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第277話 大晦日

 いつの間にか新たに持ってこられていたバケツの果実酒をまたピッチャーに移すと、またそれを注いで回った。

 そしてその全てを注ぎ終える頃には職人たちは皆酔い潰れていた。

「今回は潰されなかったね。」

「ははは……。」

 毎度のように記憶をなくすという醜態を晒さずに済んだようだ。

「床を埋めて、エアコン作ってから帰ろうかな。」

「そうだね。」

 寝相の悪い職人が墜落しないように床梁が設置された床を埋め、エアコンを作って稼働させるとリーサが腕を組んできた。

「明日にはこの記憶が残ってないって言うのかな?」と顔を覗き込まれた。

「言わないよ。」

「ヨーイチが来てもう半年になるのね。」

 驚いてリーサを見た。神津を名前と思ってるものと思ってた。

「そうなるね。夏だったのに、今はもう冬だし。」

「冬に森の中に転移してたら死んでたんじゃない?」

「間違いないよ。角うさぎの餌になってた。」

「アハハハ。そんな訳ないでしょ。」と肩を叩かれた。

 色々と笑いごとではないんだけど、転移場所に関してはある程度コントロールされてたんだと思っている。

「角うさぎの目って本当に恐いんだよ。プルスレ村でもシュリに助けられなかったら角うさぎに襲われて死んでた。」

「ちょっと……。これ以上笑わせないで!」

 リーサはお腹を抱えて笑っている。

「でも今はもう大丈夫だよ。」

「そうよね、武神様。」と笑い過ぎて涙を指で拭っている。

 今なら、あの時のオーガと対峙しても怯まない気がするし、そうでなければいけない。

 そんな会話をしていると、たまに笑いながら体を押し付けてくるリーサには戸惑ったが、底冷えする夜風にリーサの温もりは体だけでなく、心も温まった。

『随分遅かったのね。』と部屋でくつろいでいたベルが顔を向けてきた。

「職人さんたちとね、少し。」

 ベルは大して興味なさそうに欠伸をするとまた体を丸めて目を閉じた。


 翌朝はまだ薄暗い中で目を覚ました。大晦日と呼ぶのか分からないけど、今日で今年が終わる。大晦日だ。王国歴587年が明日で588年になる。

 そしてもう半年近くこの世界にいることになる。でも焦りは禁物だ。海であんなクラーケンに襲われたら逃げ場なんてない。それに、森でベルが気付くこともできず、手も足も出なかった魔獣に遭遇しても、逃げられる自信はまだ無い。

 だから春までに力や知識、そして長旅に備えた準備を続けていく必要がある。今は力不足が顕著なので剣技を重視しているけど、アズライトに戻ったら、もっとこの世界の勉強もしたい。コルベール家の本では内容が政治に偏っていて少々物足りない。やはり砦の図書室が良い。仕事しつつ勉強の時間も取れるように話をしていこうと思う。

「よし!」

 まだ薄暗い中、着替えを済ませてショートソードを手に持った。

『今日はなんだか雰囲気が違うけど、どうしたの?』

「うん、今年最後だからしっかり締めたいなって。港まで連れていって貰える?」

『ふーん、良いわよ。』

 玄関前でベルにまたがると、風を切るように走り始めると、冷たい磯の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。そして黎明の光が山の隙間から差し込んで、目の前に広がる海を碧く輝かせた。そこへ伸びる白く埠頭はとても美しく、我ながら良い仕事をしたと思う。

 ベルは建物も道も関係なく飛ぶように走るので、あっという間に港に着いた。そして建物の中に入ると、いや入る前から果実酒の甘ったるい臭い、そして大きなイビキの大合唱が聞こえてきた。

『ちょっと……。』

 ベルは顔をしかめて、入り口から少し離れたところに戻って座り込んだ。

「おはようございます……。」

 小声で挨拶をしながら部屋に入った。1階には職人の姿がなかったので、皆2階で寝ているようだ。

 俺は光魔石を転がして部屋を明るくしてから、昨夜できなかった壁を平らにする作業を始めた。昨夜は集中力が欠けてたとは言え、手に触れると波打っていることが分かる、あまり良くない出来だ。


 やがて職人たちが1人、2人とおぼつかない足取りで2階から下りてきた。

「おう……。新婚が朝からこんなところにいていいのか?」

「昨夜はちゃんと帰ったので大丈夫ですよ。」

「そうか。」とうわの空で返事をするとそのまま建物を出ていった。

「駄目だぞー、嫁さんは大切にしねぇと。」

「結婚はしてないですよ。」

「そういう事は一番言っちゃいけねぇやつだ。こんなとこにいねぇでさっさと帰れ。」

 下りてくる職人全員に説教されながら作業を続けた。やがて職人たちはどこからか戻ってくると、また2階へ上がっていくと、元気な掛け声が聞こえ始めてきた。

 やがて壁の全面を滑らかにすることができた。

「じゃあ、俺は戻ります。」と階段を上って2階に顔を覗かせた。

「おう、すまねぇな。」

「新年祭でな!」

 職人たちに別れを告げて、ベルと屋敷に戻って朝食を済ませると、すぐに大聖堂で治療することになった。イザベラには間接照明の方を優先してもらうということで治療にはベルとサブル、そしてリーサと行くことになった。

 街の中は昨日までと違ってすっかり新年祭ムードで満たされていて、休んでいるお店も多かった。街中に漂う高揚感に包まれながら大聖堂へと向かった。

 今日は休みの人が多いからか、ここぞとばかりに大勢の人で大聖堂の中は混雑していた。それでもベルの周りには一定の空間ができるので悠々と治療室に行けた。

 イザベラがいない上にベルの睨みの効いた環境での治療になったので、患者たちもとても落ち着いていてスムーズだった。そしてこの人たちも体の大掃除を行えたので、きっと良い年末年始を迎えられるだろう。また来年も頑張って働いて欲しいと思う。

