第280話 祭りは戦争
「あーあ、行っちゃったよ……。どうします?」
暗がりに消えていくホビーの背中を眺めながらティアがリーサに聞いた。
「勿論、置いては行けませんわ。」
「仕方ないなぁ。ここは聖なる光の大聖女の腕の見せどころね。」
しれっと改名してる。どうでもいいけど。
イザベラが立ち上がると、みんなも一斉に立ち上がった。イザベラが大聖堂の階段を下り始めると、それに気付いた屋台に並んでいる群衆の雰囲気も変わった。
「やっぱりイザベラは待ってた方が良くない?」
「何で?」
それにはシュリが不思議そうな顔を見せた。しかし1歩近付くごとに群衆の熱気もイザベラの方へ1歩近付こうとしているように感じる。
「……シュリは見たことないのか。」
「えー、なになに?そんなに凄いの?」とのん気に笑っている。
シュリは、ことの重大さが分かっていない。
その説明をしようとしているうちに、木でできたバリケードは、イザベラの姿を近くで見ようとする群衆に押されて歪み始めていた。そしてそのバリケードに押し付けられている人たちの表情が苦悶に歪んでいる。
既にヤバい状況だった。
イザベラはここから離れた方が……と振り返ると、当の本人は、バリケードの前で頑張って人を押し返そうとしているホビーの元にひとっ飛びしていた。そして、それについてベルもひとっ飛びしてイザベラの後ろに控えた。
しかしベルを知らない人にとっては恐怖の対象でしかない。そして知っている人にとっては聖獣の扱いだ。すると逃げたい人、近付きたい人で群衆が大混乱し始めて、あちこちで怒鳴り声やうめき声、そしてイザベラを求める声が入り乱れていた。
「イザベラ、ここじゃなくて、皆をここから離すようなところに行きなよ。危ないって。」
しかし「大聖女様ー!」「押すな!」という血走った目の群衆の大声にかき消されて届かなかった。そしてその群衆はイザベラを求めて手を伸ばしてくる。ホビーはその様子を怖がって後ずさると、駆け寄ったサブルに引っ張られて一緒にその場を離れた。
声が届かないので、イザベラの横に移動して「イザベラ!そこは駄目だ!安全なところへ誘導してくれ!」と言った。
「んー、そうだね。どこがいいんだろ?」
のんびりした返事が返ってきたときだった。遂にバリケードが折れて人が倒れ込んで来た。
「危ない!」
叫んだ時には大きな悲鳴と共に多くの人が将棋倒しになっていた。小さな子供も女性も下で潰されていて声にならない声を漏らしている。
「押すな!」「戻れ!」
そんな声も虚しく次々に人が押されてくる。とにかく倒れている人を守るためにも、押している人を剥がさないと思うが、この瞬間にも倒れている人たちの上に新たに人が倒れていく。
まずはこの転倒の連鎖を止めないといけない。
「シュリ!人を押さえて。間に壁を作る。」
「分かった。」
シュリがまだ倒れていない人の間に入って両手を広げた。そしてそこへティアやリーサも入ってきた。
「ありがとう!」
俺はすぐにシュリたちの後ろに壁を作った。ここはこれ以上転倒者が覆いかぶさることはない。しかし今度は壁に押し付けられて苦しそうな声を上げているが、ここでは倒れてまた次の人に覆いかぶさられるよりは安全だ。
「イ、イザベラちゃん……!あっち!反対側に行って!そっちに人を寄せて!」
大声でシュリが、倒れている人を引っ張り出していたイザベラに指示を出した。
「オッケー!」とイザベラは返事をすると、集団を飛び越えるように列の後方へ飛んだ。そして「こっちだよ-!」と声を上げた。
鬼ごっこかよ……。
こんな切迫した状況でも緊張感を纏うことのないイザベラには呆れるやら関心するやらだ。しかしその効果は絶大だった。人々の波が一斉に引いていった。
