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第249話 食事会

 声が聞こえなくなり、静かになった門を傾いた夕陽が朱く染めている。そして小鳥たちは誘い合わせるように揃って山の方へ帰っていく。

「ヒンメルは相変わらずそそっかしいのう。」とオルデンブルクは苦笑した。

「やはり先発しておけば……。」とジョーが申し訳なさそうに話しかけた。

「いや、コーヅ殿と一緒だと何が起きるか分からん。これで良いのじゃ。そのうち開くじゃろ。」

 真顔でそんな話をしなくても良いのに。……それにしても本当に開くのか?と心配になる程に静まり返っている。

「本当に大丈夫ですか?」

「心配するな。そのうち開くわい。」

 オルデンブルクはそう言うと隊列を離れて呑気に素振りを始めた。ホビーもそこへ駆け寄って隣に並んで一緒になって木の棒を振り始めた。ジョー達には慣れた光景なのかもしれない。特に気にした様子もなく扉の方をジッと見ている。

 すると門の向こう側でザワザワと声がし始めてきて、そしてその声は徐々に大きくなってきた。

「そろそろ開きますよ。」

 ジョーがオルデンブルクに声をかけた。オルデンブルクも分かっているようで、剣をしまうと列の先頭に戻ってきた。

 それを合図にしたようにギイイイイと鈍い音を立てながら門が開き始めた。


 そして門の先の広い道路の両側にどこから集めてきたのか領民たちが並んでいてこちらを見ている。いや、正確にはオルデンブルクを見ている、だ。

「領主様だ!」

「剣聖様!」

「戻ってきた!」

 オルデンブルクが本当に領民たちから慕われている様子がひしひしと伝わってきた。そして港街だからか焼けていて良い色をしている領民が多い。そして寒さで頬や鼻先を真っ赤にしながらオルデンブルクの帰還を心から歓んでいる様子が伝わってくる。オルデンブルクも満面の笑みを浮かべて右へ左へと手を振りながら大通りをゆっくりと歩いていく。

 しかしその後に続く俺たちにも無駄な注目が集まり、不思議そうな目を向けられた。見世物ではないんだけどと思いながらも、俺の方も初めての街に興味津々でキョロキョロとしていた。

 そしてホビーやベルには恐れと好奇の入り混じった目が向けられているが、ホビーは鼻高々に歩いているし、ベルは欠伸をしている。サブルは人の多さに驚いて門の前ですぐに馬車に入ってしまっていた。

「……なぁ、俺たちここで抜けて良いと思うか?」

 隣に来た引き攣った顔をしたダイが小声で話しかけてきた。

「雰囲気的に駄目じゃない?」

「やっぱりそう思うよなぁ。」

 そう言うと又元の場所に戻りギクシャクした様子で歩いていた。


 オルデンブルクに率いられた俺たち一行はやがて小高い丘に立つ領主館に到着した。

「あの……オルデンブルク様。俺たちはここで。」

「何を言っておる。一緒に旅をした仲じゃろう。折角なんじゃから食事くらいしてから帰れ。」

「いえ、そんな訳には。」と及び腰でオルデンブルクにダイやエルマーが頭を下げている。

「まだキャシーさんも馬車の中ですし、ここはお受けください。」

 リーサに諭されてダイたち『海の鳥』のメンバーたちは恐縮しながらも屋敷の敷地に足を踏み入れた。

門を入ると使用人たち、そして執事やメイドがズラリと並んでいた。


「おかえりなさいませ!」

 口々に挨拶する使用人たちの目には涙が浮かんでいた。その様子にここでも慕われていることが伝わってきた。しかしその後ろからぞろぞろと続く俺たち……とりわけベルには目を丸くして驚いていた。しかし一切声に出さないところがプロ意識を感じる。

