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第257話 二つ名色々

 小型焼却炉に着くと、まずは干してある昆布の様子を見にいった。かなり乾燥して縮んできてはいるものの、触ってみるとまだ少し柔らかい気がした。

「夕方、試しに2、3枚ほど持って帰りましょう。」

「分かりやした。で、今は何をするんです?」

「んー、ひっくり返しておこうか。」と言うと、ひっくり返してまた石で止めておいた。

「またそれっすか……。」

 ケンがとても不満そうで力の無い目を向けてきたので、仕方なく1枚取り上げた。

「ではこれを適当な大きさに切って、鍋の中に浸してみて。少し置いておくと、味が染み出して美味しいスープが作れるよ。多分。 」

「ただの昆布でしょう……。そんなもんでいいなら海の水はもっと旨いでしょ。」

 ケンの口からは不満しか出てこない。でも昆布ダシを知らなければそうなるのも仕方ないと思う。俺も乾燥昆布の作り方を正しく知ってるわけじゃないから、明確なことが言えなくて、それがケンの不満にも繋がっているのかもしれない。

 ケンはこれ以上ここにいても得るものが無いと思ったのか、海藻ゴミ集めを手伝わされると思ったのか、苛立ちを隠そうともせず乾燥昆布を持って屋敷に帰っていった。

「まぁ、コーヅ殿のやることは儂らには馴染まんからな。」

 ケンの不満気な背中を見ながら、オルデンブルクが仕方がないというように呟いた。


 そして今日は建築ギルドに声をかけてあって海藻ゴミを集める人、そしてそれを埋め立てる人たちにも来てもらっていた。その中には膝から下が無くて木の義足の人や腕も無い人がいた。その人たちの人相や日焼け加減からは元々は海の漢なんだと思う。それにしてもここの海ってどれだけ凶悪な魔獣が潜んでるんだろうか。

「……殿?コーヅ殿!」

「え、あ?はい!」

「ボケっとしておらんで説明せんか。」

 俺は小型焼却炉の使い方を教えた。海藻を入れて水で洗い流してから火魔石で焼き切り、灰を下から取り出すという簡単なものだけど。

「で、その灰はどうするんです?」

「昨日は風で全部飛んでいったのじゃが、今日はそう言う訳にもいかんようじゃな。」

「埋め立てでしょうね。」

「それ……貰っても良いですか?」

「何をじゃ?」

「灰です。」

「何のためじゃ?」

 その女性は海藻を集める仕事と軟石鹸作りを掛け持ちしているそうだ。そして石鹸作りには灰が必要らしい。何のためかはさっぱり分からないけど。

「分かった。役に立つと良いの。好きなだけ持っていくが良い。」

 石鹸作りにも興味はあるけど、何の知識も無いし、これ以上新しいことに首を突っ込のは良くないので黙っていた。それよりも俺にできることがある。

「すみません、足を見せてください。」

「あ?見せもんじゃねぇよ。」と真っ黒に日焼けした厳つい顔を近づけて睨んできた。

「コーヅ殿は神の使いとも言われておる。治療してもらうが良い。」

 神の使いとか、ふざけてるのか!?

 振り返ってオルデンブルクを見ると、自分で言っておきながら半笑いで俺を見ていた。

「盛りすぎですって。違いますからね。」と視線を戻すと、建築ギルドの作業者たちから驚愕の目を向けられていた。

「創造神様の御使い……様。失礼いたしました。どうぞこの身は創造神様に捧げたものです。」

 すぐに足から義足を取り外すと、跪いて恭しく足を前に出した。

「止めてください。俺は本当に何もないただの人ですから。」と言いながらも、膝下から失われていて紫色に変色した患部に目を奪われた。すぐに目の前に座ると手を当ててヒールをかけた。

