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第272話 手土産

 イザベラが忘れてしまう想像はできていたので特に驚きはしなかった。俺はティアが作った魔石を砕いた魔導回路の材料が入った皿を持って玄関に戻った。

「やるか……。」

 せめて回路用に掘ったところくらいは繋げて埋め戻しておきたい。

 魔石の粉を光魔石から光魔石に繋がるようにふりかけていく。そして糊が無いので水を含ませて指先で均すように伸ばしていった。これで途切れることなく繋がっていればオン・オフが同期するはずだ。

「ふふふ。ポチッとな。」

「なにそれ?」

「シュリ!?ち、ち、治療してたんじゃ?」

 突然声をかけられて、声が裏返ってしまった。そして恥ずかしさのあまり頬が熱くなってきた。

「終わったよ。ねー、ねー、それ何のおまじない?」

「な、何でもないよ。日本でスイッチを入れる時に使う有名な言い方だよ。」

「へぇ〜そうなんだ。じゃ、私も。ぽちっとな。」と言いながら光を消して笑っていた。

「でもさ、もう治療が終わったの?」

「うん、慣れてきたのと、今日のトムくんは指がグネグネって変な折れ方をして曲がってただけだったから。」

「コツは掴めてきた?」と言いながら、魔導回路の溝を回路が途切れないように気を付けながら埋め戻していった。シュリはその作業の様子を見ながら「まあまあだね。」と微妙な顔を見せた。

「どうしたの?」

「埋まらない素質の差が恨めしくてね。」とため息とともに生み出された白い息がフワリと広がった。そんなシュリに、俺は作業の手を止めて向き合った。

「でもさ、誰にできないことができたのも素質と言っても良いんじゃない?」

「そう言うけどね……。」

「もしかしたら力不足を補うための努力がこういう形で実ったのかもしれないし。」

「きっとすぐに他の人もできるようになって、私なんて過去の人になるのよ。」

 生真面目なシュリは時々こういうネガティブな思考に捕らわれてしまうことがある。そういう時は世界初のとてつもない技術の習得すら霞んでしまうようだ。

「そうなれば、きっとこの世界はもっと暮らしやすくなるね。」

「そういうことを言ってるんじゃないの!」とシュリは声を荒げてそっぽを向いた。

 それは俺も分かっている。これ以上シュリの気持ちを落とさないために話題を逸らせようとしただけなんだけど、でも似たようなことで妻にも怒られた事があるから、きっと俺の方が何か間違ってるんだろう。女心というのは難しい……。誰もが習得できる訳でない技術であれば、1番の座から滑り落ちたとしても、まだまだ有用であることは変わらないと思うんだけど、という理屈っぽいところがダメなのかもしれないけど。

 お互いに言葉を発さない時間が続いた。俺は壁に向き直って魔導回路の埋め戻しを、そしてシュリは俯いて地面に足先で何か描いていた。辺りはシンと静まり返っている気不味い時間が流れた。すると玄関のドアが開いてホビーが出てきた。

「ねーねー、シュリ。あたらしいりょうり、たべてみてよ。」とシュリの裾を引っ張った。

「おー、行くよ。今度は何かな?」

 シュリはしゃがんでホビーと目線を合わせて答えた。

「さっき、みてたでしょ。」

「えへへ。」

 2人が手を繋いで屋敷に戻るとき、シュリが振り返ると「ごめん……。」と呟いたように見えた。俺は気にするなと言う意味を込めて手を振って見送った。

 俺も溝を埋め戻したら部屋に戻ろう。

 静かになった玄関でもう一度明かりを灯して作業を再開した。魔導回路の埋め戻しは簡単な作業で、すぐに終えた。そして灯りを消して街の方を振り返ると、降るほどの星空の下に港や大聖堂などがぼんやりと幻想的な姿で浮き上がって見えている。そして家々や道の魔石ランプの暖かな光がとても美しい。

 この景色は写真に収めておきたい。

 スマホを取りに部屋に戻ろうと振り返ると「ギャァァァ!」という鳴き声が夜空に響き渡った。

 屋敷内にもそれは届いたようで、オルデンブルクの「何ごとじゃああああ!」という高揚した声が響き渡った。

 何て名前だったか、またあの巨大海鳥だろうか?俺は声のした海の方に目を凝らした。あの海鳥なら、また石弾で戦える。

 すると星空の明かりを遮る程に大きな海鳥は大聖堂裏の崖に降り立った。

「まずい!」

 大聖堂には戦えない人が多い。危険だ。

 すると俺が走り出そうとするよりも、先にオルデンブルクがものすごい勢いで飛び出していった。

「待って!俺も。」

 俺はオルデンブルクの姿を見失わないように全速力で追いかけた。オルデンブルクは勝手知ったる街の中を駆け抜けていく。街の人たちも家々の窓から不安そうに覗き見ている。

 なんとかオルデンブルクに追いつくと、その後ろから一緒に海鳥に向かって走った。遠目には海鳥が羽を休めているようにも見える。とにかく暴れていなくて良かった。

 しかし俺は手ぶらで駆け出したので魔術で戦うしかない。オルデンブルクを援護するように後方からの支援をすることになるだろう。しかしやったことのない役回りに不安もあるが、とにかくやるしかない。

 それにしても海鳥の大きさはかなりのものであることが、遠目にも分かった。

「儂が前に出る。飛び上がったところを羽に目掛けて石を打ち込んでくれ。」

 まだ距離はあるが、目を強化し魔力を追うように狙えば十分いける。俺は家の屋根に飛び上がると、そこでジッと目を凝らした。

 ……既に人がいて海鳥の近くにいる。女性か?でも戦っている気配はない。どういう事なんだ?