 そして玄関前にいた身なりの良い執事に向かって、「このコーヅ殿のお陰で帰ってこれた。すぐに皆に風呂を準備してくれ。食事はその後じゃ。」

「かしこまりました。よくぞ……。」

 そこまで言うと言葉に詰まった。オルデンブルクは頷くと肩に手を置いた。するとドアが開いた。オルデンブルクは「皆も入ってくれ。」と言いながら屋敷に入っていった。

「おじゃまします……。」

「よろしくお願いしますわ。」

 俺たちは口々に挨拶しながら屋敷に足を踏み入れた。するとそこには身なりが良くて穏やかな笑みを浮かべた細身の男性が待ち構えていた。年齢は俺とそんなに変わらないと思う。

「この度は親父がお世話になりました。」と入ってくる俺たちに頭を下げた。そしてベルを見ると「立派なサーベルタイガーですね。」と言って脇腹を撫でた。

 ……ということはオルデンブルクの息子なのか?父とのギャップが大きく、ほっそりとした体型には驚いたが、オルデンブルクが領主と言いながらもアズライトで好き勝手できていたのは、この息子のお陰なんだろう。

「お久しぶりでございます、マルケス様。」

「ああ、リーサ殿。久しぶりですね。楽しんでいってください。」と微笑んだ。

 ひと通りの挨拶を終えると部屋へ案内された。俺が案内された部屋は2階でベル、サブルと同じ部屋だった。

 そしてすぐに風呂へ案内された。そこには軟石鹸が用意されていたのでベルを洗おうとした。

「ベル、気持ち良いから洗っておこうよ。」

『ヒツヨウナイワ。イツモ、ケヅクロイシテルカラ。』

「そう?じゃあサブルは?」

『ウン!』

 サブルが駆け寄ってきた。俺はサブルをマッサージしながら洗っていると、ウットリとした表情を浮かべて、そのまま眠ってしまった。可愛い猫だ。

 俺は起こさないように優しくお湯をかけるとその場に寝かせておいた。

 ドン

「おっ?」

 ベルが俺を押しのけるようにしてサブルとの間に割って入ってきた。

「洗う?」

 俺の質問には答えずにそこに寝そべった。俺は肯定と捉えてベルにもお湯をかけると軟石鹸を塗ってマッサージを始めた。体の大きなベルはサブルのように簡単にはいかず、置いてあった軟石鹸は全て使い切ってしまったが、まだ背中しか洗い切れていない。

「ごめん、石鹸が無くなった。」

『イイワヨ、ソレクサイシ。ソレヨリ、マッサージヲツヅケテ。』

 俺は言われるがままにマッサージを続けると、目を細めて眠ったようにしている。

「ごめん、ベルこっちに来て。」

 寒くなってきたので浴槽に浸かりながらマッサージを続けた。

『モウイイワ。』と言うとベルも浴槽に入ってきた。体の大きなベルが浸かるとザバサバと一気にお湯が溢れ出した。眠っていたサブルが流されてクルクルと回ると、排水口にお尻がはまっていた。

「アハハハ!」

『モー!タスケテヨ。』

 俺は浴槽から出るとサブルを抱き上げた。そして湯船の中に放り込んだ。

 パシャンと音を立てて浴槽の中に落ちた。すると今度はベルが飛び上がってバシャンと浴槽の湯をほとんど飛ばしてしまった。

 そしてサブルも一緒にまた浴槽から流されてしまい、また排水口にお尻がはまっていた。

『ママァ、ヤメテヨ。コーヅモ、ミテナイデ、タスケタヨ。』と足をバタバタとさせている。

『ゴメンゴメン。』とベルは笑っている。ベルはとてもご機嫌でリラックスしているようだ。

 お湯を魔術で注ぎ足すと、しばらくゆっくりと浸かっていた。

 コンコンコン……。

「コーヅ様。お食事の準備が整いました。食堂にいらしてください。」

「あ、はい、すみません。」

 すっかり長湯してしまった。ベルとサブルはスッと飛び出るとブルブルと体を震わせると水が回りに飛び散った。

「わっぷ。」

 目や口に飛び込んできて思わず顔を背けた。そんなオレを見て『ハハハ!』とサブルが喜んで浴槽に飛び込んでオレの目の前で体をブルブルと震わせて水を飛ばしてきた。

「止めてって。」

 俺が嫌がると余計に喜んで浴槽に飛び込んで、何度もお湯を飛ばしてきた。

『サブル!モウ、ヤメナサイ。』

 イブが唸ると、しゅんと大人しくなった。


 そして風呂から上がって用意された部屋着に着替えると食堂に案内された。すでにみんな揃っていて座って待っている。『海の鳥』のメンバーも風呂でさっぱりはしているものの緊張したままの様子だ。そしてキャシーもだいぶ顔色が良くなっていて、大人しく椅子に座っている。