「あっつ……!」

「我慢せんか。」

「はっ!」

 俺が魔力を強めていくと足の再生が始まった。少しずつだけど着実に足が伸びている。

「おお……これが創造神様の御使い様の御力。」

 だから違うってば、と突っ込んでいると治療が進まないので、それは後にして目の前の治療に専念した。


「……治りましたけど、俺はただの人ですからね。」

 厳つい男性は立ち上がると「ありがとうございます!」と勢い良く頭を下げた。そして「……御使い様、また海に戻っても良いですか?」と恐る恐る聞いてきた。

「どうぞ。怪我に気を付けて頑張ってくださいね。でも、俺はただの人ですからね。」

 すると厳つい男性はまた跪くと「御使い様の慈悲深い心に感謝いたします。」と深々と頭を下げた。

「やめてください。」と俺は男性を起こした。そしてしっかり目を見て「何度でも言いますよ?俺はただの人ですから。」と諭すように言った。

「ははは、すまんすまん。儂がからかったのじゃ。コーヅ殿は生物属性がAランクなのじゃ。」

 それから俺は肘の先の無い人も治療をした。そして、その間に海藻ゴミを焼却してもらっていた。

 治療が終わるまでに、集まった人や、リーサ、イザベラ、そしてホビーが桶に海藻を盛ってきて水で洗うと、ティアの業火が一瞬にして灰にしてしまった。

「埋め立てもこれなら楽ですよ。」

 足を治療した人は楽に歩けるようになったことが嬉しいのか、厳つい顔に似合わない軽いステップを踏みながら集めた灰を籠に入れると走っていった。

「あっ、待ってブルーノ。それ、私が貰うの。」と言いながら女性がブルーノを追いかけていった。

「ハハハ。後は頼んだぞ。コーヅ殿には少し観光もしてもらわんとな。」

 オルデンブルクは笑いながら港の方に向かって歩き出した。

 海から流れてくる潮の香りと穏やかな波の音が心地良い。湾を見ると何隻もの漁船が出ていた。きっと波が荒くない内海で漁をしているのだろう。

「うみってしょっぱいの?」

「良く知ってるね。舐めてみる?」

「うん!」

 ホビーとサブルと一緒に砂浜へ逸れると海に向かって歩いた。細かく灰色の砂に足を取られて歩きにくい。足元を見ると小さなカニが横切っていった。

「ゲホッ、ほんとうだ。」

 海の水を両手で掬って飲んだホビーが涙目で咳き込んでいた。そしてそれを見たサブルもペロリと海を舐めると渋い顔をして戻ってきた。

「何でも経験してみないとな。」と頭を撫でて笑った。

 ホビーやサブルにはテイムされている俺からある程度は知識が流れていく。でもこうやって経験していくことは大切だ。

 そしてオルデンブルクたちに合流しようと、先を歩いているはずの姿を探すと、街の人たちに話しかけられて立ち止まっていた。そして一度立ち止まると、そこへまた人が集まってくる。オルデンブルクは行く先々で声をかけられ、それにいちいち足を止めて話をするのでなかなか進まなかった。

