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第276話 賭け事

「黒く色を変えられる?」

「うん、できるよ。どうすればいいの?」

 並べられた光魔石ランプを見れば、どのように線を引きたいのかは大体分かる。しかしトマソンはそういうレベルではなく、細かに線の引き方を指示してきた。

「これで少しは人の流れがスムーズになると思うんだけどな。どう思う?」

「俺には分からないけど、やってみようよ。消すのは簡単だし。」

 そこへ沖にいた船が接岸するために近付いてきた。その船を見上げると、マストも折れているし、舷墻(げんしょう)と呼ばれる柵もクラーケンの腕の形に割れていた。

「……結構傷んでるね。」

「クラーケン相手じゃな。沈まなかっただけ幸運だよ。」

「何かごめんね。」

 思わず謝ってしまった。しかしトマソンは不思議そうに「何を言ってんの?伝説の魔獣クラーケンに受けた傷ってだけで価値があるでしょ。」と答えた。

「そうなの?」

「勿論だよ。クラーケンに遭っても沈まなかった船って言えば荷主も預けたくなるでしょ?」

 それを聞いて安心した。それだけクラーケンの存在というものが凄いということだ。そして、ここも元の埠頭より良くなるのなら、むしろ良い機会だったことになるし、俺はそうなるように頑張らないといけない。

 そしてトマソンの指示に従ってゆっくり丁寧に線を引いていった。


 線を引いて、最後に伸ばした埠頭に係留柱を作り終えると、途端に腹の虫が怒りの声を上げた。

「ははは。食事もさせないでごめんね。炊き出しをやってるから、そこで食べて。」

「まだ帰れないの?」

「建物の方がまだ全然だからね。先に嫁さんと食べててよ。僕はちょっと見てくるから。」

「嫁……。」

 リーサと目が合うと「はい、妻がお供しますよ。」と笑うが、自分を妻と呼ぶリーサを恥ずかしくて顔を逸らしてしまった。すると突然リーサが腕を組んできた。

「このくらい婚約者としても普通ですわよ。」

「でも……。」

「今は私の婚約者ですからね。」というリーサの目には一切の迷いはなかった。そして俺もそれを否定できなかった。ボタンの掛け違えとは言えリーサには人生が変わる程の迷惑をかけているからだ。

 ……とはいえ、日本で待つ妻とも久しく腕なんて組んでないし、職人たちからの好奇の目にもさらされるし、恥ずかしさできっと顔は真っ赤に染まっていると思う。

 そんな俺とは違い自然体のリーサは「でも……なんだか疲れてそう。大丈夫?」と心配そうに顔を覗いてきた。

「久しぶりに働いたからかな。」と乾いた笑いと共に顔をほんの少し逸らせた。

「ふふふ。休暇に来たはずなのにね。」

 働くことが嫌いな訳ではないし、長期休暇過ぎるのも日本人としてはむず痒いところもあるので、そこは別に良いんだけど。

「あー、いたいた。……けど、お邪魔しましたー。」と腕を組んだ俺たちを見ると、踵を返そうとするイザベラをティアが腕を掴んで引き止めた。

「あら、イザベラさんにティアさん。どうされたのですか?」

「間接照明も壊れたから作り直してって言われたんですよぉ。ホント、人使いが荒いですよね。じゃあコーヅさん、早速いつもの筒を作ってよ。」

 しかし、ここにはもっと容赦のないヤツがいる。

「分かったよ。」と言いながらリーサの腕を解いたが、左腕には温もりが残っている。


 間接照明の石筒は食事をしながら作ることになり、スープとパンを受け取ると建物の中に入った。そこは見上げると大勢の職人が急ピッチで修復を進めている、クラーケンに屋根を飛ばされた建物だ。

 俺はスープを飲んで、ちぎったパンを口に放り込むと筒を作り始めた。

「港も綺麗にしたのですね。」

「うん。やりやすいやり方で良いって言うから。」

「ちょっと見てくるから、その間に作っておいてね。」

 イザベラとティアが埠頭の方へ歩いていった。その後ろ姿を眺めながらスープを一口飲んだ。真冬の屋根無し屋内ではすぐに冷えてしまう。俺は器を両手で包むと火魔術で温めなおして、熱々にしてからもう一口飲んだ。


 本数を数えることなく、石筒を作り続けているとイザベラだけが帰ってきた。そして「ちょっと来て。」と俺は引っ張るように連れ出された。そして黒く引いた線の真ん中に魔導回路を引き、それを係留柱まで伸ばすように言われた。

