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第260話 誰が聖女?

「いらっしゃいませ。」

 周囲とは明らかに違い、白く輝くような店の階段を上ると、店の入口に立っていた初老のウェイターに声をかけられた。そしてそのウェイターは射抜くような冷めた視線をケンとアルに向けた。

「あ、あの……この方たちはオルデンブルク様の客人で、俺たちは案内しただけなんですよ。ははは。」とアルは頭を掻いて「じゃ。」と階段を下りようとした。

「待って。」とティアがケンとアルを呼び止めると、「彼らも一緒に入りたいのですが。」と声にほんの少し苛立ちを込めてウェイターに話しかけた。

「しかし当店に相応しいとは申し上げられませんので……。」とうんざりしたように首を振った。

「でもみんなで入りたいんだけどな。イケオジさん的にはどの辺りが駄目なの?」

 イザベラが腕を組んでケン、アルと初老のウェイターを見比べた。

「イケオ……?あ、えー、ゴホン。服の生地とその折り目、それにデザインですな。」

「んー、つまり全部ってことかな。じゃあさ、イケオジさんの見立てで新しい服を選んでよ。お金はこのコーヅさんが払うからさ。」

「いえ、私共はそのようなことまでは致しません。」

「分かった。イケオジさんも新しい服が欲しいよね。いいよ、買ってあ・げ・る♡コーヅさんが。」

 すっかりイザベラの術中にはまったウェイターはあからさまに狼狽えている。こんな客を応対した事なんてないんだろうと思うと、少し気の毒にも思えてくる。

 そしてそこへすかさずティアが割って入った。

「私は宮廷魔術師でS級のティアです。そして彼はオルデンブルク様の命を救い、更にその強さから武神と二つ名を与えられたコーヅです。私たちはオルデンブルク様からこの街を視察するように言われています。彼らは公務として私たちを案内をしてくれているのです。」

「左様で御座いましたか。大変失礼いたしました。どうぞお入り下さい。」

 きっと面倒臭い客だと思ったんだろう。服のことは目を瞑って、すんなりと通してくれた。

 レストランの中も全体が白く、そしてとても天井が高くて開放感があった。窓からは穏やかに碧く輝く海が広がっている。

 先客は1組だけで、確かにしっかりとした仕立てのスーツに身を包んでいる男性たちだった。

「ここはクリソプルーズって言うんですけど、あまりに美味いから先代の領主が店の名前を贈ったんです。」

「へぇ、楽しみだね。」

「でもさ、オルデンブルク様はコーヅさんの雪山フレンチトーストが一番って言ってたよね?」

 気を使えないというか、空気を読めないイザベラの声にウェイターたちの冷たい視線が集まった。

「そうだっけ?聞き間違いじゃない?」と俺はその場を収めようとしたが「私もそう聞いたと思ったけど。」とティアまでその邪魔をした。

「本日はようこそおいでくださいました。」

 先程のウェイターがとげとげしい言葉と一緒にメニュを持ってきた。

「お茶とそれに合うお菓子をもらえますか?」

「かしこまりました。」と形だけは恭しく頭を下げると戻っていった。

「……聞かれてたかな?」

 イザベラが小声で確認をしてきた。

「イザベラの声は通るのよねぇ。聞かれてたかもね。」

「これ以上刺激するようなことは言わないでよ……トラブルメーカーさん。」

「あーー!ひどっ!」

 イザベラの声にウェイターたちだけでなく、先客からも白い目を向けられた。

「良い二つ名を貰ったわね。」とティアがからかう。

「あー、いいのかなー。私も言っちゃおうかなー?」

「ごめん。私が悪かったから止めて。」

「ふん、分かれば良いのよ。コーヅさんはアズライトに戻るまでに私に素敵な二つ名を贈ること。」

「例えばどんな……?」

「聖女のシュリを教えた聖人のコーヅさんの師匠なんだから大聖女とかさ。どう?呼んで良いよ。」

 俺の師匠……?何の……お笑い?入門してないけど?

