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第268話 コーヅは美味しい

 2頭の親子は会話を続けていた。

 意味が伝わってくるベルの言葉からは選択を迫っていることが分かる。それは今まで通り人間と共に生きるか、ここから去って山の中で自立して生きていくか。

 こんな小さな子供に迫る選択では無いように思うが、今は俺が口出しすべきではないので、ただただ戻ってくるようにと、心を込めてサブルの体を撫でていた。

 するとホビーも隣に来て一緒に体を撫で始めた。しかしホビーは身体強化が強くないので、サブルから噛みつかれるようなことがあったら全力で守らないといけない。

 サーベルタイガーの親子は選べ、嫌だを繰り返していた。嫌だと首を振る度に噛みついた俺の腕の肉が引き伸びて血が流れてくる。

 サブルは俺と離れることは良いらしい。でもベルと離れる事は嫌みたいだ。

 ベル自身はもう人の中で気楽に生きていくと決めている。それは前に見せてもらった、外で生きる過酷さと比べての選択だ。

 子供だもんな、母親とはまだ離れたく無いのは分かる。そして外でもっと走り回って遊びたいと思うに決まってる。もっとサブルの気持ちを汲むべきだった。

「ごめんな、サブル。」

『もっと遊ぼうよ。ゴブリンライダーごっこは楽しかったよ。』

 ホビーもサブルに訴えかけながら一生懸命に撫で続けている。しかしサブルは唸り声を上げて腕を噛む力を込め続けている。

「コーヅ殿で不満なら私の魔獣になりなさい。」とリーサの手が伸びてきた。そして優しげな瞳でサブルを見つめていた。

「いやぁ、ここはワンチャン私じゃない?」

 イザベラが俺を押しのけて、サブルの脇腹を指で突き刺した。

「ギャフ!」

 サブルが体をよじりながら叫んで涙目になりながらイザベラを恨めしそうに見た。

「さっ、もう帰りましょ。」

 ティアとシュリが上から覗き込んできた。するとサブルの唸り声が途切れ途切れになってきて、噛み付く力も弱まってきた気がした。

 四方から伸びてきている自分の体を撫で回す手に時おり心地良さそうな表情も見せるようになってきた。

 ふとサブルが顔を上げた時に、自分を囲む人たちの人数に驚いた様子でポカンと口を開けて見回した。その時に噛みつかれていた俺の腕も解放された。

 その時、サブルと目が合った。

 表情には困惑の色が見えたが、心は落ち着いていることは伝わってきた。

「サブル、戻ろう。」

『うん……そうする。』

 サブルはそう言いながら血が滴っている俺の腕を舐めた。

『あ……おいしい。』

「あははは!」

「なになに?どうしたの?私も混ぜてよ。」とイザベラがサブルと俺を交互に見た。

「俺の血は美味しいって。」


 アハハハ!


 ひとしきり皆で笑うと「さぁ、帰るぞ。クラウスにはサブルやイブに特別な料理を準備するように言ってきたからの。」とオルデンブルクは言い、衛兵や街の人に謝罪と解散するようにと声を張り上げた。そして人々が散り始めると、オルデンブルクも屋敷に向かって歩き始めた。

 その後ろをベルと、サブルに跨ったホビーが並んだ。その後ろに俺たちがダラダラと歩きながらついていった。

「腕は大丈夫?」

「ヒールもしたし、何の痕も無いよ。」と腕をリーサに見せた。

「これで万事解決だね。」とシュリが肩を叩いてきた。

「でもコーヅさんは女心だけじゃなくて従魔心も分からないのね。」とイザベラがしみじみとした口調で言うと、哀れみの目を向けてきた。

「それは同意だわ。リーサさんも苦労するわよね。」

 ティアまでそういうことを言う。そして屋敷に帰るまで散々に言われ続けたが、時々シュリだけが擁護してくれた。あくまで時々だけど。


 遠くから見える屋敷は煌々とした間接照明が生み出す光と影が重厚さを浮き上がらせるような演出がされていた。

「ん~匠らしい仕事ができたね。ねぇねぇ、そう思わない?」

 突然イザベラが俺の前に回って顔を覗き込んできた。

「匠って呼ばれる人は、人に同意は求めないんじゃない?」と答えてイザベラを避けて先へ進んだ。

「匠って呼ばれるようになったらそうするよ。ね、良い感じだよね?」

 しつこく食い下がって来るが、確かにとても良い出来だと思うので素直に「そう思うよ。」と答えた。

「だよねー!良い仕事だよね。そろそろ光の匠って二つ名で呼んでくれていいよ。」

「名ばかり大聖女よりもよっぽど良いと思うよ。」

「でしょ?ほら、いいんだよ。呼んでごらん。ひ・か・り・の・た・く・み。」

「んー、もう少し件数を重ねてからかな。」

「ケチ!」

「安売りするもんでもないでしょ?」

「何よ!?何でもかんでも二つ名をたたき売りされてるくせに!」

「別に俺が呼んで欲しいなんて言った訳じゃないし、そんなの知らないよ。」

「はいはい、そこまで。」とシュリが会話に割って入ってきた。

「全く子供の喧嘩ね。」

 後ろを歩くティアのため息交じりの声が届いた。

 

 屋敷の前にはもう見学者の姿は無く、静まり返っていた。一行はそのまま食堂に向かい皆がいつも通りに着席した。

「よし、では創造神様へ感謝してから食事を始めるとしよう。」

 創造神と聞いて、ふとイヴァンが聞いたという創造神の声を思い出した。

 俺はその為にこの世界に呼ばれたのか?いや、それはあまりに回りくどすぎて、安いシナリオライターの書いたストーリーに思える。するとイヴァンの事は全く関係ない?でもそれにしては……。