 やりたいことのイメージは伝わってきたので、魔導回路用の溝を掘っていった。そしてティアがそこへ回路の魔石粉を埋めていった。

 回路の動作テストをした後に、また黒い水晶で埋め戻した。そして指示された間隔で穴を作り、光魔石を落としていった。スイッチは係留柱のところにつけた。

「点灯してみて。」

「いくよー!」とイザベラは腕まくりをしながらスイッチに魔力を通した。

「うわぁ。」

 黒い線に沿って光が浮き上がり、係留柱からは空に向けて光が伸びた。

「おー、すげー。それで船に合図ができるな。」

 その時、汽笛が海に鳴り響き、船の上が慌ただしくなった。下船の準備が整ったようで船員たちが船から木のタラップをかけると、続々と降りてきた。

「生きた心地がしねぇよ……。」

「やっと陸地だ。」

 船員たちは一様に青い顔をして足取り重たく荷物を抱えながら歩いていった。


 そんな中でもイザベラは気にした様子もなく「こんなもんかな。」と言うと、また次の場所で俺に魔導回路を作るように指示をしてきた。

 全ての導線に対して同じように溝を掘っていった。そこへティアが魔石粉を振り撒き、また埋め戻すと、イザベラが光魔石を設置するという事を繰り返した。

「それじゃ、全部点灯させて港から見てみる?」

「んー、もういいかな。私は眠たいよ。」とイザベラは大きな欠伸をした。

 港では接岸したばかりの船から荷物の積み下ろしの作業が続いているし、港も明るく灯されて職人たちの掛け声が耳に届いてくる。

「もう少し手伝いたいんだけど、いい?」

 リーサを見ると「ありがとう。」と笑みを向けられた。

「えー、私は帰るよ。」

「リーサさんには悪いけど、私も。」

 イザベラとティアは屋敷へ帰っていった。

「ごめんね。」

 2人きりになったことでリーサの口調が戻った。

「何で?こっちこそ感謝しかないよ。」

 俺はありとあらゆる方面で支えてもらっている。こんなことは些細な返礼でしかない。

 港の建物に入って、2階に上るとトマソンも汗だくになりながら床梁を繋ぎ合わせていた。

「手伝えることはある?」

 トマソンの手が止まったところで声をかけたが「もう少し待ってて。」と顔を上げずに答えた。

「おい、暇なら歪みがある壁は直せるか?」

 あ、確かに雑になってしまった部分があった。ここだって俺が直さないなら、後から職人たちが時間と手間をかけて直さないといけない。

「分かりました。」と言うと1階に下りて壁の歪みを丁寧に直していた。

「やってるな。差し入れだ。」と初老の男性が差し出した木のバケツからは果実酒の甘い香りが漂ってきた。

「手元が狂うので。」

 俺はそれを断ると2階へ上がっていく背中を見送った。

「断ると思わなかった。」と隣でリーサが笑っていた。

「1杯でも飲んだらここで朝を迎える未来しか見えないし。やることをやったら帰るよ。」

「ふーん。」

 リーサの表情には信用していないと書いてあった。俺だって学ぶし、と心の中で憤慨した。


 2階から大きな笑い声が聞こえて始めてきた。彼らも今日は十分に働いたと思う。そんな声を聞きながら俺は黙々と作業を続けていた。目の前の壁の歪みは手を触れても気にならない程には平らにできた。そして次のエリアに移動して壁を均していると、上から俺たちを呼ぶ声が聞こえてきた。その度に生返事をしていたが、いつまで経っても加わらない俺たちに2階の床の隙間から顔を覗かせて、作業を止めて早く来るように催促された。

