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第273話 後始末

「ここは貴女には危険です。どうぞお気をつけて。」

「はい、ありがとうございます。」

「では、失礼いたします!」とカールは声色を変え、恭しく胸に拳を当てる衛兵式の敬礼をするという、精一杯の格好をつけると「皆のもの!御館様に助太刀するぞ!」と抜剣した。

「おう!」と声を上げた時には、衛兵たちは駆け出していた。衛兵たちは一瞬でこの場からいなくなり、そしてまた何事もなかったかのような静寂が訪れた。

 するとローちゃんが静かにアリアの傍に降り立った。

「ごめんね、ローちゃん。」

「ギャ。」と答えるとアリアに頭を擦り付けた。そして俺は「どうします?あのクラーケン。」と言いながらローちゃんの足を撫でた。

 まだ長い腕が蠢いていて衛兵たちが、その周りを飛び回っているので戦いは続いている。

 あっ、誰かクラーケンの腕にぶっ飛ばされた。

「ローちゃん、仕留められる?」

「ギャ!」

「ふふふ。ここで待ってるから、お願いね。」

「ギャァァァ!」と咆哮を上げたローちゃんが羽ばたくと、その風圧に体を持っていかれそうになる。

 そして上空で大きく旋回すると、港に向かって加速した。そして近付くと羽をたたんで文字通り弾丸のようにクラーケンに向かっていった。

 ローちゃんは衛兵たちの剣や、クラーケンがはたき落とそうと伸ばしてきた腕を掻い潜ると、クラーケンの顔にくちばしを突き刺した。そしてそのまま夜空へ飛び上がると、クラーケンの吸盤に吸い付いていた建物の残骸も一緒に連れて行かれていた。

「あーあ……。」

 しかしクラーケンも負けじとローちゃんの顔や羽に腕をゆっくりと這わせるように伸ばしていき締め上げていく。

 ローちゃんは上手く羽ばたくことができず、失速し空から落ちてきた。

「ローちゃん!」とアリアが叫んだ。

 しかしローちゃんは羽を畳み、回転させながら加速をつけていった。そして地面スレスレで反転すると、力が抜けたクラーケンの腕からまた羽を広げて空高く飛び上がった。そして腕に巻かれないように、速度を落とすこと無く、回転しながら空高くどこまでも飛んでいった。そして上下左右に高速に移動しながら回転していると、クラーケンの腕が離れてプロペラのように回転し始めた。

 するとローちゃんは港に向けて急降下し始めて、地面スレスレでクラーケンを振り落とすと、クラーケンはそのまま地面へと強烈に叩きつけられた。そこへ衛兵たちが一斉に飛びかかった。

 ローちゃんは上空で旋回しながらがクラーケンの動きを観察していたが、やがてゆっくりとこちらへ戻ってきた。

「お疲れ様。」

「ギャウ。」

「やっぱり、ローちゃんは強いね。」とアリアに並び立つローちゃんの大きな足を撫でた。すると頭を下げてこれの体に擦り付けるようにしてきた。

「うわぁ、ローちゃん。イカの臭いがするね。」

 隣のアリアが声を上げた。確かに生臭さがある。あれだけクラーケンに絡まれてたんだからそれは臭うだろう。

「洗う?」

「私が洗います。ローちゃんは温めのお湯が好きなんです。ね?」

「ギャウ!」

 ローちゃんが嬉しそうに一鳴きした。あの巨大なクラーケンを軽く相手していたロックバードと同一の存在とは思えなかった。


 手元からお湯をかけたいたアリアが、ローちゃんに鼻をくっつけて嗅いで「大丈夫かな。」と言うとローちゃんはおもむろに飛び上がって体を回転させて水を切った。

「きゃ、冷たい!もー、ローちゃん、気をつけてよ!」とアリアが空に向かって文句を言うと「ギャギャ!」と旋回しながら上昇していくローちゃんは笑っているように感じられた。

 そして羽が乾くと、また降りてきてアリアに寄り添った。

「あれの解体って手伝えます?」と港で静かに横たわっているクラーケンを指差した。

「無理ですよぉ。」とアリアは慌てて首を振った。

「ですよね。ひとまずオルデンブルク様の屋敷に戻りましょうか。」

「よろしいのですか?」

「はい。あそこに見える間接照明の屋敷ですよ。」

「送ってくれる?」

 するとローちゃんはアリアの前に首を下ろした。アリアはそこへ跨った。

「コーヅさんも乗ってください。」と手招きしている。

「いえ、歩きますよ。すぐですし。」

「折角の機会ですから、どうぞ。」とアリアは微笑むが、アリアの後ろに乗るという事が気恥ずかしいのだ。

 自分の中で少し葛藤はあったが、ローちゃんに乗ってみたい気持ちが勝って、アリアの後ろに恐る恐る乗った。ローちゃんの首回りは柔らかな羽で心地良い。するとアリアの手が俺の腕を掴んで自分のお腹に持ってきた。

 アリアは服の下に鎧の類は身に付けておらず、柔らかくて温かな感触が伝わってきた。

 本人が良いと言っている以上は駄目ではないはずだけど、やっぱりあまり良くないのでは……などと考えていると「飛びますよ。しっかり掴まってください!」と、アリアには全く気にした様子がない。

 ローちゃんが羽ばたくと体が持ち上げられるように浮き上がった。

「うわわわ……。」とアリアの体にしがみつくように腕に力を込めた。そんな様子にアリアは笑っていた。

 そして羽ばたく度に少しずつ上昇していった。しかし1度飛んでしまえば思っていたよりも安定していた。それはローちゃんが上手いのか、そのようにコントロールしているアリアが上手いのかは分からないけど。

