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第247話 突破

 馬車の上に乗った猿が、窓を覗きこむとすぐに駆け寄ったイザベラがその首根っこを掴んだ。

「私の前で覗きとはいい度胸ね。」と苦笑混じりに猿の顔を覗き込むと、歯を剝き出しにして怒っているサルのお尻を2度、3度と引っ叩いてから、屋根の上でイザベラを威嚇している猿めがけて「君も!」と投げつけた。

 ギャ!という叫び声を上げて2匹は馬車から転がり落ちた。

 そして次の瞬間には御者目掛けて飛びかかった猿ををジョーがナイフを投げて防いだ。

 危なかった……。

 一瞬でも気を抜こうものなら突破されてしまう。そして一番弱い馬を狙いに来るという知恵も持ち合わせている。しかしそれは皆も想定済みなのだろう、オルデンブルクや『海の鳥』のメンバーが、がっちりと固めている。

 だからこそ俺も自分のエリアをしっかり守らなければいけない。

 猿の猛攻がほんの少し落ち着いた間に身体強化を強めた。そして飛びかかってくる猿を狙いすまして石弾をぶつけて飛ばした。

「よし……!」

 やっと少し自分のペースに持ち込めた気がする。

 しかし限りなく猿が飛びかかってくる。これは持久力や集中力との戦いでもある……が、何でこんなにいるんだ?と文句を言いたくなるほどだ。

 しかし自分のペースができてきたので、隙をみてはヒールや身体強化を強めていった。そして、より自分のペースで戦えるようになり、猿が木の陰から見えた瞬間に撃ち落とせるようになった。

「山を下りきったからあと少しじゃ!気張れよ!」

「おう!」

 森から抜けるまでが勝負ということだ。すると猿も攻勢を強めてくる。すると小さくすばしっこい体を捉えきれず、何度かは御者や馬にも飛びかかられて危険な状態を作ってしまった。それらを追い払うと、木々の間から明かりが漏れてきた。

「あと少しじゃ。」

「おう!」

 しかし最後に猿たちが街道を塞ぐように待ち構えていた。俺はその中の1匹に狙いを定めて石弾を放つ準備をした。

 しかし『海の鳥』のダイが前へ出ると風魔術を使って猿たちをまとめて吹き飛ばすと、一気に森から駆け抜けた。

 森から抜けると視界が広がってきた。遠くには海が見える。そして強く冷たい向かい風が吹いてきた。

 後ろを振り向いても猿たちは追いかけて来なかった。しかし何匹かの猿が森の入り口で飛び跳ねている姿が見えた。

 はぁ……何とか切り抜けたようだ。

「抜けたわね。」とリーサがホッとした表情を見せた。西の水平線に沈んでいく大きな夕陽に照らされて、紅潮した頬をより紅く染めていた。しかしそれを綺麗だと見惚れている余裕などなく、早くどこか目ぼしいところを見つけて野営の準備をしないといけない。


 馬車はそのままガラガラと音を立てながら街道に沿って走り続けた。馬車の中からは大人しくしていることに飽きたホビーの駄々が漏れ聞こえてくるが、かといってこの寒空の下を走る気もないらしい。

「ここにしよう。」

 オルデンブルクの指示で何も無くだだっ広い草原に馬車を停めた。しかし冷たい風が吹き抜けていく。

「馬を風から守れるか?」

 鼻から荒い息を吐いている馬を見た。汗で体が濡れている。だいぶ無理をさせたようだ。

「馬用……。」

 んー……。

 俺はまずは少し離れたところ穴を掘った。馬が出入りしやすいようになだらかに作った。そして石で固めると熱めのお湯を注いでいった。

「わっ!おふろ。」

 ホビーが服を脱ぎ捨てると風呂に飛び込んだ。

「まだ駄目!」

 という言葉が届いた時には「あちー!!」と言って飛び上がった。

「駄目だよ。すぐ冷えるから熱くしてるんだから。」

 そしてお湯に浸かった部分だけ見事に赤くなっていて、みんなに笑われていた。

 俺は風呂を中心に馬にストレスを与えないように大きく囲う柵を馬が外を覗けるくらいの高さで作った。風を防ぎ切れないという欠点はあるが。そして渦のように作って馬を引いて出入りができるようにした。

