第31話 建築ギルド来訪準備
朝の鐘が鳴る前に浅い眠りから覚めた。昨夜はあまり寝られず、ベッドの中で悶々と考え込んでいた。結局は魔術を使えるようになることで、何かが好転することを期待するしかない、といういつもの結論にたどり着いただけだった。
睡眠不足で重たい体をヒールでいくらか軽くしてから窓を開けた。早朝から照りつける太陽は眩しいが、冷たく心地良い風が街の香りと共に流れ込んでくる。俺は眩しい太陽に目を細めながら、しばらくその場からぼんやりと街を見渡していた。
やがて頭もはっきりしてくると朝の支度を済ませてティアを待った。
コンコンコン
ノックの音にティアが来たと思い玄関を振り返ると入ってきたのはグリフィンだった。今日もラベンダーを片手一杯に持ってきている。
こういうイケメンが花束を持って訪れる先ってのは俺の部屋じゃないと思うんだけどなぁ。勿論そんなことは口にせず「ありがとう。」と受け取るとラベンダーのほのかな香りが鼻をくすぐってくる。
ただこんな風に毎日持ってきてくれると、大切に育てているラベンダーが無くなってしまうんじゃないかと心配になる。俺は気が向いたらときに持ってきてくれるだけで十分に嬉しいと伝えると、グリフィンは無表情に頷いて帰っていった。
俺は貰ったラベンダーをリビングにある花瓶の口を少し広げて挿し込んだ。昨夜風呂に使った分以上にラベンダーが増えて溢れるほどに咲き乱れている。淡い紫色が白い空間に色彩をもたらせてくれる。日本では花を見て和むなんてタイプじゃなかったけど、結構良いもんだね。
コンコン、ガチャ
今度はティアだった。そして「おはよう、コーヅ。」と部屋の中に入ってくると、まっすぐいつもの椅子に座った。
「今日は午後から建築ギルドの人たちが来るから、ティアにも立ち会って欲しいってタイガー隊長からの伝言です。」
俺は一番大事なことを忘れないうちに伝えた。
「ずいぶんと急な話ね。でも……」ティアはここで声色を変えて「まずは先生にお茶の準備をしてくれたまえ、コーヅくん。お茶を飲みながら聞きこうじゃないかね。」と腕を組み声のトーンを低くして誰かの真似を始めた。一体この先生は誰なんだろう?
俺はハイハイと席を立ち上がるとティーセットと茶葉を持ってきた。茶葉は昨日とは違うもう一種類の方を選んだ。
じっくりとお湯を沸かし茶葉を入れたポットにお湯を注ぐと、ふわっと香りが立つ。そしてここでしばらく蒸らす。
「昨日とは別のお茶だよ。多分フィーロのパン食堂で飲んだお茶と同じ。」
「あ、あのパンに合うって言ってたお茶ね。それならクッキーが欲しいわね。無いの?」
なんと図々しいやつめ。
「昨日食べちゃったからもう無いよ。」
「コーヅは自分で作れないの?ニホンのクッキーも食べてみたいな。」
どこまでも図々しいやつめ。
クッキーは妻にホワイトデーで作ったことはあるんだけど、レシピ見ながらだったし作り方は覚えていない。
材料や器具があってフィーロから教えて貰えたら作れるかもしれないけど。でもそれだけじゃなくて材料を置いておく冷蔵庫も、焼くためのオーブンも必要だし、魔術で焼くからオーブンとは違って温度調節を自分でしないといけなさそうだし。
諸々考えた結果「難しいかな。」と答えた。ティアからは「ふーん。」と期待していなかったとばかりに、そっけない答えが返ってきた。
お茶が入ったポットからティーポットに一旦移し替えてから、琥珀色に染まったお茶を2人のカップに注いだ。カップから淡い湯気とお茶の濃厚な香りが立ち上り鼻をくすぐる。
一口飲んで、ふぅ……とリラックスするようにため息をついた。
美味しいな……。
「それで、コーヅくん。この後の事を教えてくれるかしら?」と机に両肘をつき手を顔の前で組んで聞いてきた。
「えっと、午後に建築ギルドの人たちを連れてタイガー隊長が来るから部屋の建材関係を見てもらうって話だったと思う。そこにティアも立ち会ってって。」
「それだけ?」とティアは驚くやら呆れるやらな様子だ。でも俺は「それだけ。」と答えた。実際、俺が知ってるのはそれだけだし。
「あっきれた!建築ギルドのどんな人が何人来るとか無いの?椅子は絶対足りないでしょ。それにコーヅがお茶を淹れるならカップは8つで足りるの?」とティアは肩をすくめて見せた。
ティアの言う通りです。来客なんだから当然その辺りはケアしてないとダメだよね。総務部員として恥ずかしい限りです。ちょっとタイガーに聞いてくる、と立ち上がるとティアから待ったがかかった。
「椅子は数さえ分かってればその辺の部屋から持ってこれるから。ティーセットだって足りないならメイドに準備してもらえば良いから。今はお茶をゆっくり楽しみましょ。」とティアはカップを両手で持って口許に運んだ。
俺はそんなティアを見て座りなおした。そして少し落ち着いて流れを考えてみる事にした。
建築ギルドの人が来たら挨拶をして、席を勧めてお茶を出す。雑談や部屋のリフォームの話をしてから、部屋を見てもらう。後日、リフォーム計画を提示してもらうという流れかな。
ティアのお陰で頭の整理ができたので、俺もお茶を飲んでひと息ついた。
「私がタイガー隊長の所に行ってくるわ。コーヅは部屋の準備をしておいて。」
お茶を飲み終えたティアが席を立った。そして俺がティーセットを水洗する為に「よっこいしょ。」と立ちあがると、玄関からティアが振り向き「若くないわねぇ。」と言い残して出ていった。俺は「ふん。」とティアが出て行ったドアに向かって呟いた。
俺はティーセットを洗面所に持っていき、傷をつけないように水魔術で水洗し、タオルで優しくふき取るとティーセット置き場に戻した。
次は全ての部屋の窓を開けて、緑の香りがする新鮮な空気を部屋に取り入れた。
そして窓の外から身を乗り出すようにして街を見た。眩しく照らす太陽の下で人々がせわしく働いているのが見える。この中には建築ギルドの人もいるんだろうか?