 ある高さまでくると屋敷に向かって滑空していき、あっという間に到着した。そして屋敷の外に出ていた皆が集まってきた。

「アリア!」

 イザベラが手を振りながら駆け寄ってきた。

「来ちゃったよ。」

「ねーねー、泊まっていける?女子会しようよ。」

「えー!今日は無理よ、誰にも言ってないの。もう帰らなくちゃいけないの。」

「うわぁ、アリアちゃんはそんなに簡単に移動できちゃうの?」

 俺はそんな女子たちの会話から外れるとマルケスの方へ歩いた。

「港でクラーケンの解体をしています。手伝いをお願いできますか?」

「ク、クラーケン!?あの伝説の?姿を見たもので行きて帰った者はいないという……。」と一瞬、思考停止したようなマルケスだったが「でも、とりあえず分かりました。料理長のクラウスに伝えましょう。それと……商業ギルドにも伝えないといけませんね。」とすぐに頭を切り替えていた。しかし首を傾げながら屋敷へ戻っていった。


 やがてクラウスが料理人たちと出てきた。

「おう、コーヅ殿、イカが大量に打ち上げられたんだって?で、何で包丁なんだ?」

「イカ……なのかな。えと、大きいイカなので切り分けないと持って帰れないです。」

「まぁ、デカいやつならそうなるか?」

 クラウスは不思議そうな表情を見せたが、マルケスの指示でもあり急いでいたのでそれ以上の会話はせず、何人かの料理人を引き連れて港に向かった。

「コーヅ、イカはなにがおいしい?」

「俺は唐揚げとか天ぷらかな。パスタに使っても良いと思うし。イカ刺しも好きだけど……。」

 でも米や醤油が無いと刺身は無いかな。

「あー、おこめか。おいしそう。さがせば、あるんじゃないか?」

 ホビーが俺から何か、というかきっと刺身をわさび醬油に軽く浸して、ホカホカの白米と一緒に口に運んでいるようなシーンを感じ取ったようだった。

「いや、いいよ。」

 米や醤油なんて見つけたら、本当にこのままこの世界に根を張りそうだし。

「ニホンにかえりたいから?」

「うん、そこは変わらないかな。……そうなったら、ホビーはどうする?」

「リーサにまかせたいって、おもってるんでしょ?ぼくもそのつもりだよ。リーサと、このせかいにのこるよ。」

「サブルもベルも引き取りますわ。」

「これで安心?コーヅは引き止められたく無かったんでしょ?」とティアの棘のある言葉が胸に刺さった。

 しかしここで曖昧なままにする訳にはいかない。きちんとした意思表示が必要だ。ここでの優しい言葉は優しさではないからだ。

「うん、ありがとう。助かるよ。」

 そこへティアのパンチが脇腹に入った。

 うっ……。

 身構えてなかったので、息ができずに脇腹を押さえてくの字の折れた。

「私も。」とシュリとイザベラからも同じように今度は逆側の脇腹にパンチを貰った。

「グフッ!」

「起きてください。私から。」とアリアからは両頬を張られて乾いた音が響いた。そしてその張った両手で顔を持ち上げると「コーヅさんの気持ちも分かります。ずっと帰りたいと仰ってましたもんね。でもリーサさんの心の痛みはこんなものじゃないんですよ。」とそのまま今度は両頬を抓った。

「でもさ、私もニホンに行ってみたいな。帰ってこれるなら。」

「あー確かに。戻って来る方法も見つけて、旅行したいね。」

「そこまでがコーヅさんのミッションですわね。」

 冗談とも本気とも取れない女子たちの圧力に何も答えられなかった。

「ゴホン。お取り込み中、申し訳ございませんが、お客様をお屋敷にお通ししてもよろしいでしょうか?」

 執事が割って入ってくれたので、氷のような冷たい視線から逃れられた。普段は普通に接してくれてはいたけど、本当は皆が怒ってることは伝わってきた。でも、元々リーサを巻き込む気は全くなかったんだけどなぁ……。

「私はもう帰らないといけないんです。誰にも言ってないのです。夜分にすみませんでした。失礼いたします。」

 慌ててアリアはローちゃんの元に駆け寄ると、その首に乗った。そしてすぐに飛び立つと、アズライトの方へ飛んでいった。

 そしてその姿が見えなくなるのはあっと言う間だった。

「あれでアズライトまで帰れるなら、順番に連れ帰って欲しいわね。」とティアが呟いて屋敷に戻っていった。


 俺は屋敷には戻らず、玄関先で真向斬りをひたすら練習していた。しかし執事が戻るように声をかけてくるような時間になっても料理人たちは帰ってこなかった。一緒にいるはずのオルデンブルクもだ。

 段々と心配になってきた。あの壊れた建物はきっと修復が必要だろうし、実はまだ生きていたとか?

「ベル、港まで送ってもらえる?」

『良いわよ。』

 風呂上がりのパジャマ姿からまた着替え直して、脇にショートソードを差して準備が整った時、『帰って来たわよ。』とベルが言った。

 ベルの魔力探知に引っかかったようだった。確かにオルデンブルクの大きな魔力を感じる。

 俺はベルと玄関まで出迎えに行った。

 すると皆が疲れ切った様子で帰ってきた。オルデンブルクを除いてだが。

「酷い目にあったっす。」

 ケンが恨めしそうな目を向けてきた。

「どうしたの?」と言う問いには疲労から口が開かないようで首を振って調理場へ入っていった。

 俺も何か手伝おうと調理場へ入っていったが、それぞれが持っていった包丁を洗うだけで皆が疲れ切った表情のまま調理場を出ていった。

「コーヅ殿、儂が説明しよう。食堂へ良いか?」

「はい。」

 オルデンブルクは執事にマルケスやリーサなど皆を集めるよう指示をした。


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