 そして酔っぱらいの職人の中には架けたばかりの床梁に跨ってふらふらと左右に揺れている人もいた。

 危ないなぁ……とリーサと苦笑した顔を見合わせた。

「どうしよう?」

「職人との付き合いも貴族の仕事よ。あ、でも王族になるんだったっけね。」と笑った。

「その前に日本に帰りたいと思ってるけど……。」

「私はずっとこの世界にいてくれると嬉しいんだけどな。」

「でもほら、ショー……」

 不意にリーサの人差し指が俺の口を塞いだ。そしてリーサにジッと見つめられた。

 驚きで声も出せず、ただリーサを見つめていた。

「あ……あの……。」

「王族にならないならコルベール家の当主としての振る舞いをしてもらわないとね。」

 リーサは返事を待たずに階段を駆け上がっていった。

「お邪魔いたします!」

「おー、よく来た。飲んでくれ。」

 俺はリーサの意図を読み切れずその場に立ち尽くしていた。

 「コーヅ殿も早くっ!」というリーサの声に我に返ると、どんな表情で顔を合わせれば良いか定まらず、どんな顔をしてるか自分でもよく分からないまま2階に上った。

「何てツラしてんだよ!こっち来い。飲め飲め。」と木のコップを押し付けてきた。俺は自分の表情を隠すためその柑橘系の果実酒を煽るように飲んだ。

「良い飲みっぷりじゃねぇか。ほれ、飲め。」

「はい。」

 俺は危ないと思いつつも右から左から正面からと注がれるままに果実酒を飲み続けた。

「コーヅ殿、ペース早すぎ。」とリーサに腕を掴まれた。

「お?何だお前たちは良い仲か?」

「婚約者ですのよ。」と体を寄せてきた。

「おおっー!」と言う声が上がった。そして「そりゃめでてぇ!」と右から左からとお酌された。そして「あんたにも。」とリーサへもお酒が注がれ、上品に口をつけた。


「そう言えばよ、御館様が倒れたって聞いてんたんだけど、でも元気だよな?何があったんだ?」

「コーヅ殿が治療したんですよ。」

「どういうことだ?コイツは土魔術の技術者と聞いたぞ。」

「それも正しいですわ。しかし、それだけではないのですのよ。」と含みを持たせるような言い方で微笑んだ。

「それが治療……だと?」

「そうですわ。アズライトでは聖人であり、武神でありますのよ。むしろこういった土木工事での二つ名はまだございませんの。」

「せいじん……?」「ぶしん……?」

 酒の影響か職人たちは不思議そうに、聞き慣れない言葉を繰り返した。

「そうですの。治せない病気も怪我も御座いませんのよ。」

「……だったら、俺の回らねぇ首も治せんのか?」と酒を運んできていた初老の職人が自分の首を擦った。

「もちろんですわ。」

「へぇ、断言するんだ?」

「これまで誰にも治せなかったんだぜ?それでもか?」

「もちろんですわ。何か賭けます?」

「ほぅ……?」

 ここにも賭け事好きな人たちが……。リーサも煽らないで欲しい。俺は巻き込まれてしまうのは分かっていたが、小さくなってコップに口をつけた。

「おい、お前ら、御館様のお客様に失礼だぞ。お2人の接吻で許してやれ。」とこの場を仕切っている棟梁が口を挟んできた。

「おおーっ!」

 一気にその場のボルテージが上がった。

「それでしたら治療失敗なさっても良いですわよ、コーヅ殿。」と白く透き通るような頬を向けてきた。

「リーサさん、この治療には人生がかかっているのですよ。手を抜くなんてことはできません。」

 俺はコップを脇に置くと、初老の男性の後ろに立ち肩に手を置いた。

 男性の患部は首だけじゃなかった。あちこち痛んだ結果が首に出ているんじゃないかと思う。俺は丁寧にヒールで体を満たすと慢性的になった節々の痛みを取り除いていった。

「治りました。」

 難しいものではなかったので、さほど時間もかけずに治療を終えられた。

 初老の職人は首を少しずつゆっくりと傾けていった。

「……痛くないな。」

「おお!」

 初老の職人は立ち上がると、その場で飛び跳ねた。

「体が軽い!体が思うように動くぞ!こうしちゃおれん。」

 そう叫ぶと階段を駆け下りていった。

「おい!」

 呼びかける声に「壁を補修してくる!」という声が返ってきた。

「こりゃ、文句無しで俺たちの負けだな。大したもんだな、コーヅ殿は。聖人という名に相応しいな。」

「あら、残念。」とリーサは結果は分かっていたと思うが口を小さく膨らませた。

 そこへ職人たちが集まってきて口々にお礼を言われながら乾杯を求められた。しかし段々とヒールの効きが悪くなってきて危険水域に近いてきた。

「コーヅ殿も皆さんに注がれているばかりではいけませんよ。」

「うん、そうだね。」

 俺はコップを床に置くと、残りが少なくなったバケツからピッチャーに注ぎ移して、それを持って立ち上がった。

「コーヅ殿!俺にも注いでくれ。」

「俺もな。」

 声をかけてきた人、そしてそれ以外の人たちにも注いでまわった。すっかり忘れていたが、自分が飲まないコツは飲ませることだった。

 俺はピッチャーを空にするとすぐにバケツの果実酒を注いで、またお酌にまわった。

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