 さほど遠くないはずの港にも、かなりの時間を要して辿り着いた。そこは大型船が何隻も泊まっていた。そして奥の方に停泊している中型船では水揚げをしていた。

「何が獲れたんじゃ?」

「これは領主様。今日は湾の中でしたので鯖やアジ、それからカツオが多いですね。」

「どれも美味そうじゃの。」

「ありがとうございます!」と嬉しそうに漁師は礼を言った。

「生で食べたりはしないんですか?」

 という俺の質問に漁師は怪訝な顔を見せた。

「食べる前には火を通せという先祖代々の教えがあってな。」

「コーヅたちは生で肉や魚を食べるの?」

「肉はほとんど食べないけど、魚はよく食べるよ。」

 俺の言葉に周りがざわついた。

「きっと腐るからですね。でも新鮮なうちだと美味しいんですよ。」

 しかし醤油やワサビがある訳ではないので、この場で3枚におろしたところで、どうすれば良いのか。

「ねえ、コーヅ。かるぱっちょってなあに?」

「かるぱっ?……カルパッチョ!?」

 確かにそれなら塩コショウとオリーブオイル、それからレモンがあれば振りかけるだけだからここでも作れる。

「オルデンブルク様。」

 俺はオルデンブルクに調味料の用意をお願いした。すると近くにいた街の人が「持ってくるから、うちのを使いな。」と言って走っていった。

 俺は獲れた魚の中から鯛を見つけるとそれ譲り受けた。そして腰ベルトからナイフを取り出すと、こそぎなから鱗を取っていった。

「ほぅ……なかなか見事なナイフ捌きじゃの。」

「たまに捌いてましたので。」

 そして内臓を取って洗い、頭を落としてから3枚におろしていった。

「持ってきたぞ。」

「ありがとうございます。」

 俺は皮を剥いて、刺し身にしていくとそれを大皿の上に並べていった。そして塩を適当に振りかけ、レモンを搾ると、最後にオリーブオイルを回しかけた。

 そして1切れ摘まむと味見をしてみた。しっかりした歯ごたえの鯛に新鮮なレモンの酸味がとても合っていて美味しかった。

「どうぞ召し上がってください。」

「ほう、これが……かる……なんとやらか?」

「そうです。カルパッチョです。」

 オルデンブルクは少し躊躇していたが、一切れつまむと口に運んだ。

「……ほう、これはつまみに良いの。生食というのも悪くないもんじゃな。屋敷でも作ってみてくれ。これは皆も食べてみてくれ。」

 しかし遠巻きに見ているだけで、誰も手を伸ばそうとはしなかった。生食の習慣が無いんだから当然だろう。

 俺たちはその場にカルパッチョを残して先へ進んだ。後ろからは「美味い!」という声が聞こえてきた。これなら屋敷でも出せるかな。

 俺は岸壁の際を歩きながら海の中を覗き見た。そこでは名前の分からない小魚が群れて泳いでいた。

 

 そして次はどこに向かうのかと思ったら、街の中腹にそびえ建つ砦に向かっているようだった。

 アズライトの砦とは違い表の海、そして裏の山を監視できるような眺めの良い場所に立っている。

 砦の門を敬礼をしながら通り抜けようとして衛兵を見ると、オルデンブルクを目で追いながら涙をこぼしていた。

 アズライトとは違う構造の砦の中を歩いていき訓練場に辿り着いた。そこでは激しい模擬戦が繰り広げられていて掛け声や木刀や木槍の重なり合う鈍い音が幾重にも響いていた。アズライトでは集団戦を意識しているが、ここでは個人を意識した訓練が多いそうだ。

「カール!」

「御館様!よくぞご無事で。」

 カールと呼ばれた大柄な男性がオルデンブルクの前に片膝をついた。

「うむ。このコーヅ殿に助けられてな。」と俺の肩を叩いた。するとカールは立ち上がり「コーヅ殿と仰ったか。どれほど感謝してもしきれない。本当にありがとう。」と言って抱きしめてきた。

「イダダダダ!止めて!止めてぇ!」

「あはははは!」

 それを見てホビーが笑っている。それに気付いたカールが手を緩めた。

「ゴホッ、ゴホッ。」

「ゴブ……いや、ホブゴブリンか?これもコーヅ殿の?」

「ホビーです。よろしくおねがいもうしあげます。」

「何と、賢い。さすがはコーヅ殿の従魔だな。よろしく頼む。」と言ってホビーの肩を叩くと「あぎゃ!」と勢いよく転がっていった。

 この荒っぽさは港街特有なのか、このカールやオルデンブルクが特別……ではないように見える。真っ黒に日焼けした男たちが剣や槍を振るっている姿はアズライトの衛兵以上の迫力がある。これは魔力の強い、弱いとはまた別のものだと思う。

「どれ、少し稽古をつけてやろう。皆も加われ。ホビーもじゃ。」

「やった!」

 この熱気に包まれた漢たちの中で何でそんなやる気になれるんだろう?

 そんな思いで躊躇していると、カールから「これを使ってくれ。」と木刀を渡された。

 そしてシュリやリーサにも木刀か渡されると、その周りには稽古しようと鼻を伸ばした衛兵たちが集まっていた。

「このコーヅ殿は儂と変わらん強さじゃ。儂は武神と呼んでおる。」

「武神……?」

 カールや周りの衛兵たちの目の色が変わった。殺気とも思える強い気を当てられた。恐ろしいまでの鋭く尖った視線が俺を四方八方から突き刺してきた。

 またこのパターン……、と逃げ出したい衝動に駆られた。

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