第255話 小型焼却炉
「コーヅさん、お昼だよー。」
「あ、うん、置いておいて……。」
俺は届けられたサンドウィッチを意識半分で取っては腹の中に押し込み、小型焼却炉の建築を続けた。とにかく早く作って、早く使ってもらって、そこで出た問題点を改良版の焼却炉を作るときに、しっかり改善しようと思ったからだ。
「コーヅ殿。新鮮な昆布を摘んできました。」
「あ、その辺りに……。ん、昆布!?」
俺は慌てて顔を上げて振り返ると、ずぶ濡れのケンが立っていて、抱えた桶の中では海水の中で昆布が揺れていた。きっと海に潜って摘んでくれたんだと思う。この寒さに耐えられるということは、ケンも身体強化が使えるということだ。
「親指があると物が持ちやすいっすね!この感覚を忘れてやしたよ。ハハハ」
「それは良かったね。あはは……。」
どう受け取って良いか分からないジョークに乾いた笑いで返した。
さてこの昆布をどうするか、と言っても乾燥させる以外のことは知らない。
まずはやってみることとして、真っ平らな石を作り出して敷くと、そこに昆布を丁寧に広げて並べた。
「で、どうするんです?」
「このまま……?」
「このまま……って何かするんでしょう。隠さないで教えてくださいよ。」
「このまま明日まで様子を見るよ。」と言うより本当にこれ以上のことを知らないのだ。もし鰹節みたいに下処理で何とか菌を吹き付けないといけないとお手上げだけど、確かそういうのは要らなかった気がするし、そうであって欲しい。こんな状態なので、この先は試行錯誤してみるしかないと思っている。
「はぁ……。そんなものですか。」
ケンは張り切っていただけに拍子抜けした様子だった。
「じゃあさ、今作った焼却炉のテストをしたいんだ。申し訳ないけど、ここに処分用の海藻を入れてもらえる?」
「結局、それですか。」
はぁ……ともう一度ため息をつくと、海水を滴らせながら落胆した背中を見せて海藻の山に向かって歩いていった。
料理人だもんなぁ、こんな雑用に使われてたらそうなるよな。
俺は海藻から流れ出る塩水が浜まで流すための水路を作りながらケンの帰りを待っていた。
やがて桶に異臭を放つ海藻を盛ったケンが時々えずきながら戻ってきた。俺は走って迎えに行くと一緒に持ってきて、小型焼却炉に流し込むと、嫌な臭いと音を立てて底に溜まった。しかし小型焼却炉と言えどもこれだけでは寂しすぎる量だ。もっと足したいと思ってケンを見たが、離れたところで蹲ってえずいていた。仕方なく俺は置いてある桶を持つと、身体強化して高速で15往復くらいして簡易焼却炉の隙間を埋めていった。すると焼却炉の下部から腐敗臭纏った緑色の汁が流れ出てきていた。
「水で流しますね。」
リーサが鼻を摘まんだまま携帯水道を使って水をかけた。残念ながらそんな水量ではいつまで経っても臭いは消えないし、むしろ広めてしまっていると思う。いっそのことこの海藻汁ごと煮詰めて焼いてしまった方が良いのかもしれない。
俺は開けたばかりだけど排水口を塞いだ。そして腰ベルトから小さな火魔石を取り出すと、魔力を通して小型焼却炉に放り込んだ。
海藻の煮立つ音が聞こえてきたかと思うと、強い磯の香りが立ち上った。
「クセェっすけど、これで乾かせるっすね。」とケンが小型焼却炉の近くに座って髪の毛や服を乾かしていた。
「これの大きなものを作れば良いですよね?」
磯の煙を立ち昇らせている焼却炉を見ながらオルデンブルクとマルケスに聞いた。
「これ以上大きなものは要らんだろ。毎日焼けばこの量で足りるんじゃないか?」
オルデンブルクがマルケスを見ると「そう思うよ。それにしても穴を掘って焼くのとは全然違うなぁ。」と頷いていた。
