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第243話 戦後処理

「うっ……。」

 オークから伝搬してくる殺気に思わず怯んで声が漏れてしまった。そしてそのオークはのっそりと一歩踏み出すと、太いこん棒を振りかぶった。


 その瞬間―――


 その目の前のオークの頭がコロリと落ちて血を噴き出しながら体が倒れてきた。イザベラだった。

「うわぁぁぁ!」

 俺が叫び声を上げたときには両隣のオークもリーサとイザベラが懐に潜り込んで深々と胸に突き刺していた。

「あらら……。真っ赤になっちゃって。」

「洗い流すのは後にしますよ。」

 俺は返り血でずぶ濡れな自分の体や血生臭さが鼻について気持ち悪かったが、生きるか死ぬかの場面に遭遇している人が他にもいるかもしれないので、今はそんなことを言っていられない。

 俺はまたオークを探して魔獣探知を行った。

 ……いない。

 もっと集中して魔力を注ぎ込んで広範囲に索敵した。

 やっぱり見つからない?オークの魔力に気付けないはずはないと思う。

「終わった……?」

 俺は確認するように2人の顔を見た。

「そうですね。まずお爺さまと合流しましょう。」

 リーサの言葉に俺たちは頷いた。そして「また片付けに戻ってきます。」という言葉と血の海に眠るオークを残してオルデンブルクたちを探して歩いた。

「派手に浴びたね。凄く戦った感が出てて良いと思うよ。」とイザベラは下手くそなウインクをしながら親指を立てた。

「ははは……。」

 イザベラには苦笑しか出てこないが、さっきは間違いなく助けられた。イザベラがいなかったらどうなっていたんだろう?あのこん棒は受けきれただろうか?……正直分からない。でも怪我をせずにここまで戦えたことは自信になった。

 

 オルデンブルクたちは村のはずれで体に浴びた返り血を洗い流している。主にはオルデンブルクでその周りには血の海ができていた。そしてその本人からは湯気が立ち上っている。あれこそが本来の返り血なんだと思う。

「こちらも終わりました。」

「随分と派手に暴れたようじゃな。さすがは武神じゃ。」と言って背中をバシンと叩かれた。

「あー、あははは……。」

 俺は曖昧に返事をすると、他の人たちと一緒に頭から水をかけて血を洗い流してもらった。俺は血が残らないようにしっかりと流してもらった。

「結局はよく分からん状況ではあったが、民に被害がなかったことが幸いじゃった。」

 そう言うと村の衛兵たちが疲れ切った表情で頷いた。しかし人的被害は無かったにせよ、村の柵は何の意味も持たない程に破壊され、畑も作物も踏み荒らされてしまっている。

「でもさ、このオークはどうするの?」

 あちこちに積み上がっているオークを見ながらイザベラが聞いた。

「皆で分けることになるな。じゃがの、この村の惨状を見るとこの村への支援も大切じゃ。クリソプレーズでも年越しに施したいしのう。」

 

 体を洗い流し終えると、村に唯一の宿へ案内された。しかし冒険者たちの部屋までは無いということで、体調が戻らないキャシーのみがシュリと一緒の部屋に泊まることになり、他の冒険者たちは宿の食堂で雑魚寝することとなった。

 しかしその食堂ではオーク騒動で準備が何もできておらず、夕食を作れないということだった。だからバーベキューが村の広場で振る舞われることになった。

 そしてその準備が整うまでは部屋で休息となった。村が大変なのにそんな準備まで、とも思うがオルデンブルクと話ができる機会なのできっと復興支援の話など意義のあることなんだろう。