 その食堂には沢山の料理が並んでいた。やはり海の街らしく海鮮が多く並んでいた。その中に刺し身がないかサッと目で追いかけたが見つけることはできなかった。

 生で食べるには鮮度を保たないといけないし、難しいのかもしれない。でも久しぶりに沢山の海鮮に囲まれてそれだけで幸せだ。

 隣に立つベルの口からはヨダレが垂れてしまいそうで、何度も吸い込んでいた。そしてその隣のサブルの方は吸い込みきれずにヨダレが床に垂れていた。

「サブル、ヨダレを垂らさないで。」

 その様子を給仕のためのメイドたちも気になるようでチラチラと見ていた。

 やがて全員が揃うとオルデンブルクが広い部屋の隅々まで響き渡る声で創造神への感謝、そして俺への感謝を口にした。すると使用人たちから一斉に視線が集まった。この世界に来てこういう機会は増えたけど、本当に慣れない。俺は愛想笑いをしながら全方位にペコペコと頭を下げた。

「駄目ですよ。もっと堂々としてください。」

 隣に座っているリーサに注意されたものの、こういう場での振る舞いというものは俺には難しい。


 そして気不味い時間も過ぎ去り、いよいよ食事となった。目移りしてしまう程に色々と並んでいて悩んでしまう。

「お取りします。」

「ありがとう。」

 俺は片っ端から全部食べるつもりで焼き魚、蒸し貝、煮魚などを適当に指定した。

「コーヅ殿。ここは蟹も有名なんじゃ。食べてくれ。」

 蟹の甲羅がなかったので気付かなかった。蟹料理は何でも好きだから嬉しいので、それも盛り付けてもらった。

「コーヅ殿。」

 リーサを見ると首を振っていた。これ以上は頼むなということだろう。

 俺は目の前に置かれた皿をジッと見つめていた。貴族というのは本当に面倒くさい。こんなペロリと食べ終わりそうな物をチョビチョビと食べないといけない。

 グウウウウ……!

 豪快にベルのお腹が叫び声をあげた。

「ワッハッハ!それはそうじゃろうな。ベルには大きな器に沢山載せてやれ。」

 すぐに給仕が裏へ下がっていった。


 全員分が盛り付けられるまでかなり待たされた。しかし、遂にその時が来た。

 創造神への感謝の祈りを捧げると、オルデンブルクが魚を口にした。

「やはりこの土地の魚は格別じゃ。」

 それを合図に俺たちも食べ始めた。ベルやサブルも一斉にかぶりついた。

 お腹が空いていたので、掻っ込んで食べたいくらいだったが、あまりに上品に盛り付けてあったので、丁寧に切り分けては一切れずつ口に運んだ。同じようにホビーもチョビチョビと食べていた。しかし小さく切ると全く食べた気がしないので、大きめに切っていると「コーヅ殿。」と静かにリーサに注意された。

「分かるよ、コーヅさん。大きく食べたいよね。」と言ってイザベラは大きな塊のまま白身魚のムニエルを頬張った。

「イザベラさん、駄目ですよ。やめてください……。」

「ハハハ!良い良い。好きに食べるが良い。」

「すみません、私は蟹の煮込みをお願いできますか?」

『おかわり。』

 行儀良くなんて言っているのは俺とホビーだけだ。でもホビーはリーサの目を盗んでは口の中に掻っ込んでいた。それ以外の人たちは関係なく美味しいものを純粋に楽しんでいる。

「コーヅ殿は駄目ですからね。春には国王様の前に出るのですから。」

 ……残念ながら、普通の食事会で許されるのは他の人たちだけだった。

 俺は貴族らしさというものに注意しながら、美味しさが半減してしまった海産物をもそもそと食べていた。


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