これで良いのであれば、それはそれでありがたい。でもまずは最後まで焼いて灰を取り出そうと思ったが、このままでは底に溜まる灰を取り出すことはできない。それなら水が流れ出ないくらいの、少し高い位置に穴を開けてそこから灰は取り出すのが良いかもしれない。
煙が落ち着くと、焼却炉に穴を開けて焼き終えた灰を掻きだした。それはとても軽い灰で風が吹くと、どこへと飛んでいってしまった。
「ハッハッハ!これなら穴を掘る手間も無いの。」
「でもこれじゃ塩分を含んでるから、風で飛ばすならやっぱり水で綺麗に流してから焼いたら?」
俺もティアさんの仰る通りだと思います。
改めて水が流れ出るように底に穴を開けた。
「おい、ケンよ。もっと海藻を持ってこい。」
「はい!」
オルデンブルクに言われては愚痴る訳にもいかず、涙目で桶を持って走っていった。そして何往復もしながら小型焼却炉の中に海藻を溜めていった。そして俺は魔術を使ってたっぷりの水を注ぎ込んで海藻に付着した塩分を流してから、新しい火魔石を取り出すと魔力を通して小型焼却炉に放り込んだ。
やがて海藻が燃え尽きて煙も出なると、排水口から灰を掻き出した。掻き出した灰はしばらくするとまた海風に飛ばされてどこかへ消えていった。
「これで良いですか?」
「穴を掘ってから焼いて埋め立てる方法よりも、よほど効率が良いな。魔石1つで済むなら安いもんじゃろう。」
「コーヅ殿にもう1基作っていただいたら帰りましょう。」
俺はマルケスの依頼に応えて、隣にもう1基の小型焼却炉を作り始めると「散歩に行ってきます。」とティアが海の方へ向かって歩き始めた。
「せっかくなんじゃ、それなら街を見てくるが良い。」
「本当に?コーヅさんのお小遣いで!?ホビーも行こう!」
イザベラは嬉しそうに、言われてないことまで付け足しながら答えると、ホビーの手を引っ張った。そしてその3人で街の方へ観光に行った。ホビーは俺やリーサとも離れることも躊躇しなくなったようだ。そう言えば体も大きくなってきた気がする。アズライトでリーサに買ってもらった服も小さく感じるし。
やがてもう1基の小型焼却炉も作り終えた。
「で、コーヅさん。この昆布っすけど、どうするんすか?」
「えっと……一度ひっくり返してから、風で飛ばないように石でも乗せとこうか。」
「石っすか!?」
腑に落ちない様子のケンは文句を言いたげな顔をしながらも手頃な大きさの石を持って来た。そして俺が昆布を裏表をひっくり返すと、その石で押さえた。それを見届けたオルデンブルクが「よし、帰るとしよう。」と屋敷に帰るために歩き出すと、ケンは昆布を気にしたように何度も首を傾げながら振り返っていた。
屋敷に帰る途中、オルデンブルクとマルケスの親子はあちこちで街の人に呼び止められて話を聞いていた。そして彼らはそれを全く面倒臭がることなく、じっくりと耳を傾けていた。それはむしろこちらがじれったくなる程だった。
まだ明るかった空も屋敷に着く頃には夕焼けに染まり始めていた。
「よし、儂は食事まで稽古をするぞ。コーヅ殿、相手を頼む。」
「はい。」
俺は木刀を渡されると切先まで魔力を通して剣を交えた。技術やスピードで襲いかかってくるオルデンブルクに俺は魔力の出力で応戦した。その中から少しでも技術を盗みたいと思うが、美しいまでの立ち姿や流れるような太刀筋は力に差がありすぎて参考にできることが何もない。
そんなところへティアたちが帰ってきた。ホビーは稽古をしている俺たちの姿を見ると「ぼくも!」と駆け寄ってきて、木刀を拾い上げるとオルデンブルクに斬り掛かった。