それから順番に倒れた人を立ち上がらせて、怪我をしている人たちには治癒していった。そして人が減っている間に屋台の食事やお酒を持たせて帰ってもらった。
――
「あーびっくりした。」
倒れていた人たちを全員送り出すとシュリがホッとした表情を見せた。また食事の席に戻ってどこかへ行ったイザベラを待つことにした。
「何でなのか分からないけど、この街はイザベラが大聖女ってことになってて。」
「え?嘘?イザベラちゃんもコーヅ式ヒール健康法を身に着けてたの?」
惜しい。神津式治療法と名付けてます。
「違うよ、ただのペテン……痛い!」
いつの間にか後ろに立っていたイザベラから頭にチョップをお見舞いされた。
「ホントに失礼な人だよね。」
「本当のことだろ?普通の治療しかできないのに。」
「あー、その話題は禁忌なのよ!」と怒り始めたが、逆切れ以外の何物でもないと思う。でも、もうこの街で誤解を解く気は無いので、それに対してはこれ以上何も反論しなかった。
「でも本当にイザベラちゃん人気って凄いのね。驚いたよ。」
シュリはまだ信じられないと言った表情を見せている。
「理由は置いておいてイザベラは人前に出しちゃ駄目なんだよ。」
「何かコーヅくん、言い方に棘があるね。」
「そうやって私の心を言葉の棘で引っ掻くのよ。この傷だらけの大聖女の心を誰が癒してくれるのでしょう?」と自分の胸を押さえた。
「はいはい、そこまでにして屋敷に戻りましょ。」とティアが話を遮るように手を叩いて止めた。
「まって。まだたべてるんだもん。」
いつの間にか食事に戻っていた子供たちが、口の周りにチーズをつけた顔を上げた。さっきまであれだけ怖がってたくせに、それをケロリと忘れたように食事をしていた。
そして何故かテーブルの上のカルボナーラとオークカツサンドが増えていた。
「この小さな体のどこに入るんだかね。」
「ここ。」と笑って見せるホビーとサブルの腹はぷっくりと膨らんでいた。こんな食べ方をセバスが見ようものなら……。でも幸せそうに食べている子供たちを見ていると、こちらも幸せな気持ちになる。
みんなで手分けを、というか主にはベルが残りを綺麗に食べると屋敷に戻ることにした。
「ねぇ、またイザベラちゃんがいると騒ぎになる?」
「なるかも。」
「でもご飯だけ食べるってのは祭を楽しむのとは違う気がするんだよね。」
シュリが祭りの過ごし方に納得いかないようで腕を組んだ。
「じゃあどうすんのよ。港に戻って一緒になって朝まで飲みながら踊るの?」
「嫌だよ。それ私が行けないじゃん。」とイザベラが口を尖らせて文句を言った。
「じゃあ、食べ物とお酒を持って海辺から街の灯りを楽しみながら食べるのは?」
「それ、いいね。私は邪魔にならないように先に焼却炉に行ってるよ。そこなら分かりやすいでしょ?」
イザベラにしては珍しくまともな意見だ。
「うん、じゃあまたあとで。」
イザベラは立ち上がると、走って壁を飛び越えて行ってしまった。
「じゃあ、俺たちも行こうか。」
「……。」
シュリはイザベラが見えなくなった方を心配そうに見続けていた。
「どうしたの?」
「ん?いや、イザベラちゃんって方向オンチだから、ちゃんと着くかなと思って。」
「あ……。」
心当たりがありすぎる指摘に思わず声が漏れた。昼間ですら怪しいのに、この暗がりで辿り着けるとは思えない。
「大丈夫よ。合流できなくたってあれだけ目立つ場所には帰ってこれるから。」
「確かに。」と俺たちはハモった。顔を上げれば嫌でも目に入る美しい屋敷だ。どれだけ道に迷ったって最終的には屋敷に帰ってこれる。
屋敷に向かって歩いていると、ベルを目印にイザベラを探すような視線を浴び続けた。しかしイザベラさえいなければ、モブな俺たちには誰も声をかけてくることはない。
