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第278話 叩き売り

 料理長のクラウスの指示に従って配膳用のテーブルを作っていった。細かく高さや幅、奥行を揃えるように丁寧な言葉の中に妥協を許さない意思が伝わってくるので、ピタリと合うまで何度も調整しなおした。

 それにしても凍ってしまいそうな、ずぶ濡れな格好で作業していても誰も気にした様子はない。さすが漁師町だ。きっと季節関係なく海に飛び込むことはあるんだろう。

 そしてこれを3台作った後は、立食用のテーブルの用意を頼まれた。

 イザベラの間接照明を綺麗に見るには、屋敷に近すぎない方が映える。屋敷の門辺りから外に向かって、人の流れを阻害しないような場所にテーブルを作って設置していった。

「やってるね。」

 屋敷からふらりと現れたシュリが目の前に立った。

「うん。……それより痩せた……よね?」

 シュリは前からほっそりとはしていたが、改めて見るとげっそりとして目元も窪んでいた。

「ふふーん。頑張った証だね。」と笑う目には力がない。

「治療には自信ついた?」

「コーヅくんはこんな状態にならないでしょ?」と苦笑しながら首を振った。

「でも、できることが凄いことじゃん。」

「……んー、それは分かってるつもりなんだけどねぇ。」とため息をついた。

「間違いなくできることが凄いっす!」

「そうですよ、シュリさんは俺たちの恩人です。」

 近くにいた料理人たちに、ここまで言われてもあまり心には届いていないようで曖昧に笑っていた。納得いくような治療ができるまでは、きっとこんな感じが続くんだろう。


 俺がまた作業の手を動かし始めると、ティアとイザベラも屋敷から出てきた。

「シュリも手伝ってるんだ?」

「手伝ってるって程じゃないけどね。やっと治療が終わったから。」

「さっすが本物の聖女は違うわねぇ。」とティアがイザベラを見た。

「違わないし。それに今の私は光の匠なのっ。」

「まだ言ってる……。」

 ティアは呆れ顔を見せた。俺は大聖女なんて全くの偽物よりも、光の匠の方がマシだと思うんだけど。でもそれも認めないけど。

「イザベラちゃんだって頑張ってるよね。間接照明のセンスとか凄いし。」

「シュリくん、いいね。君はよく周りが見えてる。」と渋い声色で言うと頷きながらシュリの肩に手を置いて揉んでいた。セクハラ親父かよ。


 そんな他愛もない雑談をしながらテーブルを増やしていった。

「コーヅ殿!」

 クラウスに呼ばれた。

「はい?」

「どれだけ作れば気が済むんです?」

 ながら作業で作ったテーブルをザッと数えると30くらいだった。でもいくつ欲しいのか特に言われてなかったし、屋台市場は小ぶりではあるけど、このくらいの数はあったと思う。

「もう要らないですか?」

「もう十分です。」と深く頷いた。

 それならそれでいいんだけど、と仕事を終えた俺たちは屋敷に戻ろうとした。

「コーヅ。」

 今度は食事の準備を手伝っているホビーに呼び止められた。

「どうしたの?」

「さむい。エアコンつくって。」

「ああ……。」

 確かにこれだけ冷えた気温なんだから街の人にもエアコンはあった方が良い。

 女性たちは屋敷に戻り、俺は邪魔にならないところに座り込むとエアコンを作り始めた。これはこの新年祭が終わっても使い道があるので何台あっても作り過ぎと言われることもないだろう。

 1台できたものをホビーの近くに設置して温風を送り込んだ。

「ありがと。」

 ホビーが笑顔を向けてきた。そしてまたすぐに調理に戻った。今はラージシーグルの肉を串に刺して、串焼きの準備を進めていた。もちろんホビーの手の動きに比べたら料理人たちの速度は数倍も早い。その串は既にいくつもの大山になっていたが、それでもまだ足りていないようで、皆が黙々と串打ちを続けていた。

 そしてその隣ではホビーの提案で炭が準備されている。炭火焼き鳥と聞くだけで、気持ちが昂ってくる。夜が楽しみだ。

 俺はまた隅に戻ってエアコンを作った。すると時々料理人が来てエアコンを自分のところへ持っていった。でもエアコンを作る速度の方が早いので、手の届くところに置くスペースがなくなった。

 俺は立ち上がってそれらを抱えると、テーブル近くに設定していった。でもまだ魔石は設置しない。そもそもこの台数分の魔石は持ってないし。

 その後もまたエアコンを作ってはテーブルの近くに設置してから部屋に戻った。

『遅かったのね。』と欠伸交じりのベルが出迎えてくれた。

「一度始めるとね、ついつい。」

 俺は腰ベルトを外して棚に置くとベルに寄り掛かろうとした。

『止めてよ。臭うわよ。』

「ああ……。」

 そうだった。風呂に入って着替えないと。俺は着替えを持って風呂場に向かった。

 風呂から上がると、今度こそでベルに寄りかかった。最近はこうやって眠るようになっている。アズライトへの帰り道はきっとサブルとポジション争いをしながらになるけど、同じようにこうやって眠りたいな。そんな取り留めもないことを考えていたら欠伸が出た。そして眠気に体を預けてそのまま眠りについた。


『そろそろみたいよ。』

 ベルが起き上がると、俺はそのまま後ろに転がった。

「ああ……新年祭?」

 頭がはっきりしてくるにつれて色々思い出した。今夜は日が暮れる前に港に集まることになっている。そして街中の光を消してイザベラたちが作った間接照明の点灯式が行われるんだった。