 俺は警護のジョーとベル、サブルと一緒の部屋になった。

 部屋に入ると途端に欠伸が出てきた。

「少しだけ……。」

 緊張から解き放たれたからだろうか、疲れがドッと出てきた。俺はベッドに倒れ込むと、そのまま眠ってしまった。


―――


「ハックション!」

 底冷えする寒さに目を覚ました。すぐに身体強化で寒さを解消させた。

「おはようございます。よく寝られましたか?」

 ここはどこだっけ?ボーッとした頭で、俺を見ているジョーを眺め返していた。するとジョーはフフっと笑って言葉を続けた。

「この先にもう村は無いんですよ。3日後にクリソプレーズに着く予定です。」

 既にジョーは着替えを終えて椅子に座っている。徐々に目が覚めてきた俺はベッドから出ると着替え始めた。

「もう少しですね。それにしても長かったですね。」

 この旅は景色を楽しむだけで、もっと無為に時間が過ぎていくものと思っていた。

「私は全く退屈しませんでしたよ。コーヅ様のお陰で。」と言って笑った。

 ベルたちのことは確かにそうかもしれない。……もしかしたらポイズンライノーのこともそうかもしれないな。あ、いや待てよ、そもそもそれらは不可抗力で俺のせいって事は無いと思うけど。

 着替え終えた俺は抗議しようとジョーを見たが、悪気の無い笑顔を向けられていて突っかかる気を失った。

 そしてジョーと、部屋の隅で丸まってジッとしていたベルとサブルと一緒に食事のために部屋を出ると、どこからともなく食事の匂いが漂ってきた。

「お腹空いた……。」

「昨夜は食べませんでしたからね。」

 1階の食堂に下りると既に食事がテーブルの上に準備されていた。

「おう、おはよう!」

「おはようございます。」

 ここに雑魚寝していた冒険者たちはさすがに起きていたが、あれだけいたはずなのに、かなりの数の冒険者の姿が見えない。

 外にでも出ているんだろうか?と思ったが、聞けば先に朝食を済ませてクリソプレーズへ戻っていったそうだ。そもそも3つのパーティと数人の個人参加だったそうなので、オルデンブルクからオークの買い取りを提案されると、喜んで代金を受け取ってまた次の仕事のために帰ったそうだ。

 だからここにはキャシーと同じパーティの『海の鳥』のメンバーだけがゆっくりと食事をしながら待っていた。ダイ、エルマー、インゴで盾、近接、魔術といった組み合わせで、よくある構成だそうだ。

 しかしこちらのメンバーはまだ誰も下りてきていない。オルデンブルクが起きていないとは思えないけどな。


 ぐうぅぅぅきゅるるるる……。


 俺のお腹からの切なる声が静かな食堂に響いた。冒険者たちは笑っていたが「し、少々お待ちください。」とジョーは慌ててオルデンブルクたちを呼びに2階へ駆け上がっていった。俺はこの匂いを嗅ぎ続けていることが辛くて宿を出た。

 キンと冷たく澄んだ空気に一気に目が覚める。足元の土は霜が下りていて歩くたびにシャリシャリと音を立てる。それが楽しいのか一緒についてきたサブルが飛び跳ねて遊びはじめた。

 そして空は厚い雲で覆われていて、見えるもの全てが灰色がかっている。村人たちは畑仕事を始めている。昨日オークに荒らされた野菜を抜いて、土を掘り起こしている。オルデンブルクが昨日のオークで補填するって言ってたのが救いだろう。

 それにしても身体強化をしていなかったらかなり寒いと思う。

 俺はハーッと息を吐き出しては白い靄が顔の前に広がっていく様子をただぼんやりと眺めていた。そんな俺の様子を特に興味もなさそうにイブが見上げていた。


「朝ごはんだよ。コーヅさんは物思いにふけるキャラじゃないよね?早く戻ってきて。」

 ……朝の爽やかな気分を台無しにされた気分だったが、お腹を空いていたことを思い出したので宿に戻った。

 既に皆が席に着いていた。そしてベルやサブルにも朝食が準備されていた。朝食を始めると「オークは半分くらい置いていけばこの冬は越せるか?」とオルデンブルクが女将に提案した。