そして屋敷に続く坂道には食事を求める長蛇の列ができていた。ここは一本道なので自然と長い列になっている。最後尾からはまだかなり遠くに光に照らされた屋敷が見える。
「どうしよう?」
この列に並んでいてはいつ食事を貰えるか分からない。
「裏から行きましょう。」
俺たちは玄関ではなく、使用人用の勝手口の方に回ることにして、道を外れて木々の中を大回りしながら屋敷に戻った。
「帰ってきた感じがするねぇ。」とシュリが両腕を高く伸ばした。
『私はもういいわ。』
ベルはあくびをしながら先に部屋に戻っていった。しかしホビーとサブルはまだ遊びたいようで、この場に留まった。
そして勝手口からそっと調理場を覗いたが、下ごしらえを鬼気迫る勢いでやっていて、とても声をかけられる雰囲気ではなかった。やはり玄関前でもらわないといけなさそうだ。
しかし玄関を開ける前から、祭りの喧騒というより怒号が届いてきた。
「なんか凄そうだね。」
「覚悟を決めないと。」
「私はここで受け取るから。」
食べ物を集めたら一度屋敷に戻ってから、また勝手口を通って外に出ようということになった。
そして俺が玄関をそっと開けると、そこは料理人たちの戦場だった。
「オラァ!持ってけ!」
「詰まってるから、取ったら離れろ!」
領主のお抱え料理人たちとは思えない言葉遣いだ。大聖堂のお上品な配膳者たちと全く違った。というか、いつもの雰囲気とも違う。これが祭りに向き合う気合いというものなんだろうか。それにしても凄い熱気だ。
「早く早く。」
シュリに押されて玄関を出た。
しかし、ここで誰にどんな声をかけられるんだろう?料理を受け取る領民、そしてそれを渡す料理人たちは押されて、押し返しとやり合いながら食事や酒を押し付けるように渡して追い払う。しかしその領民も食事や酒を守りながら列から何とかして抜け出していく。
ここはここの人たちに負けない気合いしかない。
「すみません!」
近くにいた料理人が気付いて振り返った。
「おお聖女様!食べ物か?それとも酒か?」
しかし目に入ったのは後ろにいるシュリだったようだ。
「あー、両方かな。いい?」
「あったりめーよ!」
「おい、こっちに持ってこい!」
街の人に配るはずのものもシュリの目の前に集められた。
「いやいや、こんなに持てないよ。」
「おいケン!お手伝いしろや。」
「へい!どちらまで?」
額に汗が玉のように浮き上がっているケンが駆け寄ってきた。
「海藻の焼却炉のところまでいい?」
「あんなところでいいんすか?」
「人がいなくて、待ち合わせにも分かりやすいし。」
「分かったっす。」
集められた食事を屋敷の中で空間収納袋にしまうと、勝手口から外に出た。
「この先は分かるから、もういいよ。」
「連れてってくださいよ。疲れたっす……。」
それはケンの顔を見れば納得できた。力の無い目の周りが窪んでいて、どれだけ壮絶な現場だったのか伝わってくる。
「みんなの目が恐かったもん。」
「今年は珍しい料理が場所ごとにあるんで、みんなが全部回ろうとしてて大変なんすよ。どこもかしこも戦場だって聞いてます。」と首を振った。
「今年だけでしょ?来年には食べ慣れちゃってるでしょうし。」
「そうだといいっすね。」とため息混じりに答えた。
ベルもイザベラもいない俺たちを気にするような目は無く、混雑した中を海辺に向けて坂道を下っていった。そしてすれ違う人の表情は期待感で一様に明るい。
ふと、暗がりで目立たないように子供たちだけで地べたに座って貪るように食べている姿が目に入ってきた。
もしかして、彼らが子供たちだけで暮らしてるという……?
「ごめん、先に行ってて。」