しばらく街の人達が働く様子を眺めていたが、布団を畳み忘れていた事を思い出し、寝室に向かった。
ベッドの上にはくしゃくしゃになったタオルケットがある。俺は角を持ち丁寧に折りたたみ、足元に置いた。そしてシーツを手でならして整えた後、ベッドに腰かけた。
もう一度頭の中で来客の流れを思い浮かべる。……そういえば、照明が切れると困るな。光魔石を設置してから1週間近いし先に交換しておくか。
俺は立ち上がると今まで座っていたベッドのシーツをもう一度手でならした。
まずベッド脇のサイドテーブルに置いてある電球色の光魔石を順番に手に取り、魔力を流して使える事を確認した。
それから光魔石を順番に交換していく。まずは寝室だ。部屋の四隅にある間接照明の光魔石を交換して、スイッチから点灯テストをして寝室は完了だ。そこから浴室、洗面所と部屋全体の光魔石を交換していった。
使用した光魔石は全部で電球色を25個と昼白色が1個だった。電球色は残り15個になった。正直こんなに使ってると思わなかった。ちゃんと数えて作らないとダメだね。空の魔石は沢山あるので時間があるときに作っておこう。
最後に窓を閉めたら受け入れ準備は完了だ。準備が整ってしまうと、来客は午後なのに落ち着かない。他に漏れていることがないかと立ったり座ったり、部屋の中を歩き回ったり窓の外を眺めたりとウロウロしながら過ごしていた。
そこへティアが戻ってきた。そして後ろからは椅子を持ったメイドたちが入ってきた。
メイドたちは「は?」「え?」など一瞬声を上げ玄関で足が止まった。「知ってた?」と隣のメイドを見ると首をフルフルと振っている。そして周囲をキョロキョロと見回しながら恐る恐る部屋の中に入ってきた。
「真っ白……。」
ティアがメイドたちに椅子をテーブルの左右に4脚ずつ設置するようにと伝えた。そして俺が今まで使っていた小さな丸テーブルと2脚の椅子はもう使わないからと持って行ってもらった。
「ティアって凄いね。」
俺はティアの要領の良さに驚いて素直な感想を伝えた。
「まーねー、私はコーヅの教育係だし。」と腰に手を当ててふんぞり返る。「まずは先生の背中を見せないとね。でも次はこのくらいの事は自分でできるようになってね。」と続けた。
「はい、分かりました、ティア先生。」
おどけて答えたものの、このくらいのことを先回りして考えられていなかった自分が情けない。
ティアにも各部屋のチェックをしてもらい来客を受け入れる準備は整った。そして昼を知らせる鐘が鳴るとショーンが待っている食堂に向かった。
ショーンはスープを飲みながら「へぇ、ティアちゃんって、しっかり者なんだ。」と感心していた。
「魔術だけのバカって思われたくなくてね。私だって色々苦労してるのよ。」
どこの世界でも嫉妬とかあるもんだね。エリートのティアなりに苦労はしているのか。
「それにコーヅだけに任せるのは不安だしね。」
「何それ!?俺ってそういう扱いなの?」
「……気付いてないの?呆れた。」
「まぁまぁ。コーヅも頼りになるところはあるんだし。」
くっ、ショーンまで。2人して何だよ。俺は頼れる総務キャラなのに。甚だ心外だ。
食事を終えた俺たちは食堂の前で別れたが、いつもとは違い訓練場にはショーンが一人で向かい、俺とティアは俺の部屋に戻った。
部屋の前にはイメールから交代したサラとリーサが立っていた。
俺たちはタイガーが建築ギルドの人たちを連れてくるとサラとリーサに伝えてから部屋に入った。




