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第252話 とばっちり

「早く来てね!」と言うとイザベラは店の中に顔を引っ込めた。

 その火に油を注ぐようなイザベラの言動に、目の前の男はみるみるうちに怒りで顔が紅潮してきた。

「おい!」と怒鳴ると俺の胸ぐらを掴んで顔の前まで引っ張り上げられた。そして血走った目で睨んできた。

「お、俺、関係な……。」

 苦しくて言葉が発せず、顔が歪む。そしてその手を振りほどこうとすると「この方はオルデンブルク様の命の恩人であられます。お止めください。」とジョーが胸ぐらを掴む手を掴んだ。

 更に顔を近づけられて俺の顔を覗き込む。

「ああ!?このひょろいのがか?」

 男は訝しげにジョーを見る。すると力が少し弱まり、絞められていた首が楽になるとゴホッと咳が出た。しかし思い直したのか、また腕に力が入った。

「ぐっ……。」と苦しくて喉から声が漏れた。

 さすがにこのまま締められ続ける訳にはいかない。身体強化をした手で男の腕を掴んだ。

「おおコーヅ殿、早速やっとるか!ここの者は血の気が多くてな。」と豪快に笑う声が聞こえた。

「オルデンブルク様……。」と男が面食らった表情を見せた。

 そしてベルがひとっ飛びして俺の横に下り立つと「ガルルルル……」と牙を剥いて唸り声を上げながら男に顔を近付けて睨んだ。

 男は慌てて胸ぐらから手を離すと、薄ら笑いを浮かべながら俺の乱れた服を丁寧に直した。

「こ、これで元通りかな。ははは……。」と引き攣った顔で乾いた声を上げた。

「まだこの街に来たばかりでな、大目に見てやってくれ。」

「はい!勿論です。では、私はこれで。」と頭を下げると女性の手を引っ張るようにして走っていった。その男女の背中を目で追いながら「男同士の挨拶のようなものだ。この街の男たちはあれで仲良くなっていくのじゃ。」と目を細めた。

「オルデンブルク様、それは言い過ぎです……。誤解を招きます。」と苦笑混じりにジョーがオルデンブルクを諌めた。

「そうか?まぁ、それも一つの形と思っておいてくれ。」

「はは……。」

 二度とごめんだと思いながら頷いた。

 辺りにはオルデンブルクをひと目見たいという人が続々と集まってきたが、体の大きなサーベルタイガーのベルが怖くて一定の距離からは近付いてこない。

「皆、すまんな。この者たちは儂の連れじゃ。コーヅ殿は儂の命を救ってくれた恩人じゃ。そして儂が武神という二つ名を贈った勇者でもある。」

「おおっ!」というどよめきが起きた。

 そしてベル、そしてホビーやサブルといった従魔、それからコルベール伯爵家リーサの婚約者であり異世界者と伝えられた。

 一つ紹介される度にどよめきが起きていたが、やがてそれに加えて拍手が送られるようになった。もうこうなると俺は意識のスイッチを切って、貴族っぽい薄ら笑いを浮かべながら、貴族っぽく適当に頭を下げていた。

 そしてS級魔術師であるティア、聖女の二つ名を貰ったシュリと紹介されると、それにもいちいち歓声が上がっていた。ティアはまる無視を決めて不機嫌そうにしていた。シュリは照れくさそうに手を振って頭を下げていた。

 そしてイザベラはこちらを気にした様子もなく隣の店へ移動していた。

「して、街は楽しめているか?」

「はい。景色が良いですし、海のものも美味しかったです。」

「そうじゃろう。楽しんでくれ。」

 そう言い残すと警護の人たちを引き連れて、どこかへ歩いていってしまった。

 そしてこの場には人集りだけが残された。

「どうしよう?」

「仕方ないですね。」とジョーは苦笑した。そして「とりあえず入りましょうか。」と俺たちを土産物屋へと促した。そしてその店の前にベルとサブルが寝そべったので、他の人たちは店には入ってこれず遠巻きに見ていた。

 これは最強警護者だ。……営業妨害かもしれないけど。でも後で美味しいものを食べさせてあげよう。

 店には貝殻を使ったアクセサリーや、貝がびっしりと敷き詰められた小物入れ、オーナメントなど色鮮やかで可愛らしいものが並んでいた。

「可愛い!」

「記念に何か買おうよ。」

 大きな物は置き場に困ってしまいそうなので、身に着けられて邪魔にならないものを探した。ネックレスとかブレスレットとかかな。あっ、この細長い貝を繋げたものとかチラ見せさせると良いかも、と手に取った。

「ねぇ、これをお揃いで買おうよ。」とティアとシュリが木箱に貝で装飾した可愛らしい小物入れを見せてきた。

「ぼくにも?」

「勿論よ。」

 ここは女性たちの意見を尊重して、自分で手に取ったネックレスを戻した。そしてここにはいないイザベラやリーサの分も一緒にお揃いの小物入れを買った。

「支払いはコーヅでいい?」

「いいよ。」

 全く自覚のない給料からの支払いに了承した。店を出ると両腕に沢山のお土産を抱えたイザベラが立っていた。

「何をそんなに買ったの!?」

「えへへへ。もう来ることも無いだろうからさ。……それとコーヅさん、支払いをよろしくね。」

「支払い!?」

「ウソウソ。私がそんなこと言う訳ないじゃないの。」

 ……すごく言いそうだから思わず信じちゃったよ。

 今は空間収納袋が無いので、みんなで手分けをして土産物を持った。

 それにしてもさっきよりも減ってはいたけど、まだ店の前に数人の人がいた。そしてその中から1人の中年女性が足を引き摺りながら前に出てきた。

「あ、あの聖女様。も……もしよろしければ私の足を治して、いた……いただけませんか?」とシュリの前で跪いた。

「んー、良いですよ。でもここだと邪魔になりますし、場所を変えましょうか。」

「はい!」

 確かにこんなところで治療を始めようものなら収拾がつかなくなるので良い判断だと思った。しかしその女性は右足を引き摺るようにして、ゆっくりと歩いていた。

「ねぇ、ベル。あの人を乗せてもらっても良い?」

『イイワヨ。』というとベルは女性の前に伏せた。

「乗ってください。」

「え?の、乗るって……。えと、こ、この虎にですか?」

 この女性には吃音があるようだ。これって治療できたりするのかな?