 これは相談しているようで、相談ではない。だからオルデンブルクも余裕を持った量で提案しているんだと思う。

 半分というのが何頭なのかは分からないけど、この村の人たちが冬を越して、春先をしのぐために十分な量なんだろうと思った。

「領主様、そんなにいただきましても持て余らせてしまいますわ。」

 宿の女将が答えた。何とも勝ち気な返事をしたもんだ。

「では買取代金の方が良いのじゃな。」

「2頭ほどいただけますでしょうか?この村ではそれで十分です。」

「分かった。村長に復興金として渡しておこう。」

「そういうことじゃなくてね。」

 赤い髪を後ろで簡単に結った女将がオルデンブルクの前に立った。性格が表情に表れている。自分の意見を強く持っている人との交渉は大変だ。正しい答えというものを持たない時は特にだ。

 案の定、そこからは支援金を受け取れ、受け取らないという押し問答が繰り広げられた。

 でもお金のことなら村長相手に話をすれば良いと思うんだけど。

 お互いに譲らずに言い合いが続いている。


 その間に俺たち手元の食事も無くなって、お茶もほぼ飲み終えてしまった。でもまだ話し合いは続いている。

「お主も頑固じゃの。」

「いえ、私たちは助けていただいたのです。本来1頭たりともいただく権利なんてございませんわ。」

「しかし出た被害を支援するのは儂の役目じゃ。」

 堂々巡りする議論が続いた。

「……ぼくあそびにいく。」

『ボクモ。』

 子供たちが外へ出ていき、シュリとベルもその後ろをついて宿から出て行った。

「いつ終わるんだろうね。」

「お互いに譲りませんしね。」

「これを終わらせるのがコーヅさんの役目だよ。」とイザベラがニヤニヤと笑う。

「何で俺?」

「男が細かいこと言わない。」とイライラした様子のティアに八つ当たりされた。

「そうですわね、貴族の前に男性としてこの場をおさめていただきたいですわね。」

「ちっちゃい男は振られちゃうよ。」

 揃いも揃ってセクハラ発言だ。総務として看過するわけにはいかない。

「私はそんなことしませんわ。」とリーサが体を寄せてきた。

「ヒューヒュー♪」

 そんなやり取りに俺はガクリと脱力した。しかし期待の目線は警護の人たちからも受ける。

 そんなこと言われてもなぁ……。オルデンブルクと言い合える男気のある女将に何を言えば納得してくれるのか。

 俺は2人のやり取りを眺めながら頭を巡らせた。

「何かさ、オークを食べたくなるレシピは無いの?天ぷらとか?」

 俺は料理人じゃないってのに……。

 でも、まぁ、オークは豚肉……と思うと好物はカツ丼一択だな。でもトンカツは作れてもカツ丼は無理だよな。まず米が無いし。他に何か……?

「はーい!コーヅさんがオークをいくらでも食べたくなるレシピを公開してくれるらしいですよ。」とイザベラが手を挙げながら立ち上がった。

「ちょっ、ちょっと!」

「……ほう?」

 女将の目線がオルデンブルクからスライドして俺に向けられた。それは苛々とした感情をそのままぶつけてくるもので、思わず目を背けてしまった。でもそんな目をオルデンブルクにも向けてたのか。恐ろしい女将だと思う。

「そうか!それは頼もしい。女将、このコーヅ殿は異世界であるニホンからの転移者じゃ。この国で最高に美味いものをアズライトに広めたんじゃ。」

 オルデンブルクが女将のあの目を向けられていても、全く動じた様子が無いことに尊敬の念を抱いた。

「へぇ~、オーク料理でそんなものがあるのかい?」

 今度は挑発するような目で見据えてきた。

 いや、俺は料理人じゃないし……。

「自分で作ったことがないので自信は無いのですが……。」

 とりあえずトンカツだ。ソースは作れないけど、塩でも美味いと思う……きっと。

「何だい、作ったこともない話かい。話にならないね。」

 女将の目は感情をそのままに映してくる。明らかに蔑んだ様子が伝わってきた。

「女将、コーヅ殿を甘く見ない方が良いぞ。」

 いや、だから挑発はしないで欲しい。

「ほう?」

 女将の目が挑発的に光った。

 いや、だから……。

 どうこの場を切り抜けると良いのかと思案していると、イザベラと目が合った。

「私はまだ食べられるよ。」と作った笑みを浮かべた。

 そうじゃない。

「空間収納袋もありますし。」とリーサが持ち上げた。

 それも違う。

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