。きっとランドルクね、彼の瞳の色と同じだもの。友人たちと話している時につけたのだろうけど、どうしてこういう事をするのかしら。
「ありがとう。きれいな花だから、もらっておくわ」
ジェイドはどこか釈然としない様子でわたしに花を渡した。
彼は口数が少なくなって、時折わたしが手に持った花を見ていた。わたしは気にせず、次のデートの計画を彼に聞かせた。
会場に戻ったわたしとジェイドに、また別の男性が迫ってくる。その男性はわたしと目が合うと、嬉しそうな顔で小さく手を振った。
彼は公爵家の令息のルカ。気品があって、優しい人。
分かってると思うけど、攻略済みよ。
ルカがわたしの前に立つと、丁寧にお辞儀して言う。
「私と踊っていただけませんか。シャーロット嬢」
「ええ。よろこんで」
ルカは、わたしが差し出した手をとると、横目でジェイドをにらんだ。
それを見たジェイドは、「失礼するよ」とだけ言って、去っていった。
思えば、彼ら二人が話しているところは一度も見たことがない。知性派と武闘派できっと相性が悪いのだろうと想像できる。
わたしはそっと、ランドルクの花を脇の下のドレスと肌の間に隠した。
ルカは眉をよせて、疑うようにわたしを見る。
「王太子殿下以外の男性と親しくするのはいかがなものかと思いますよ。……僕は別だけどね」
最後のところだけ、小声でそう言った。
わたしはにっこり笑って答える。
「心配しないで。馬鹿な王太子はいずれ馬鹿な女に入れ込んで、わたしとの婚約を解消するわ。そしたら、堂々と一緒になりましょ」
彼はあからさまに表情を緩める。そして眉を下げて言う。
「悪かったよ。だから、そういう話は人のいる所でしないでよ」
彼は指をからめて手を握り、もう一方の腕をわたしの腰にまわした。わたしは彼の肩に手をのせて、リズムを合わせる。
わたし達は音楽に合わせて踊った。彼はとてもダンスが上手だった。流れるようにステップをふんで、心地よいリズムで二人は呼吸を合わせた。
ダンスをしながら、彼が腰にまわした腕をぐっと引き寄せて、密着する。そして耳元でささやき掛けた。
「そのピアス、きれいだね」
「ふふっ、わかった?あなたの瞳と同じ、深い碧なの」
「すごく嬉しいな。なら今度、君の瞳と同じ指輪を贈ろう。いや、明日にでも」
わたしは天井のシャンデリアを見上げた。
「……明日が……来ればね」
「え?」
ダンスの最中、入り口の方から拍手が聞こえた。
王太子の登場だった。
王太子に気づいた者は皆、ダンスや食事を止めて、手を叩いた。金色に輝く刺繍の入った白い正装に身をつつむ、彼の威厳に誰もが賞賛の意を送った。
そして隣に一人の女性を伴っていた。
王太子は拍手を送る参加者たちに手を上げて応えながら歩いてゆき、壇上にその女性と二人で立った。そして集まった衆人を見渡し、声を張ってスピーチのように語った。
「苦楽を共にした仲間と卒業の日を迎えた事を光栄に思う。今夜は皆、おおいに楽しんで欲しい」
会場全体に、一際大きな拍手と歓声が起こった。
「今日は、皆に報告がある」
会場は静まり、みな王太子の言葉を待った。
「私と、シャーロット公爵令嬢との婚約を、破棄する!」
どよめきが起こる。
「シャーロットは、自身の地位を使って、ここにいるエリカを筆頭に多くの学生を迫害した。なかには退学に追い込まれた者もいる」
みなが驚きの声をあげ、会場がざわつく。そして、わたしに厳しい視線が突き刺さる。
「しかもエリカの証言によれば、何人も他の男と不義をはたらいた!シャーロットは王族権威への反逆を企てている!」
一段とざわつきが増した。ルカはいつの間にか居なくなっていた。
周囲の者たちが、口々にわたしを罵り始めた。「汚らわしい」とか「貴族の恥」とか「やっぱり」とか「そうだと思ってた」とか。よく言うよ、勝手なもんね。
しまいには、告発し婚約破棄の決断をした王太子を賞賛しはじめた。
――知ってたよ。
――そう。わたしの人生はこれで終わり。この後いろいろ罪を被せて処刑されるの。馬鹿な王太子と馬鹿な女のせいで。
――知ってました。
わたしはここぞと意気を込め、堂々と声を張って、王太子に言葉を叩きつける。
「結構です!どうぞ、婚約を破棄あそばせ!…………てかさ」
わたしは、一度大きく息を吸った。
「テメエよりいい男が一杯いるんだから仕方ないでしょ!そこの女みたいに、テメエなんかのくだらない男に媚び売って生きるくらいなら、喜んで死んでやるよ!」
王太子が血相を変えて怒りをあらわにする。
「貴様!王族を侮辱するは許されんぞ!くそっ。あの罪人を捕らえよ。今すぐ牢屋にぶちこめ!」
護衛の兵士がわたしを乱暴に羽交い絞めにした。わたしは無残なありさまで引きずられ、外に連れ出される。
これから、牢屋に連れていかれるのだ。
そして、処刑される。
始めから決まってた事だ。始めっから。
けど、
――どうせなら、思いっきり楽しんでやれと、精一杯に自分の人生を生きてやろうと。一年前、この世界に降り立った時に、心に決めたの。
楽しかった。
前の人生で出来なかったこと、沢山できた。わたしはこの人生に誇りを持ってる。
悔いが無いと言えばウソになる。でも、このエンディングは覚悟の上よ。
アレスも、ランドルクも、ジェイドも、ルカも、あと、レオにハリス。みんな元気でね。
でもでも、
やっぱり悔しいのは……
……シークレット……キャラの
……校長せんせ……い
……ガクッ
< BAD END >