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第270話 思し召し

「妹もお連れしました。」

 その言葉に納得した。どことなく雰囲気が似ているし、着ている服も同じように穴が空いている。

「ありがとうございました。治安が悪いところで私らにはちと危険でして。」と大祭司のイヴァンが頭をかいた。

 しかし話の流れについていけないので、そのやりとりに耳を傾けていた。

「子供たちだけで暮らしているのですね。」

「そうなのです。育てられない親が子供を置いていくのです。」

 こんな子供たちだけで!?この姉妹なんて小学生くらいにしか見えないのに。それを放置している政治……オルデンブルクとマルケスは何をしているんだ?喉までその言葉が出てきたが、それを飲み込んでリーサの言葉を待ったが、飲み込んだ言葉は眉間辺りから深い皴として出てしまっていると思う。

「アズライトには孤児院があります。でも……支援は十分ではありません。」

「仕方ないですな。」とイヴァンはため息をついた。「ここでも身寄りのない子供たちの支援を厚くしたことがあるんです。でも、その結果沢山の子供たちが捨てられました。」

「でも、でもだからって何もしないのは……!」と思わず会話に割り込んだ。

「政治はバランスが難しいのですよ、コーヅ殿。身寄りのない子供たちだけを支援する訳にはいかないのです。支援が必要な人は沢山います。」

 確かにその通りだ……。この街でもそういう人は何人も見かけた。そう言われるともう何も言えなくなった。ただこの子供たちは支援を得られるようになった、ということだけが救いなのか……。

「コーヅ殿。不条理に感じるかもしれませんが、これも創造神様の思し召しなのです。今の我々にはこのことの意図は分かりませんが、きっといつか理由が分かるでしょう。だから今は感謝してこの状況を受け入れるのです。」

「……。」

 この状況に感謝……?この人は一体何を言っているんだろう。そんなことができる訳ない。何でこんな考え方をこの世界の人たちは受け入れる事ができているんだろう?

 俺はそれを言葉に出してしまうと感情的になってしまいそうで、やり場のない怒りを鎮めるためにベルの脇に立つ少女たちを足元を見つめていた。

 俺はこの子たち、そしてその仲間の子供たちに何ができるんだろう?

「ありがと。」

 突然治療をした少女にお礼を言われてた。それに戸惑っていると「今日からご飯食べられるし、温かく寝られるし。ありがと。」

「あ……ありがと。」

 手をつないだ姉妹から屈託のない笑みを向けられて、困惑してしまった。そして一気に頭が冷えた。しかし考えてみれば、俺は何者かにでもなったつもりなんだろうか。自分の手に届くところで1人でも助けられれば十分だろう。これは前にもあったが、自分自身の思い上がりだと思う。

 俺は目線を合わせるように少女たちの前でしゃがむと「良かったね。ここで頑張るんだよ。」と頭を撫でた。

「これまでに比べたら天国だよね。しっかりね。」

「はい!大聖女様。」

「いい子ね。」と言ってイザベラも姉妹の頭を撫でた。

「では帰りましょう。また明日も伺いますわ。」

 俺たちは屋敷に戻るために大聖堂を出たが、イザベラの姿を一目見ようという大勢の出待ちの人たちがいた。

「大聖女様がでてきたぞ!」

「大聖女様〜!」

 イザベラは笑みを浮かべて手を振って集まった人たちに応えていた。

 本当にこの誤解は解いてあげた方が良いのではないかと思う程に盛大な勘違いをしている。でもこの狂信的とも表現できそうな群衆を説得するのはとても大変だろうと思うし、きっと信じているものを悪く言えば、恨まれもするだろう。それなら、あと数日もすればアズライトに帰るわけだし、それまでは放っておくのが良いとも思える。

 それにしてもベルがいて目を光らせているので、群衆もあまり近付いて来ないが、いなかったらこの状況を抑えるのは難しいと思う。

 本当はひと仕事終えたので、駄弁りながらゆっくりと帰りたいところだけど、こんなに街の人たちに囲まれているとそれは許されないので、足早に屋敷に帰った。その間、偽聖女様は笑顔を貼り付けたまま終始手を振っていた。


 昼食には焼き鳥が出てきた。しかも塩とタレと準備されていて本格的だ。

「あのラージシーグルが沢山余っておってな。新年祭の食材にならんかとホビーに相談したらこれが出てきたんじゃ。」

 んー、本当に俺の存在感が薄くなるレベルで懐かしの料理が出てくる。でもそれを実現するホビーとクラウスが凄いと思う。

 まず炭火で焼いた事が伝わってくる香りが素晴らしい。そして肉汁が滴る串を頬張るとビールが欲しくなる。そう言えばこの屋敷ではあまりお酒を飲む機会がない。オルデンブルクは体のために、そしてマルケスはあまり酒が好きではないようだ。