「ありがとうございます。馬たちも喜びます。」と御者たちが馬を引いて囲いの中に入った。

 ホビーやサブルも囲いの中を気に入ったようで、そこから出る気はないようだった。そしてその子供たちの様子に、ベルものっそりと囲いの中へ入っていくと、風呂に浸かって子供たちが走り回る様子を見ていた。

 馬たちもベルにはすっかり慣れて、もう怖がる様子も無く一緒に風呂に入ってリラックスした表情を見せている。

 そして俺たちの方にも、この吹き続ける風で焚き火が消し飛ばないような囲いが必要だ。こういう場合は穴を掘って火を守るらしい。でも俺は囲いを作ろうと思う。御者の人たちは寒さに弱いので一緒に囲ってしまいたい。

「ありがとうございます。」

「いいんですよ。本当はこんなところで野営する予定じゃなかったんですし。ねぇ、コーヅさん。」

 イザベラに心をグリグリとえぐられた。

「それにしても災難じゃったの。まさか最後の最後にこんなことになるとは。何の被害も無くて良かったわい。」

「だからフラグを立てちゃダメなんですよ。もう立てないでくださいね。」

「すまんかった。言葉には気をつけよう。」

 今回も俺は関係なくは無かったので何も言い返せなかった。なんだか居心地が悪くなってきたので、早速作業を始めた。周囲をしっかりと囲むように壁を作ってから焚き火を始めた。ここも渦巻きにして風が入りこまないようにした。

「馬は良いわねぇ。気持ち良さそうに風呂に入ってたわ。」

 俺の作業中に馬の方を見に行っていたティアが戻ってきた。

 風呂を作るのは良いけどただ入ればいい馬たちとは違って仕切りとか更衣室とか大変だから……。

「あっ。」

 足湯ならどうだろう?腰掛けられるように足元を掘った。

「何してるの?」

「内緒。」

「コーヅ殿にはきちんとやることを報告してもらいたいのう。」

「そうね、自分に信用があると勘違いしないことね。」

 くっ、何という酷い扱いなんだろう……。総務は信用第一。従業員に信用されないで総務なんて務まる訳ないのに。屈辱を味わいながら説明した。

「えっと、足湯と言って足だけのお風呂です。」

「足だけなの?でもコーヅくんのことだから、きっと良いものだよね。私は応援してるよ。」

「またそうやってシュリは甘やかすんだから。」

「わ、私もコーヅ殿のことを信頼してますから。是非作ってみていただきたいと思ってますよ。」

 リーサは変な対抗心を燃やしてきた。でもそれはそれで、とてもくすぐったくて「まず体感してみてください。」と、すぐに焚き火近くに穴を掘って石で固めた。そしてそこへお湯を溜めていった。湯気がもうもうと立ち上り、冷えた自分の体がそれを欲してくるのが分かった。

「ブーツを脱いでここに足を浸けてください。」

「どれ、儂が判断してみようかの。」

 そう言うとブーツを脱ぎ、靴下を脱いでパンツの裾を上げると、足湯の前にドカリと座って足を浸けた。

「お……おぅふ……。」

 オルデンブルクから予想もしない変な声が漏れた。その顔は呆けていて、周りの人たちも突然のことに鳩が豆鉄砲を食ったように戸惑った表情を浮かべた。

「どうです?」

「いや、これは良いもんじゃな。しかし魔獣が襲ってきても儂は一歩目が出遅れそうで好かん。焚き火番以外の者が入るには良いじゃろう。」と言ったまま足湯から出る気は無さそうだった。