 俺が思いにふけっている間に熱々の食事が並べられた。そしてベルやサブルの前には焼いた大きな肉塊のプレートが置かれて、とても香ばしい匂いが食堂を満たした。

「うわぁ、美味しそう。私にも分けてよ、サブル。」

 言われている事は分からないはずだけど、サブルは唸り声上げて肉塊をイザベラから守るように背中を向けていた。

「そう言えば、ホビーはゴブリンライダーになれそうじゃな。明日はそれで稽古してみるか。」

「うん、オルおじさんありがとう。サブル、明日からよろしくね。」

『うん!』

 サブルの言葉が前よりも鮮明に伝わってくるようになった。やはりもっともっとベルのこと、サブルこと、そしてホビーのことも知り、繋がる努力が必要ということをしみじみと感じた。


 食後はサブルはリーサと一緒に部屋に戻っていった。俺はその背中に向かって「サブル、今日はごめんな。明日は山の方まで散歩に行こう。」と声をかけた。

『うん、いいよ。』

 その軽い返事にホッとした気持ちが湧いてきた。

『私も行こうかしら。』

『ほんと?』

 サブルが千切れんばかりに尻尾を振って喜びを表現していた。やはり母親には圧倒的に敵わない。

 そして俺とベルも部屋に戻った。

「ありがとね。」

『いいのよ。自分の人生は自分で選ぶものなんだから。』

「でもさ、あんな子供に早くない?」

『魔獣や獣を前にして、まだ子供だから見逃して、なんて通用するとでも思ってるの?』

 それを言われると何の反論もできない。彼らは1日でも早く独り立ちして、自己責任で生きていく必要がある世界に生きているんだ。

 まだまだこの世界の事は学ぶことが多いと痛感する。


 翌朝はまだ暗い時間帯に目を覚ました。まだ夜と言って良いような時間帯で、鳥の囀りすらまだ聞こえてこない。

「おはよう、ベル。」

『まだ早いわよ。』と言って顔を隠すように体を丸めた。

 灯りは点けなくても身体強化やヒールで周りは見えるというか感じられる。俺は明るくなるまでベルに寄りかかりながら間接照明用の石筒を作り続けた。朝食の時間には石筒で小さな山ができていた。

『いつ、やまにいくの?』

 食堂に顔を出すと、サブルが足元に飛び跳ねてきた。

「治療が終わったらかな。」

『すぐおわらせて。』

「頑張るよ。でもサブルもホビーとゴブリンライダーゴッコするんじゃないの?」

『あっ!』

 サブルはすっかり忘れていたようでホビーを振り返った。

「あさは、ぼくとけいこだよ。」

 ホビーは忘れていたことを咎めるような口調で言った。それだけサブルにとっては山に行くことは嬉しいことなんだろう。もっともっとサブルの気持ちに配慮すべきだったと昨日から何度目かの反省をした。

 朝食後はそれぞれの仕事に向かった。ホビーとサブルはオルデンブルクと砦に出稽古へ、シュリとティアは調理場で体の再生治療、リーサとイザベラで間接照明の設置へ、そして残った俺とベル、そしてジョーが大聖堂で治療だ。

 

 大聖堂までの道も何となく分かってきた。

「俺が先頭歩いてみても良いですか?」

「ははは。どうぞ。」

 屋敷から細い下り坂を下りていき、家々の間を右に左に上ったり下りたりしていった。似たような家や小道に道が分からなくなってきた。

「コーヅ殿、そこは右です。」

 段々とジョーからの指摘が増えてきた。俺は諦めて大人しく後ろに下がってベルの横に並んだ。

「難しい……。」

『私たちは臭いで通った道は分かるのよ。』

 俺はその言葉に、辺りの臭いを嗅いでみたが、朝食の匂いや石の匂いしかしなかった。

 同じ道を通っているので、この辺りではすっかりベルは馴染みになっている。大人たちは怖がる様子もあるが、特に子供たちには人気がある。少し離れたところから一定距離でずっとついてくるのだ。

 そして、それと同じようにベルとペアに思われている偽聖女様を探す大人たちの姿がある。

 しかし彼らの相手はせずに大聖堂に入った。

「おはようございます。」

 元気になったはずの大祭司のイヴァンがまた杖をついていた。むしろ寄りかかり方が以前よりも悪い状態に見えた。その様子を周りの祭司たちは苦笑を浮かべながら見ていた。

「どうしたんですか?」

「いやぁ、大変お恥ずかしいのですが、はしゃぎ過ぎまして、階段から転げ落ちて膝を強打して、また歩けなくなってしまいました……。」

 きっと見た目の怪我は治してもらったんだろうが、膝はよっぽど酷くぶつけたんだろう。

「では、治しましょう。」

 俺はしゃがんで膝に手を置くと、魔力を流していった。たしかに膝に魔力の通らない箇所がある。そして取り切れていない体へのダメージもあったので合わせて治療した。

「治りました。気をつけてくださいね。」

「はい。今回のことで治療はしていただけましたが、まだ創造神様からはお許しを頂けてないことが分かりましたので……。」と残念そうな表情を浮かべていた。

「大丈夫ですよ。創造神様は人が考えるよりもずっと心が広い方ですし。」と知ったかぶりで答えた。しかし「ありがとうございます。心が救われた気がします。」とイヴァンは深々と頭を下げた。そしてそれを周りの人たちが何事かという様子でざわついているので、慌ててイヴァンの頭を起こした。


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