 最後の患者が寄付箱にお金を入れて治療部屋を出ていく姿を見送った。すると後ろに黙って控えていた祭司が「これで今年の治療は終わりですね。また新年祭でお会いいたしましょう。」と解放宣言してくれた。

 これで晴れて自由の身になった。

「少し散歩して帰らない?」とリーサは退屈そうに不貞腐れた顔をしているサブルを見た。

 確かに子供は昨日公園に行ったから今日はいいだろう、ではない。昨日も今日も明日も行きたいのだ。

「そうだね。」

 俺たちは海辺に向かって坂を下りていった。すれ違う中には既に酒に酔っていて、忘年祭からの新年祭へ向かっている最中の人たちもいた。そんな人は極端にしてもやはり街全体が浮ついている感じがする。もしかするとそう言う俺自身もどこか浮ついているのかもしれないけど。

 道中で買い食いをしようと屋台の前を通ったが、いつもは賑やかな屋台通りも3軒ほどしかやっていなく、客は全くいなくて閑散としていた。

「こんにちは。」

 毎度立ち寄る焼き貝の屋台で顔見知り店員に声をかけた。

「おう!お前らか。今日も全部買ってくれるのか?」

「買っちゃって大丈夫ですか?」

「おお。全部売れたら今日は店仕舞いして飲みに行くわ。」と豪快に笑った。

 客もいないし、それならと3軒の屋台とも店仕舞いにできるように残りを全て買い取った。大飯喰らいがいるので食べ残すようなことはない。

『やった!』

 サブルも焼き貝が好きなようで焼いている様子を尻尾を振りながら座って見ていた。

「食うか?」と店主がサブルの前に焼きたての赤貝やホタテを置いた。しかし猫舌のサブルは小さな舌をちょっと出して赤貝を舐めると、熱そうに慌てて引っ込めた。

「ははは。まぁすぐ冷めるさ。」

 最近は自然といつも身体強化をしているので、寒さは感じないが今は真冬だ。店主の言う通り外気に触れていればすぐに冷めてしまうだろう。

 しかし猫舌のサブルに合う温度に落ちるには時間が必要なようで、小さな舌で何度も赤貝に触れては熱そうに舌を引っ込めていた。

 その間に俺たちは美味しく焼けた熱々の赤貝、ホタテ、つぶ貝などを食べていた。

『ちょっとずるいわよね。』

 ベルはサブルのようにがっついたりはしないが、同じように食べられずジッと貝の温度が下がるのを待っていた。

「生で出してもらう?」

『いやだ。』

『味付けした方が美味しいの。』

 サブルとベルから同時に拒否された。

 山程の焼貝、串焼肉、焼き魚を前にベルは涎を滴らせながらジッと見ていた。そこには小さな水溜まりができてしまっている。そしてサブルは果敢に挑戦し、食べられるものに当たるとがっつくように食べていた。

「俺たちは帰るからな。また新年祭で。」

 この新年祭で、というのが年越しの挨拶のようだ。俺もどこかで使ってみようと思う。

 大量にあった貝や魚を胃袋に収めるのは時間がかかったが、人がいなくてのんびりと食事ができた。そして、また腹ごなしに海の方へ下りていった。

 

 港の方では新年祭の準備に多くの人たちが働いていた。どんな祭りになるのか夜が楽しみだ。

「アズライトも同じような雰囲気になるのよ。」

 知った人たちと過ごす祭りは楽しいだろうと思うけど、計画通りであれば、それを見る機会はない。だから「きっと楽しいだろうね。」と当たり障りのない返事をした。

 砂浜まで降りると、ベルとサブルは波打ち際で波を避ける遊びをしている。俺もリーサに剣を預かってもらって一緒になって遊んだ。

「うわっ!」

 突然少し強い波がきて足元が濡れてしまったが、それを華麗に避けたサーベルタイガーの親子に笑われた。

「笑うな!」とサブルを追いかけると、笑い声を上げながら走って逃げていった。

 しばらく追いかけたり、追いかけられたりと海岸線を走っていた。ふと、海を見渡したが、さすがに今日まで漁をしている船の姿はなかった。

「さぁ、そろそろ帰りましょう。」

 振り返るとリーサの真っ赤な髪が海風に煽られてたなびいていた。その髪を押さえる仕草に見惚れてしまった。

『このまま残っても良いんじゃない?』とベルが笑った。

「駄目だよ。」

 従魔の近くではこういう感情を抱くのも危険だ。気をつけないと。余計なことを考えないようにサブルの体をくすぐった。

『だ、だめだよ!アハハハ!くすぐったいって!』と体をよじらせながらリーサの元に走っていった。

『素直じゃないのね。』

「俺は素直だよ。」

『そういう事にしておくわ。』と言うと体をぶつけてきて、海の中へ突き飛ばされた。

「きゃー!」

 しかし、そんなリーサの叫び声は海の中までは届かなかった。そして起き上がると「こらー!」とベルを追いかけた。

『アハハハ!』

 ベルとサブルは一緒になって笑いながら走っていった。

 ずぶ濡れのまま屋敷に戻ると、玄関先で炊き出し用の準備が始まっていた。

「待っとったぞ!急いでくれ。」

 オルデンブルクから配膳用のテーブル、食事用のテーブルの用意を指示された。俺は着替える間もなく、すぐに作業に取り掛かった。一方、リーサとサーベルタイガーの親子は屋敷に戻っていった。

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