「えっと……。それは作って良いってことですよね?」

 散々な言われようだったので、念の為の確認だ。

「早くして欲しいなぁ。私はずっとコーヅさんを信じて待ってるんだから。」

 はぁー!?などとイザベラに反応はしない。いや、してやらない。

「待ってて。」と余裕の微笑みを浮かべた。

 そして焚き火を囲うように穴を掘って石で固めてから、お湯を流し込んだ。すると焚き火番など関係なしに全員が足を湯に浸した。

「おお……。」

 冷えた体から先程までの緊張がお湯へ溶け出したんだろうか、あちこちから心の声が漏れ出てくる。そしてイザベラはその場にひっくり返ると早速寝息を立て始めた。一番寝てるくせに……。

 しかしみんなで呆けている訳にはいかない。俺は薪の準備をするために森の方へ歩き始めると、警護のジョーとギグスも一緒についてきてくれた。

「休んでなくて良いんですか?」

「ははは。警護の仕事を請け負ってますからね。」

 そりゃそうか。

 森へは猿の姿が無いことの確認が必要だ。ヒールや身体強化で視力を向上させて遠目に見た。しかし木々の上に猿は見当たらなかった。

「大丈夫……かな。」

「木を1本切り倒して、それを使いましょう。」

 確かに拾い集めるよりも安全だと思う。俺たちは身体強化をして草原を一気に走り抜けて森に着いた。そしてジョーが一番手前の木に狙いを定めて剣を抜こうとすると、突然上から「ギャー!」という声と共に猿が何匹も降ってきた。

 まだ諦めてないのかよ!

 身体強化をしているので、落ちてくる猿はスローモーションに見える。

 俺はすぐに石弾で狙いを定めると一匹に向けて発射した。そして命中した猿は石弾と共に森の奥へ飛んでいった。ジョーがすぐに森の外の草原を駆け出すと猿たちも集団になって襲ってきた。

 何と執念深い。

 草原は障害物は無いものの草の陰に隠れた猿をきちんと把握できない。逃げながら見つけた猿をモグラ叩きのように個別に撃つがそれも当たったり、当たらなかったりで効果的とは言えない。

 俺は壁を自分のすぐ後ろに作った。ちょっとした足止めにはなるだろう。猿は力が弱いので厚くする必要は無いので、広く高くだ。そしてその壁で猿が足止めできたので、「抜けてきた猿はお願いします。」と反転して壁で猿を囲うように延ばしていった。

 大きく作ったドーム状の壁の中には相当数の猿がいる。その他の猿たちはそれぞれの魔術で森へ追い返した。

「どうします?」

 中からは猿の暴れる声やガリガリと壁に爪を立てる音が聞こえてくる。

「明日の朝までこのままにしましょう。」

 確かにその方が安全かな。

 

 結局まだ薪が拾えていない。もう一度戻るにしても同じところでは猿に襲われる。もっと離れた場所まで走って行き、サッと木を切り倒して3人で担いだ。

「遅かったねぇ。ふわぁぁぁ……眠たい。」

 いつもだろ?と思うけどそこには触れない。いや、触れてやらない。

「また猿に襲われてね。巻くのに手間取ったんだ。」

「うわぁ、そんなにしつこいんだ。」とシュリは驚いていた。

「ホビーも分かりましたね?」

「うん。あいつらきらいだけど、がまんする。」

 いつの間にか帰ってきていたホビーにリーサが注意した。そう言えばベルもサブルもいるな。

「お湯が冷めちゃった?」

「んーん、ティアがひませきをいれたから、あたたかいよ。おなかすいたから。」

「ああ、そうだよね。」 

 俺たちは壁の外で木を切って薪にしていくと焚き火にくべていった。あのオルデンブルクの剣技があれば一瞬なんだろうけど、俺たち凡人は一切れずつ切り落として薪の山を作っていった。

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