「ただ焼いただけなのに、なんか美味しいのね。」

「止まらないね。」

 そして塩派とタレ派で議論が交わされ始めた。

「で、ニホンで食べてたコーヅさんはどっち?」

「俺は塩かな。とくにこの街の塩は美味しいし。」

「そうだよね?僕もそう思うんだ。」とマルケスが喜んだ。

「いや、しかしな。このタレは絶品じゃぞ。」とオルデンブルクが反論する。

「私も塩ですわ。ラージシーグルの味がそのまま伝わってきますし。」とそこへリーサが加わった。

「でもなぁ、この甘じょっぱいタレは、それ以上に絶品だと思うんだけど。」とそれにイザベラが異を唱える。

 日本でも焼き鳥を頼む時に塩にするか、タレにするかはみんなの顔色を見ながらだしなぁ。塩vsタレ論争はきっと終わることは無いだろう。この世界でもそんな議論を楽しめるのは嬉しくなる。

 俺は皆の議論を楽しく聞きながら、自分の前の塩味の串を食べ終えた。そして後ろで食事をするベルとサブルを見ると既に塩もタレも食べ終えてどっちでも良いとばかりに欠伸をしていた。でも、この後は彼らと森へ散策に行くのだ。

「すみません、俺たちは森に散歩しに行ってきます。」

 しかし塩タレ議論が白熱していて、誰からも返事は無かった。俺は立ち上がるとベル、サブル、そしてホビーという従魔3匹衆と一緒に食堂を出た。

 屋敷から出るとベルとサブルがしゃがみ込んだ。

『乗って。』

 俺はベル、ホビーはサブルに乗ると裏庭からあっという間に山へ駆け上っていった。

 木々の間を高速ですり抜ける様はジェットコースターのようだ。そして山の中を突っ切ると空が開けている広場で止まった。

「こんなところがあるんだね。」

 ベルはそこで立ち止まったのだが、サブルたちはそのまま広場を突っ切ってどこかへ行ってしまった。しかしベルは心配した様子もなく、その場で日向ぼっこを始めた。俺もそれに倣ってベルに寄りかかると目を閉じた。

 地面に敷かれた落ち葉のクッションが心地よく、葉々が優しくさざめく音や、鳥の囀りが心を洗い流してくれる。

 温かなベルに包まれたまま、いつの間にか眠りに落ちていた。


『起きて。』

 ベルに起こされて目を開けると、サブルやホビーも一緒になってベルに寄りかかって寝ていた。

 太陽は海の彼方へと落ちかけていて、辺りは暗くなりかけていた。薄暗くなっていく森の顔は、時に言いしれぬ怖さを見せることがあるが、今はベルという心強い存在のおかげもあって、そんな気持ちにはならない。

「みて、コーヅ。こんなにシイタケをみつけたよ。」

 ホビーが両手に抱えるように椎茸を持っている。そして足元にも小山ができている。この子供たちは椎茸を集めに森の中に入っていったのか。

「おお……。肉厚で香りも強い良い椎茸だね。やるじゃん。」と言ってホビーやサブルの頭を撫で回した。

 そしてベルに導かれるままに背中に乗ると、また屋敷に向かって山を駆け下りていった。こんな速度でアズライトに帰ったらほんの数日だろう。

「あー、おなかすいた。」

『ほんとだねぇ。』

 サブルとホビーは屋敷に帰ったが、俺は寝ていただけなのでまだお腹は空いていない。

『入らないの?』

 屋敷の玄関先で立ち止まっていると、屋敷に入ろうとしていたベルが戻ってた。

「あんまりお腹空いてないし。どうしようかなって。」

『寝てただけだものね。』と言ってベルは笑った。 

「少し木刀振ってから戻るよ。」

 俺は玄関脇に常備されている木刀を握ると素振りを始めた。

 そしてここで立ち会った隊長のカールを姿をイメージした。あの時はきちんと紹介されていなかったがカールは隊長ということを後から聞いた。アズライトで言えばタイガーの立場だ。

 瞼の裏にはあの時のカールの全く隙が無い立ち姿が浮かび上がった。そこへ勇気を持って切り込んでいこうとするが、どうしても躊躇して足が出ていかない。そこを勇気を持って飛び込んでから切り上げる練習を何度も繰り返した。勿論、本物が目の前に立った時に同じように飛び込めるかはまた別だけど。

「おーい、コーヅくん、食事だよ。」

 シュリが玄関から顔を覗かせてきた。

「うん、ありがとう。」

 まだまだ全然足りないけど、焦らず1つずつ積み上げていくしかない。また食後に戻ってくることにしてシュリの待つ玄関へ向かった。

「最近、治療はどう?」

 調理場へは俺に代わってホビーが入り浸るようになったので、シュリが治療をしている姿は直近はあまり見ていない。

「だいぶ早くなったよ。夜、ベッドで寝られてるし。」と言って笑った。

 そういえばそうだった。最初は関節の先を戻すのに明け方までかかっていた。それが夜のうちに寝られて、朝も一緒に食事ができているということは大きな進歩だと思うし、成長速度も早いと思う。みんな頑張っている。俺も頑張らないと。

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