 事情が分からないまま狙うのは危険な気がする。

 俺は海鳥に向かって屋根の上を飛び跳ねながら近づいていった。

 しかしオルデンブルクは到着すると、すぐに海鳥目掛けて踏み込んで斬りかかった。しかし海鳥はそれに気付いていたように羽で風を起こしてオルデンブルクの動きを止めると、そのまま飛び立って上空を旋回し始めた。

 これは俺の出番なのだが、あの女性の存在が気になる。とにかくオルデンブルクがいる場所へと急いだ。

「儂に任せておけ!斬る。」

「違うんです!オルデンブルク様、聞いてください。」

 オルデンブルクは嚙み合わない会話を交わした後、その場からジャンプして跳び上がると上空でファイアボールを放った。しかし海鳥は体を回転させて風を起こして、その魔術をことごとく跳ね返した。

「むぅ……。」

 攻撃に失敗し、着地したオルデンブルクは唸り声を上げた。そして俺の姿を見つけると「コーヅ殿。次は頼むぞ。」と俺へ魔術での援護を求めた。


「え?コーヅさん?」


 聞き覚えのある声に、声の主である女性を見た。

「アリアさん!?」

 ではあの魔獣は海鳥ではなく、ロックバードのローちゃんということだ。

「どうしたの?というか……。」

 俺は慌ててオルデンブルクの元に駆け寄った。そして「オルデンブルク様、あの魔獣はアズライトでも会ったあのロックバードです。」と今にも跳び上がろうとしていたオルデンブルクを止めた。

「なんじゃと!?」

 そう答えると、オルデンブルクはしばらく上空を旋回するローちゃんを見上げていた。

「あの……ローちゃんから綺麗な光の街が海辺にあるって聞いて。」

「あれ……言葉が分かる!?ということは。」

 その質問にアリアは嬉しそうに頷いた。これはテイムに成功したと言うことだ。

「ローちゃん!降りてきて。」

 アリアが上空に向かって声を張り上げると「ギャ!」と一鳴きしてからゆっくりと降りてきた。確かにローちゃんだし、従魔の証である首輪もされていた。

 そう言えば、冒険者ギルドに行ってないからベルもサブルも未登録だ。だけどイザベラ一家という証の腕輪はしている。いや、今はそんなことどうでも良い。

「えっと、こんなところに来ていて大丈夫なんですか?」

「こんなところとは酷い言い方じゃのう。」

「そういう意味では……。」

「ははは。私お突然連れてこられたので、サラ様にも両親にも言ってないんです。では、無くてですね!」

 アリアが何かを思い出したように慌てて港の方を指差した。イザベラの設置した幻想的な灯りが港を1つの芸術品のように見せている。

「イザベラ殿の力作……じゃ?」

 オルデンブルクが何かに吸い寄せられるように、1歩2歩と歩き始めた。

「そうなんです。クラーケンです。」

「なんじゃと!?クラ……!」

 オルデンブルクは驚愕のあまり、途中で言葉を発することを止めてしまった。そして目の前の光景が信じられない様子でその場で固まってしまった。オルデンブルクのそんな姿は始めて見た。

 港の光が不規則に点滅してたと思ったら、クラーケンが港に絡みつきながら動いているからだった。

「コーヅ殿、参るぞ!……いや、衛兵たちがここに来たら、港へ向かうように伝えてくれ!」と言うが早いかオルデンブルクは港に飛ぶように向かっていった。

「畏まりました。」

 俺はオルデンブルクがいた場所に向かって衛兵式の敬礼で答えた。そしてアリアに振り返ったときだった。


「かかれー!!」


 突然カールの腹に響く怒号が静かな高台に響き渡った。そして四方から衛兵たちが一斉に飛び出してきて、ローちゃんに向かって斬り掛かった。しかしそれもローちゃんは予測していたかのように、体を回転させながら羽で風を起こして衛兵を吹き飛ばした。その風を回避して飛びかかってきた衛兵のことを素早く空へ飛び上がって剣を避けた。そして上空を旋回しながら「ギャギャ!」と雄叫びを上げた。

「待ってください!」

 俺とアリアが衛兵たちの前に出た。

「コーヅ殿?」

 カールはすぐに「皆、待てい!!」と指示した。魔術の発動準備をしていた衛兵たちも手を下ろした。カールはローちゃんを見上げると「そう言うことか!此奴もコーヅ殿の従魔か!?」と首輪を見て納得していた。

「いえ、このアリアさんの従魔です。」

「この麗しい女性が……。あ、いや、ゴホン。失礼した。私はジルコニア王国クリソプレーズ支部の第一衛兵連隊長のカールです。以後、お見知りおきを。」

 カールは恭しくアリアの前で敬礼をしてみせた。

「あ、あのカールさん、お取り込み中すみません。オルデンブルク様が港に来いと。」

「御館様が!?」

 カールが港に目を向けると、理由をすぐに把握したようで「ぐっ……。」と呟き、そしてアリアに向けて「アリア殿と申されましたか。またどこかで……。」と名残惜しそうに言い走り出そうとしたが足を止めて振り返った。


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