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第262話 ニ聖女

「イヴァン様?」

「ご無理なさらずに……。」

 周りの祭司たちは杖を見つめたまま動きを止めたイヴァンと呼ばれる老祭司の様子を心配そうに見守っていた。

 やがてイヴァンは意を決したようにゆっくりとした動きで、隣で支えている祭司に杖を渡すと1人の力で立った。杖を受け取った祭司もイヴァンをすぐに抱えられるように手を添えている。

 イヴァンは両手でバランスを取るようにして、恐る恐るすり足で動き始めた。しかし「ん?」と呟くと足をほんの少し浮かせて一歩踏み出した。また一歩、そしてまた一歩と足を進めた。

「おお……。創造神様!」

 周りの祭司たちがその場に跪くと、天に向かって感謝の祈りを捧げ始めた。その間もイヴァンはゆっくりと足の感覚を確かめるように治療室の中を歩いていた。

「コーヅ殿、本当にありがとうございました。」

 戻ってきたイヴァンは子供のように顔を輝かせながら、ゆっくりと頭を下げた。

「いえいえ、では目も治しましょう。」

「それは無理……あ、いえ、是非よろしくお願いします。」

「はい。」

 また肩に手を置くと眼帯をしている目に魔力を集めていった。しかし目の部分に全く通らない。

 あれ……?

 今までに無い感覚に焦りが出てくる。しかしこんな老人の頭に向けて強い魔力を送り込むことはできない。どこかに通るルートは無いんだろうか。魔力を目に集めながら試行錯誤したがどうしても魔力が眼球に届かない。

 あっ!そっか。きっとイヴァンには眼球が無いんだ。

 先ほどのイヴァンの言葉はそういう意味だったのかと納得した。そして、それなら目の周りに魔力を集めるようなやり方では駄目だろう。目の奥に残る視神経から再生していかないといけないんだろうと、俺は攻め方を変えることにした。

 改めて目の奥の方から組織を再生するように魔力を送りこんだ。

 じっくりとヒールをかけ続けると少しずつ魔力が通るようになってきた。きっと視神経の組織が再生してきているんだろうと思う。

 そのまましばらくヒールを続けていると全体に魔力が通るようになった。最後に全身をじっくりとヒールで浸したら完了だ。

「終わりました。きっと見えるようになったと思います。」

「……ありがとうございます。」とイヴァンは静かに頭を下げると眼帯を外した。

「おお……。」と呟いたまま周囲を見渡している。

「体を強めておいたので、今ならきっと体も良く動くんじゃないかと思います。」

 俺の言葉にイヴァンは頷くと、また歩き始めた。

「本当に体が軽い。若者に戻ったようだ。あはははは!」とイヴァンは大声を上げながら走り出した。

「イヴァン様!」「大祭司様!」

 心配そうに祭司たちが駆け寄る。いつの間にか増えていた祭司、修道女たちも心配そうにその様子を見守っていた。

「今はとても気分が良いのです。少しこのままにしてください。」

 イヴァンは祭司たちを制すと笑いながら広い治療室をしばらく走り回っていた。イヴァンのハッハッという呼吸音とパタパタという足音だけが聞こえてくる。みんなが子供に戻ったようなイヴァンの幸せそうな姿を心配そうに、そして微笑ましく見つめていた。

 やがてイヴァンは膝に手を置いて「はぁはぁ、疲れました……。」と足を止めた。そこへ祭司たちが駆け寄るが「大丈夫です。」と制して戻ってきた。

「ありがとうございました。体を動かして熱くなるなんていつ以来か。」と額に汗を浮かべて、溢れんばかりの屈託の無い笑顔を向けてきた。

「体力を回復しますね。」

 イヴァンの体力を回復させて、もう一度ヒールに体を浸しておいた。

「なんとお礼を申し上げたらよいのか……。」

「いえいえ、俺にできることをやっただけですから。」

「聖女様もありがとうございました。」とイザベラにも頭を下げた。

「いや、これは聖女じゃないですよ。本物はオルデンブルク様の屋敷で治療してますから。」

「あー、もうせっかくいい気分だったのに。帰るまで乗せておいてよ。」と頬を膨らませた。

「後で面倒になるし駄目だろ。」

「ケチ。」

 そんなやり取りを祭司たちは驚きと苦笑を混ぜ合わせた顔で見ていた。

「またお時間あるときに治療のお手伝いをお願いします。」とイヴァンや周りの祭司、修道女たちが頭を下げた。

 そして見送ると言ってイヴァンが俺の隣を歩いた。

「あの……。怪我を治さなくて良いって仰った理由ってどういうものなんですか?」

「若気の至りです。私は元々海賊でしてな。このクリソプレーズよりもっと南の暖かな地を拠点としていました。そして海の上のあちこちで、とても口にはできない悪いことをしていました。そこで嵐に会いましてな。乗っていた船は沈み、私は木片に捕まったまま激しい波に飲まれ、気を失ってしまいました。」

