第256話 餃子パーティ
「あっ、えっと小麦粉の皮で包んで焼くものです。」
「小麦粉……ですか。」
小麦粉と聞いた途端にクラウスからは明らかな落胆の表情が見て取れた。美味しいのに。まぁ、美味しさが伝わるような説明はできてないけどさ。
「是非お願いします。」という言葉から伝わってくる心のこもらない社交辞令も、仕方ないと受け止めた。
「あ、俺も教えて欲しいっす。」とケンが会話に割って入ってきた。
「黙ってろ!」とクラウスに一喝されて怯む様子も見えたが「お、俺も聖人様の料理は知りたいっす。」と言い切った。
クラウスはケンを睨むように見据えると、辺りの空気が凍りついた。
「まぁ……やってみるか。」
クラウスの言葉にその場の空気が和らいだ。
まずは皮から作っていくことにして、小麦粉と塩を持ってきてもらった。
「俺にやらせてもらえないっすか?」
「そうだね。その方が良いね。」
ケンにボウルを渡すと、それを手早く混ぜた。
「次にお湯を少し入れてポロポロする感じに混ぜて。」
「ウッス!」
さすがケンも料理人だ。あっという間に生地を作ってしまった。
「それを小さくちぎって棒で伸ばして。」
「オイッス。」
ケンはめん棒を器用に回してから生地を長く伸ばしていった。
「あ、違いう。丸く伸ばしてもらえる?」
「ヘイ。」
ケンは俺のいい加減な指示通りに生地を丸く伸ばしていった。
「そうそう、それ。上手いね。」と褒めると、ケンが一瞬顔を上げて嬉しそうな表情を見せた。
そしてそのまま生地を全て餃子の皮にしてもらった。そこには他の料理人たちも入ってきて生地を伸ばし始めたので、あっという間に終わってしまった。
「で、次はどうすれば良いんすか?」
「キャベツと肉とニンニクと生姜をみじん切りにしてもらえますか?」
「どんな肉がいいんすか?」
「キャベツは水抜きします?そのままで良いです?」などという料理人たちからの質問の声に答えている間にも、他の料理人たちがそれぞれの食材をみじん切りし始めていた。
彼らが魚醤や酒など自分たちの味覚で味付けした餡がボウル一杯にできあがっていった。完全に皮と餡の量のバランスが悪いが、後ろの方では餃子の皮を作り始めていた。良く気が利く料理人たちだ。
そしてケンやその周りの料理人たちに餃子の包み方を教えた。
「こりゃ面白れぇ。」と言いながら餃子を包み始めたが、餡を乗せすぎたり、上手く折りたたむことができず四苦八苦していた。
「これ……くそっ。」
「なろ!」
しかし皮も餡も山ほどあるので徐々に料理人たちも上手に餃子の形を作れるようになっていった。
形は悪くとも味は変わらないので、俺は油を引いて餃子を焼いていった。
「今は焼いてますが、スープに入れるという食べ方もあります。」
そして上手く羽も作って大皿に載せた。
「いい匂いっすね。」
「どうぞ。」
しかし料理人たちはクラウスの方を見て手を付けない。クラウスは静かに餃子の載った皿に近付くと、受け取ったナイフとフォークで羽を切り取った。そして餃子を半分に切り分けると、たっぷりの肉汁が溢れてきた。
「美味そうだな。」と餃子をフォークで刺して口に運んだ。そして目を閉じてじっくりと味わうように咀嚼してから飲み下した。
「おい、調味料を持ってこい。」
料理人たちは一斉に散らばって塩、胡椒やソース、魚醤、酒など持って戻ってきた。
「美味い食べ方を見つけろ。」
「よっしゃー!」
「食うぞ!」
料理人たちはフォークなど使わずに、我先にと餃子を手掴みで取っては口に放り込んでいた。最初の皿はあっという間に無くなってしまった。しかしそこは料理人。すぐに次の餃子を焼き始めていた。
「私たちに回ってくるのはずっと先になりそうだね。」
治療をしながらシュリが笑った。
「何言ってるんですか、聖女様は最優先ですよ。すぐお持ちします。」
「おい、早く聖女様にお届けしろ!」
「そんなこと言ったって、すぐに焼けるかよ!」
料理人たちの間で喧嘩のような怒鳴り合いが始まった。
「慌てなくて大丈夫です。ゆっくり待ってますから。」
「何とお優しい。」
「おい、聖女様に感謝しろ!」
「てめぇこそな!」
喧々諤々しながらも餃子を焼く作業もあちこちで進んでいく。そしてそれもほぼ同時に出来上がり「聖女様、お召し上がり……。てめぇ、俺の餃子をお出しするんだよ。」「俺のに決まってんだろ。」とまた喧嘩が始まった。するとクラウスが「うるせぇ!」と一喝し、近くにいた人の餃子を奪い取り「皆さまでどうぞ。」と皿を置いた。
「ありがとうございます。」
シュリが微笑むと、方々から「どういたしまして。」という声がかかった。そしてシュリやティア、イザベラがフォークで刺して口に運んでいた。
「あふあふ。でもおひひい。」とイザベラが火傷しそうになりながら2つ、3つと慌ただしく食べていた。
「そんなに食べなくなって無くならないわよ。」と言いながらティアが次の餃子を口に運んだ。
「んー野菜の食感が好きだな。」