 それを合図に年を跨いで朝まで食事や酒が振舞われるという豪快なイベントだ。きっと海辺の魚たちにも酔っ払いたちからの大量のエサが届くことになるだろう。

「おーい、コーヅくん、そろそろ行くよ!」

 ドアの外からシュリの声が聞こえてきた。俺は腰ベルトやショートソードを持ってすぐに部屋を出た。


 夕陽が海に沈んでいく様子を見ながら港へ向かった。一方で料理人たちはこの後にやってくる街の人たちに向けて最後の準備を大急ぎで進めていた。ホビーもそんな料理人たちを気にした様子で見ていた。

 街の人たちもぞろぞろと港に向かって一緒になって坂道を下っていった。

「今年は凄いらしいぜ。」

「いつもと違うの?」

「ああ。それが何だかは知らねぇけどな!」と笑っていた。こんな会話が周囲で交わされていた。

 その港にはすでに大勢の人たちでごった返しており、港の外の海岸にまで溢れていた。

 オルデンブルク一行は真っ直ぐ港には向かわずに途中でルートを変えて港の裏に向かった。そして修復中の建物の屋上に後ろから飛び乗った。

 この頃には夕陽は海の彼方に沈み切っていて、ほんのりと残った陽の光で辺りは薄暗く染まっている。しかしまだ間接照明を点けるには明るいという事で群衆には見えないように隠れていた。

 やがて星が綺麗に瞬き始めると、オルデンブルクが屋根の最前列に立った。するとそれに気付いた人々のざわめきが収まってきた。そしてその隣にマルケスが立つと、港の方からスポットライトがマルケスに当たった。

 その明かりに群衆からどよめきが起きた。

「皆さん、今年領主になりましたマルケス・ブランシャールです。」とマルケスが声を張り上げた。

 すると大歓声が起きた。オルデンブルクの存在感の影には隠れているものの、息子にも人気はあるようだった。マルケスはそれに応えるように手を振った。

 そして淡々と今年のことを振り返っていた。今年は年始から不漁で大変だったこと、春には餌を求めた魔獣が度々街の近くに現れたことなど、季節ごとの出来事を話していった。そしてあのオルデンブルクが倒れた一件だ。そこから領主を継いだ流れを説明した。

 これだけの人々のどこまで聞こえているのかは分からないが、熱い視線がマルケスに注がれていることは感じ取れた。

「そして今日は父オルデンブルクの恩人であるコーヅ殿と、その婚約者で私の孫でもあるリーサ・コルベールを紹介します。」

 そこで地鳴りのような歓声が上がった。そして突然スポットライトが俺たちに当たった。しかし何の準備もしていない俺は、多くの聴衆の前に何の言葉も浮かばず、その場で硬直してしまうという情けない姿を晒した。すると、そんな俺の代わりにリーサが一歩前に出ると、貴族っぽい挨拶を卒なくこなした。そしてそのままオルデンブルクにバトンタッチされた。

「皆、今年も一年ご苦労であった。今日は心行くまで楽しんでくれ。マルケスの挨拶が長かったでな、儂からは1つじゃ。臭わない石鹸の開発に成功したんじゃ。それはまだ売りには出せんが、飾ってあるから確かめてみてくれ。では、そろそろ始めるとしよう。」

 オルデンブルクの合図でスポットライトが消された。また群衆からどよめきが起きた。そしてさざ波のように群衆のざわめきが広がっていき、降る程の星空の下に多くの人の息吹が感じられる。

 それに海藻を使った軟石鹸にそんな効果があったなんて。あの臭いにはもう慣れたけど、臭わないに越したことはない。


「点灯!」


 港に設置された間接照明が一斉に点灯した。そしてそれを合図にしたように大聖堂、そしてオルデンブルクの屋敷が浮かび上がるような光に包まれた。

 その瞬間、感嘆のどよめきが起きた。

「何とも美しい光景じゃ。これは言葉では言い表せん。イザベラ殿はさしずめ光の大聖女といったところか?ガハハハ。」

 うわぁ……言っちゃった。大丈夫か?と思ってイザベラを振り返るとニンマリと不敵な笑みを浮かべていた。

「多分そういう意味じゃないと……うがっ!」

 イザベラに脇腹を突っつかれてのけ反った。

「聞いた?聞いたよね。ついに私もオルデンブルク様に二つ名を貰っちゃった。」と飛び跳ねながら喜んでいた。

「いや、二つ名にはできんの。お主にシュリ殿ほどの治療はできまいて。しかし光の魔術師ではどうじゃ?それには相応しいと思う。」

「えっとぉ、もう少し盛って欲しいんですけどぉ。」

 イザベラはもじもじしながら、図々しい要求をした。

「そうか?……そうじゃの。それなら光の空間魔術師でどうじゃ?」

「もう一声!」

 八百屋で値切ってる訳じゃないんだから……。しかしオルデンブルクは真面目に街に浮かび上がる大聖堂を見つめながら考えていた。

「……聖なる光の魔術師。」

「それ頂きです!」と言ってイザベラは不思議な喜びの舞を舞い始めた。そして途中で「私は~♪聖なる~♪光のぉぉぉ魔術師ぃぃぃぃ♪」という変な歌詞を付け加えてこぶしをきかせた歌を歌い始めた。


 それから屋台、そして港にも明かりが灯されて、食事が提供され始めた。すると群衆は我先にと屋台の前に押し掛けた。

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