「あれってやったことに贈られるんじゃないの?」

「何よ、私が何もしてないっての!?」

「いや、だからトラブ……。」

「それ以外!」とイザベラに怒られた。これ以上この店で煩くする訳にもいかないので、これ以上からかうのは止めておいた。


 ウェイターやウェイトレスがお茶やケーキスタンドを運んできた。その上にはスコーンやクッキー、フルーツやジャムが色鮮やかに盛り付けられていた。

「クリソプレーズ産のオータムナルです。ほのかな甘みをお楽しみください。」と頭を下げて戻っていった。

「うわっ、オシャレじゃん。」

「大聖女の私に相応しいわね。」と言うとイザベラはスコーンを取ってジャムを塗った。

「大聖女……?」という呟きが聞こえた気がしたが、それよりも「ジャムが跳ねたよ、気を付けて。」と雑にジャムを扱うイザベラに注意した。

「跳ねてませんー。」

「いやいや、見てよ。ここ。」

「ゴホンッ!」と咳払いが聞こえて先客が睨んできた。

「……静かにしないとね。」と囁くようにイザベラに言った。

「コーヅさんがね。」というイザベラには苦笑で応えた。

 この店のスイーツは確かにオルデンブルクが認めただけのことはあった。とても上品な味わいで、お茶も口当たりがとても柔らかくて美味しかったし、クッキーやスコーンの甘さを流すのに丁度良い渋みが良かった。

 

 食べ終わると早々にクリソプルーズを出た。そして屋敷に戻るために歩き始めた。

「よう!ケン。昼間っから遊び歩くなんて珍しいな。」

「バカ野郎。この方たちはオルデンブルク様のお客様っすよ。」

「は?何でお前みたいなのと一緒なんだよ。」

「俺は指を、コイツは足を治して貰ったんすよ。だから街を案内してたっす。」

「うおっ!?指がある!」

 男性は目を見開いたままケンの手を持ち上げて、生えてきた指をまじまじと見ていた。

「そっちの手じゃないっすけど。」と言って左手を下ろした。

「でも、どうやって……?」

「だから、お前。聖女様が一晩かけて治してくださったっす。」

「まじかよ、一晩かけて……。」

「シュリは衛兵もやってるからね、体力はあるわよ。」

「うん、まぁね。衛兵は体力自慢よ。」とイザベラは力こぶを作って見せた。

 するとその男性は何を勘違いしたのかおもむろにイザベラに向かって頭を下げた。

「ケンのことを治してくださり、ありがとうございました!」

「良いのよ、それが聖女としての務めですもの。」と言って微笑んだ。

「聖女様、ありがとうございます。このご恩は生涯忘れません!」と言うと去っていった。そのやり取りを俺たちは呆気に取られながら見ていた。

「……勘違いしたまま行っちゃったよ。」

「どうするのよ。」

「大丈夫よ。からかっただけなんだから。」

「いや、だって治った指を見て、聖女って名乗ったら普通信じるでしょ。やっぱりイザベラは……。」

「え?私は名乗ってないよ?適当なこと言わないでよね。」とイザベラは怒り始めた。

 厳密には名乗ってないのかもしれないけど、それは詐欺と言われてもおかしくないレベルだと思う。

「何が言いたいの?」

「別に。」

 やっぱりトラブルメーカーだよな。

 屋敷に着くとすぐに「料理長が呼んでるわよ。急いで。」とメイドが伝えに来た。ケンとアルは顔を真っ青にして調理場へ駆け戻っていった。

「バッカ野郎!どこほっつき歩いてやがんだ!」

 玄関まで響く雷が落ちていた。俺たちは首をすくめながら自室へ戻った。


 ベルやサブルの待つ部屋に戻ると、ソファに座って隙間時間の内職にエアコンを作り始めた。エアコンが数台作れた頃にドアが開いた。そして視線を向けるとそこにオルデンブルクが立っていた。

「どうしました?」

 俺は作りかけのエアコンを床に置くと立ち上がった。

「良い。続けろ。」

 オルデンブルクはそう言うと部屋に入ってきて、正面に座った。しかしオルデンブルクは口を開かずに俺の手元をジッと見ていた。居心地の悪さを感じながらエアコンを仕上げていった。