シュリも治療の手を止めて餃子を摘んでいた。俺もフォークを使って餃子を口に運んだ。肉汁の多い甘みのある肉をニンニクや胡椒が味を締めていて美味しい。
「治療は順調?」
「コツは分かってきたけど、自分自身の魔力の弱さが恨めしいよ。」
「でもね、できるとできないには大きな違いがあるのよ。」
「そうだよ。俺は指が元に戻るなら1年だって待ってられるぜ。」と言いながら患者の料理人も餃子を食べていた。
「そんなもんかなぁ……。」
シュリは自分のやれていることにあまり自信を持てていないようだが、治してもらう側からすると無限の価値があると思う。
「屋敷の外まで香ばしい匂いが届いてきたんじゃが。」
汗を拭きながらオルデンブルクとホビーが調理場に入ってきた。
「御大!いけません。食堂でお待ち下さい。すぐにお届けしますので。」
「良い。コーヅ殿の持ち込むものは見届けたいのじゃ。」
料理人たちが餃子をどんどんと焼いていくと、ベルやサブル、そしてリーサやホビーそして使用人たちと、屋敷中から人が集まってきた。この場はさしずめ餃子パーティーのようになってきた。
料理人たちも餡にアレンジを加え始めてきた。魚介の餃子は海老の弾力のある食感がとても良かった。
「辛っ!」
「ギャハハ!当たりを引いたな。」
「てめぇ!」
「ゲホッゴホッ!」と別の場所でもむせ込んでいた。
どうやら激辛のロシアン餃子が混じっているようだ。刺した餃子が辛くない事を願いながら口に入れた。
「ゲホッゲホッ!」
思った以上の激辛に思わずむせ込んだ。そして「み、水を……。」と手を伸ばすと、親切な料理人が水が入ったコップを渡してくれた。そしてそれを一気に飲んだ。
「ブフッーー!ゴホッゴホッ!」
それは激烈に強い酒で、思わず吐き出してしまった。そして料理人たちや、オルデンブルクにリーサまでもがそれを笑って見ていた。
「よっしゃ、どんどん焼いてくぜ!」
料理人の1人が唐辛子の微塵切りをたっぷり捏ねた餡を包んで焼いていた。そして焼き上がるとあちこちの餃子の皿に混ぜていっていた。それを見ていた別の料理人たちが羽交い締めにした。
「な、何しやがるんだ!」
「お前、そりゃこっちのセリフだぜ。」
そう言うと、無理やり口を開けて出来立ての熱々辛々の餃子を突っ込んで口を閉じさせた。
「むごー!あうー!おえっ!」
必死に口を開こうとするが、それは叶わず顔がみるみるうちに赤くなり、汗が噴き出てきた。
やがて解放されると一目散に調理場から出ていった。そしてそんな後ろ姿に多くの料理人たちが指を差し、腹を抱えて笑っていた。
そんな餃子パーティーは深夜まで続いた。
翌朝の屋敷はニンニク臭に包まれていた。
『ゲフッ』
寝起きのベルの大きなゲップは鼻が曲がる程に臭かった。まあ、人のことは言えないんだろうけど。
朝食の後はシュリは欠伸混じりにこれから寝ると言って部屋に戻り、俺たちはまた海辺に向かった。今日は海藻ゴミを焼いたらオルデンブルクの案内で観光させてもらえることになった。俺は港を希望した。醤油が無いのは残念だけど刺身が食べたいので、塩を小袋に入れて貰った。
そして今日もケンが昆布だしのためについてきた。
「コーヅさん、今日こそは秘密を教えてくださいよ。」
「本当に乾燥させたらそれまでなんだって。」
ケンは俺が何かを隠しているように見えるんだろうか、しつこいほどにずっと言われ続けている。
今朝は風が無く穏やかだ。街をすれ違う人の表情も柔らかい気がする。しかし港に目を向けてもほとんどの船は繋がれたままのようだった。
「漁には出ないんですか?」
「沖は波が立ってますからね。それに年越しが近いから休んでる人も多いと思います。」
そうなのだ。あと1週間もすると今年が終わる。しかし街の様子は普段とほとんど変わりがない。
本来なら丁度クリスマスなのだが、この世界にはイエス・キリストが生まれていないのだろう。その誕生を祝うお祭りはない。そして正月休みのようなものもない。福利厚生などは、この世界に求めてはいけないのだ。ただ王国歴が587年から588年になる。そしてその日だけが祝われるのだ。そんなジルコニア王国の歴史を道すがら聞いたが、神話のような建国の話だった。
この地はドラゴンが魔獣、人、動物という全てを支配していたそうだ。そのドラゴンたちはあらゆる言葉を操り全ての種族を従わせていた。そのドラゴンの一族を国王の祖先が討伐したそうだ。
それにしても江戸の倍以上に長い間維持していて、今もとても安定しているように感じる。それは凄いことなんだろうと思う。とは言え、ずっと平和だった訳ではない。アズライトの砦は戦争のためにものだし、今でもスパイはいたし、きっとこちら側もどこかの国へ送り込んでいるだろう。それに衛兵たちだって、日々かなりの訓練を積んでいる。そう考えると、この安定は不安定な土台の上でバランスを保っているだけなのかもしれない。
この気の良い人たちが幸せに暮らし続けられると良いなと心から願った。