「はい。乗せて連れていってくれます。」

「でも……。」

 女性が言い淀んでいると「じゃあ、ぼくがのる!」と言ってホビーが飛び乗った。しかしベルが背中をポンと押し上げてホビーを飛ばした。

「どうぞ。」と改めて勧めると女性は恐る恐るベルに近付くと、背中に跨った。

「きゃ!」

 ベルが起き上がるとのっそりと歩き始めた。俺たちもそれに合わせて歩き始めた。ベルはまるで知った道のように淀み無く歩いていく。ジョーはその後ろをついて歩いた。

 また右に左に上ったり下りたりしながら屋敷に向かった。さすがにもう付いてくる人もいないので気を抜いた。

「きっと話が広まるから街を歩きにくくなるね。」とティアが言った。

「わ、私は聖女様が、こ、困るようでしたら、だ、黙ってます。」

「遅かれ早かれ広がるから気にしなくていいわ。」

「俺は静かなところで釣りでもしてれば幸せだから大丈夫だよ。」

「一人で行ってよ。私は食い倒れてるから。」

「私もそっちがいいな。」

「でもさ、ゆっくり食事ができなくなるなら、釣った魚をその場で焼いて食べるとかが良くない?」

「えー、面倒臭いし嫌だよ。」

「あ、あの……。」

 足の悪い女性が遠慮がちに話に入ってきた。

「オススメのお店があるの?」と間髪入れずにイザベラが聞いた。

「い、いえ、そうではなくて。ち、治療なら、ここで……。」

 確かに辺りには誰もいない。しかし「ここじゃ寒いわよ。オルデンブルク様の屋敷でお茶でも飲んでいったら?美味しいわよ。」とティアが軽く答えていた。

「えーー!?そ、そんな!オ、オルデンブルク様のお、お屋敷でお茶なんて……。」と青い顔をした女性が首を振ってベルから降りようとするが、シュリが「危ないですよ。」と止めた。

 そんな話をしているうちに屋敷の玄関先に着いた。

「オ、オルデンブルク様のお屋敷……。わ、私が……。」

 今度はその女性はベルの毛にしっかり掴まって降りようとしなくなった。

 ベルは仕方なさそうにのっそりと屋敷に入った。そしてそのまま食堂に向かうと、そこで伏せて眠り始めた。

「さっ、降りてください。」

 今度は緊張からか表情まで固まってしまった。

「お茶をもらえますか?少し落ち着いてからにしましょう。」

 何度か促してやっとベルから降りると、その場に直立した。視線は宙を漂っていて、意識がどこかへ行ってしまったように見えた。

「座りましょう。」

 俺は椅子を引いて、女性の体を押さえるようにして無理やり座らせた。シュリがその正面に椅子を運んできて座った。

「治療を始めますね。時間かかるからリラックスしてて。」

 シュリはそう言って微笑むと、女性の足に触れてヒールを流していった。

「皆さんお揃いでどうされたんですか?」

 食堂を覗き込んでいる警護のギグスが話しかけてきた。

「足の悪い方の治療ですね。」

「ああ、聖女様が。ありがとうございます。よろしくお願いします。」というと食堂のドアを静かに閉めた。

「ねぇ、コーヅくん。こういう治療を早くするためのコツってある?」

「んー、どんな怪我なんだろう?どこに引っかかりがある?」

「えっと、何でだか頭にそれを感じるから不思議に思って。」

 治療の手を止めたシュリが俺の方を見て首を傾げた。

「だったらまずは頭の方を治療してみて。」

「頭は関係無いと思うんだけどなぁ……。」

 シュリはブツブツ言いながら頭の方の治療を始めた。もしそれが正しいのなら脳梗塞とかそういうことなんじゃないかなぁ、と思った。

 お茶が届いたがシュリは手を付けずに治療に専念していた。女性にはお茶を飲むように促した。すると緊張からか持ち上げたカップが小刻みに揺れていた。しばらくカップの中の琥珀色のお茶に目を落としていたが、ひと口飲むと「お、美味しい……。」と言う表情は驚きと共に和らいだように見えた。


 そしてしばらく治療を続けていると「はぁ……。頭の方は違和感無くなったよ。コーヅくんも診てみて。」と言ったシュリは疲れた体を伸ばしていた。

「失礼します。」

 俺は女性の肩に手を置くと全身を確認した。まだ頭に少し引っかかりを感じる。そして体の歪みからかあちこちに違和感があった。

「まだ少し頭に残ってるよ。丁寧に診てみて。」

「厳しい師匠だなぁ。」

 シュリは苦笑しながらまた治療に戻った。


「これでどうだ!」

 改めて頭の状態を確認すると魔力の引っかかりは無く全体へスムーズに流れた。俺は女性から手を離すとシュリに向かって親指を立てた。

「やった。」とシュリは笑顔を浮かべた。そして女性に「どうですか?」と聞いた。

「まだ体は痛みますし足は動きませんが、頭がハッキリしてきた気がします。」

「良かったです。じゃあ、足を動かせるようにして体の痛みもとっていきますね。」とシュリはすっかり冷えてしまったお茶をひと口飲んだ後、治療を再開した。


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