「器用なもんじゃな。」と微笑んだ。

「いえ、建築ギルドの人たちに比べたら、こんなのは大したものではないですよ。」

「何でも上には上がおるからな。して、この街はどうじゃ?」

「食べ物が美味しいです。」

「ははは!お主は食べることばかりじゃの。……すまんが頼まれてくれんか?」

「はい?何をしましょう。」

「大聖堂で治療を頼みたいんじゃ。この街には体を欠損したものが多くてな。」

「漁でですか?」

「そうじゃな。船や魚や網に持っていかれるんじゃ。」

 そんなに危険な仕事なんだろうか。でもこの街の人たちは漁に誇りを持っていると感じる。

「分かりました。シュリと行ってきます。」

「いや、シュリ殿にはここの料理人たちをお願いしたい。」

「分かりました。ジョーさんと行ってきます。」

「うむ。イザベラ殿も連れていってくれ。」

「……イザベラですか?」

「そうじゃ。リーサはマルセルの元で勉強しておる。ホビーは儂と砦に行って稽古じゃ。ティア殿はシュリ殿についておる。」

 ……消去法か。まぁ、イザベラでも治療はできるから良いのか。

「分かりました。行ってきます。」

「すまんの。折角じゃから、そのエアコンは大聖堂に持っていってくれ。」

「そうですね。」

 俺は腰ベルトの魔石を確認すると、床に置いたエアコンを抱えた。すると眠っていたベルとサブルがのっそりと起き上がって一緒に部屋を出た。すると部屋の外にはジョーが準備良く待っていた。

「イザベラさんに声をかけてから行きましょう。」


 コン、コン、コン

 コンコンコン

 ドンドンドン

 

 イザベラの部屋をいくらノックしても返事がない。

「どうしたのでしょう?」

「寝てそうですね。置いていきます?」

「いえ、オルデンブルク様が連れて行けと仰いましたので。」

 ジョーは真面目だな。俺たちはもう一度ノックしてイザベラからの返事がないことを確認してからメイドにイザベラを呼ぶように伝えて玄関に移動した。

 ……来ない。

 待てども待てどもイザベラが来ることはなかった。

「どうします?」

「ははは……。様子を見てきます。ベルをお借りします。」

「どうぞ。」とベルを促すとジョーについていった。後ろから『ボクガカミツイテ、オコスヨ。』とサブルが意気揚々とついていった。

 やがてベルの上に乗せられて、半分寝たようなイザベラが階段を下りてきた。

 果たしてこんな状態で一緒に連れていく意味があるのか……。

 とりあえず屋敷を出てジョーの案内で大聖堂へ向かった。相変わらず歩いている道がどこなのか分からない、覚える気が無いのもあるけど。

「あ、香ばしい匂い。」

 イザベラは起き上がって鼻をヒクヒクさせている。

「さっき食べたばっかりじゃない。」

「食べることと寝る事しか楽しみが無いんだよ。寝た後は食べたいのよ。」

「欲しいものがあれば仰ってください。買ってまいります。」

「きゃー、ジョーさん大好き。じゃあね、私、この香ばしい匂いの物が食べたいの。」

「はぁ……。でも色々な匂いが混じっていて。」

「しっかりしてよね。一番香ばしい匂いよ。他と全然違うよ。」

 俺は会話には加わらず2人のやり取りを半分聞き流しながら、何の匂いのことを言っているのか予想してみた。

 ……んー、イカ焼きかな。魚醤が焼ける香ばしい匂いだと思う。

 そしてベルに乗ったままイザベラは屋台を眺めて歩いた。ベルのお陰でもあり屋台の周囲から人が離れていった。

「んー、クンクン……。あっ、これだ。」

 イザベラが指したものは肉の串焼きだった。ジョーが焼けたものを全て買うとイザベラに2本渡し、そして串から外してベルやサブルに上げていた。

「コーヅ殿も食べますか?」

「いや、俺は大丈夫です。」

「んー、おいひい。モグモグ……。コーヅしゃん、食べないならわたひが貰うよ。」

 そう言うとジョーから更に2本受け取ると幸せそうに食べていた。同じように幸せそうに食べていたベルやサブルも食べ終えると改めて大聖堂に向かって歩き始めた。もう周囲が驚くような視線にも慣れてきた。そして海の漢たちもベルには歯向かってこないので、面倒なことがない。

「で、どこに行くの?」

「大聖堂だよ。治療して欲しいんだって。」

「あー、そうだったよねぇ、頑張ってね。」

「イザベラも普通の治療ならできるでしょ。食べた分くらいは働かないと。」

「あー、ははは。こりゃコーヅさんに一本取られたな。」と頭をコツンと叩いた。

 何も取った覚えはないけど。

 やがて高くそびえ立つ大聖堂が見えてきた。

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