「良い太刀筋じゃ。どんどん来い!」
「うん!」
そして食事まで3人で稽古を続けた。
汗を拭きながら食堂に向かい、そこにシュリを見つけると「して、聖女殿はケンの指を治せたとか?」とオルデンブルクが話題を振った。
「はい!朝までかかりましたが、治せました。」と誇らしそうに胸を張った。
「素晴らしい成果じゃの。儂が見込んだだけはある。」
「シュリさんはAランク……ではないですよね?何故そんなことが?」
「それが聖女たるゆえんじゃ。」と何故かオルデンブルクが自慢気に答えた。
「それじゃ分からないよ。きちんと説明してよ。」とマルケスは笑った。
「感覚的なことなので難しいんです。柔らかくとか、じっくりとか。」と親子の会話にティアが口を挟んだ。
「柔らかい……ヒール?」
マルケスが一転して怪訝な表情でティアを見た。
「そんなことを言われてできますか?」
「いや……。」
「そんなことばかり言うんです。」
「でも、できるようになると、その表現は分かるよ。他の言葉では表しにくいんだよ。」とシュリも腕を組んで首をひねった。
人数が多いのもあると思うけどコルベール家とは違い、会話が途切れない。街で食べた海鮮の話から名産の話になり、オークカツを街の人たちへ配ったことへ飛び、そして海藻ゴミ焼却炉の話から昆布ダシの話になった。この頃には食事が無くなり何度かのお茶の淹れ直しがあった後でやっとお開きとなった。
すると四方から一斉に声がかかった。
「ねぇ、今夜も練習したいんだけど……。いい?」
「コーヅ殿、少しニホンの話を聞かせてくれませんか?」
「コーヅ、あそぼうよ。」
「コーヅ殿、稽古の続きをしよう。」
「コーヅさん、時間があったら料理の相談に乗っていただけませんかね?」
「え……っと。」
「ワッハッハ!コーヅ殿は人気者じゃのう。コーヅ殿はマルケスと行くが良い。ホビーは儂と来い。シュリ殿にはすまんがティア殿、クラウスは少し待っておれ。」
オルデンブルクは一瞬で振り分けをしてしまった。そして異論を出さないのか、出させないところが凄いと思う。
そして俺はマルケスに連れられて食堂のすぐ隣にある応接室に入った。そしてアズライトと同じように日本の技術や文化、歴史などを分かる範囲で答えた。その間マルケスは熱心にメモを取りながら聞いていた。マルケスは物流に興味があるようだった。
そしてその相手が終わると調理場に向かった。料理長のクラウスもいると思うし、シュリが今夜も治療を頑張っているはずだからだ。
調理場のドアを開けるとシュリが唸りながら治療している姿があった。そしてその隣でお茶を飲みながら優雅に本を読んでいるティアがいた。他の料理人たちひ既にいなくて、料理長のクラウスしか残っていなかった。
シュリの治療は欠損している2本の指を復元していた。そして今夜も徹夜する気なのだろうか、準備良く魔力回復薬が何本も並べてあった。
「コーヅさん、オークカツは大人気でしたよ。何でも良いので他にもニホンの料理を教えてくれませんか?」
「えと……。」
元々レパートリーなんてそんなに無いし。俺は何か思いつくものは無いかと調理場に置いてある食材を見た。色とりどりの野菜、そして何かの肉や卵や小麦粉、ミルクや調味料がある。これだけ揃っていれば料理人なら何でも作れるんだろうけど……。
「何か思いつきました?」
後ろからクラウスに期待を込めた声がかかった。
「カルボナーラ……」はプルスレ村で作った。他には何か無いだろうか。
「あ、餃子とか。」
本当は魚料理で何かあれば良かったんだけど。
「餃子……?」
初めて聞く料理名にクラウスは不思議そうに言葉を繰り返した。