 そこまで一気に話すと一呼吸おいて俺の方を見た。穏やかな大祭司ではあるが、体つきや雰囲気は過去のそれを彷彿させるものがあるので、あまり驚かなかった。

 イヴァンは俺の表情から話を理解できたことを確認したのだろう。また正面を向いて話を続けた。

「あれは夢だったのか、本当に創造神様だったのかは今でも分かりません。突然目の前が明るくなりました。あれほど荒れていた海は嘘のように静まり返りました。そしてその光は海で冷えきった体を温めてくれました。私はその不思議な光の正体を確かめようと辺りを見回しました。」

 大祭司の話は熱を帯びてきた。そしてその話を近くで聞こうと祭司や修道女たちが集まってきた。

「その時でした――『何故にお前は私に背くのか?何故にお前は私の家族を傷付けるのか?お前はこれから私と私の家族と同じだけの苦しみを味わい、私に従いながら生きていくことになるだろう。』という創造神様と思われる声を聞きました。そしてそのまま私は気を失いました。気づいた時には、このクリソプレーズの漁師に助けられたのです。しかしその時には私は眼を失い、歩けなくなっていました。そしていつの頃からか、私は大聖堂の敷地の片隅に座り、物乞いをしながらあの言葉の意味を考えていました。」

 そして俺を見ると「何十年とかかりましたが、今日、私は創造神様に許されたのです。」と優し気に俺を見るその目には涙が溢れていた。そして周りの祭司や修道女からもすすり泣く声が漏れ聞こえてきた。


 イヴァンたちは大聖堂の正面玄関までの見送りと思ったが、そのまま外まで出てきた。辺りは既に暗く、風はとても冷たかった。そして階段が光魔石の鈍い光に鈍く照らされていた。老人にはこの凍えるような風は堪えるのではないかと思うが、嬉しそうな表情で身軽に階段を下りていく姿に、その心配が杞憂であることが理解できた。

「おい、大祭司様が歩いていらっしゃるぞ。」

「バカ。見ろよ。眼帯もしてないし、別人だろ。」

「あぁ。他所から来られた方か。」

 これで本当のことを知るとパニックなるかもしれないので黙っていた。しかし「皆さん、私はこちらの方に治療いただいたのです。創造神様は今日、私の罪をお許しくださいました!」

「おお……!創造神様の御使いが降りて来られたのか!?」

「あ、聖女様だ。やはり聖女様が……!」

「聖女様だって!?」

 いつもなら混乱を恐れるところだが、今はベルがいる。さすがに大きなサーベルタイガーが護るように寄り添って歩く俺たちへ駆け寄ってくるような人はいなかった。

 そして遠巻きに俺たちに視線や声を送ってきた。

「聖女様ー!」

 そんな声にはイザベラが作り物の笑みを浮かべて手を振って応えていた。

 やがて大聖堂の敷地の入り口まで来ると「この場所が私の原点です。」とイヴァンが立ち止まった。そして「またお待ちしております。」

 大祭司のイヴァンや周りの祭司に深々と頭を下げられた。

「はい、是非寄らせていただきますわ。」

 イザベラが恭しく返事をしていた。

「聖女様がまた来てくださるってよ。」

「聖女様ー!」

 イザベラはその声に応えるように笑みを浮かべて手を振っていた。祭司たちにはさっき偽者と伝えたが、伝わり切っていない祭司や修道女はイザベラを聖女と勘違いしていそうな目で見ていた。

 絶対、ペテン師だ。

「ペテン師……。」

 俺が聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟くと、イザベラにお尻の肉をちょび掴みでつねられた。

「痛いって。」

「ほほほ、どうなされたのかしら?治療が必要でしたらいつでもお声がけくださいね。」

「ニ聖女。」と小声で言い返すと、今度は歩きながら足を蹴られた。

「あら、大丈夫ですか?」と言葉は穏やかだけど目は怒っている。でも怒ったところで嘘は嘘だ。

 この、エ聖女め。


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